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デートは修羅場のはじまり その十

 掴まれた腕の先を見ると、左には朱音、右には美緑がいた。二人とも、笑顔ではあるのだが、可愛らしさの欠片もない。そこにあるのは狂気に染められたメンヘラの顔だけ。いや、やっぱり可愛いな。


「どういうことなの?雄二君」


 どうすればいいんだ。何かうまい言い訳を……助けを求める意味で、紫帆さんのの方を見てみたが、明後日の方を見て、こちらの助けに入る素振りは一切見せない。さっきの美緑とは正反対だ。


「えっと、ほら、あれだよ。サークルの、活動、的な?」

「サークルの活動?」

「具体的には何をする予定だったんですか?」

「か、買い出し?」

「一体何を買うの?」


 そんなの俺が聞きたいわ。どうする、なにかあるだろ。


「トランプ的な?」

「トランプ……?」

「もう!いいでしょ!私たちの事なんだから」


 さっきまで完全に傍観の姿勢に入っていた紫帆さんだったが、とうとう俺たちの会話に割って入ってきた。


「そうだそうだ!」

「「雄二君さんは黙ってて!」」

「はい」


 どうやら俺が喋ると怒られるらしい。ついさっきも似たようなことがあった気がする。

 掴んだままだった俺の腕を話し、二人は紫帆さんに詰め寄る。


「私たちには関係ないと?」

「そうでしょ。ただの後輩とただの同級生なんだから」

「そっちこそただのサークルの先輩なんじゃないんですか」

「私は、」


 紫帆さんの挑発にも等しいその言葉に、朱音は我慢ならなかったらしく、言い返す。そして紫帆さんが今にも何か言いだしそうになったその時。俺は限界だった。


「ごめん、トイレえええええええ!!」

「「「え?」」」


 三人の声が重なったのと同時に、俺は周りの目も気にせずトイレへと一直線に向かっていった。


「ふぅ、危ないところだったぜ」


 初めはあの場を早く退散するためについた方便だったが、あの状況が長引いていくにつれて、俺の腹は実際の痛みを伴うようになっていった。あの状況絵は逃げたように見えたかもしれないが、断じて違う。俺はただうんちがしたくて、トイレに駆け込んだだけなんだ。うんちがしたかっただけなんだ。ウンチの何が悪い!俺はただ排泄されるだけしか能のないうんちは何も悪くないと思う。


「うん、うんちはいい奴だ!」

「何言ってるの?」


 トイレを出ると、そこには紫帆さんが変なものを見る目で俺のことを見ていた。

 どうやら、待ってくれていたらしい。そして、その変なものを見る目を不安気なものに変える。


「本当にあの娘たちとは何もないの?」

「……ないですよ」

「今の間なによ~」


 あの二人のことが気になるのか、不満気に頬を膨れさせる。俺はそんな彼女に近づき、こう囁いた。


「俺のことは、信用できないですか?」


 すると、その膨らんでいた頬を紅潮させて、俺の視線から逃れるように身をよじらせる。しかし、俺は逃がさないと、無理矢理に視線を合わせると、やはり目を逸らして、こう答えた。


「バカ……降参!降参だから離してよ!」


 その声と共に掴んでいた肩を離すと、俺から若干距離を取りながら深呼吸をする。

 ふっ、俺の手にかかればこんなもんよ。三人相手だと分が悪いが、一人だけならこの程度造作もないさ。


「じゃ、行きましょうか」

「うん……」

「観たい映画があるんでしたっけ?」

「そうなの!ヒツジとヤギ禁断の恋ってやつなんだけど、知ってる?」

「ああ……」


 それ、今朝観た奴ですね。どうしてこう、今日に限ってやることなすこと被るんだよ!やっぱりデートプランは男が建てるものだとでも言いたいのか。


「興味、ない?」

「いえ、全然興味ありますよ!なんだったら三回でも四回でも観たいと思うくらいには興味あります」

「よかった~、ぜひ一緒に雄二と観たいって思ってたんだ~」


 そう言って朗らかに笑う紫帆さんを見ると、本当に何度だって観てあげたいと思えてくる。先程よりも弾んだような足取りは、今日のことを楽しみにしてくれていたことが伝わってくる。


「楽しそうですね」

「……そう見える?」

「めちゃくちゃ」

「そんなに?なんか、恥ずかしいなぁ」


 引いてきていた頬の赤みが、また先程と同様に赤みを増していく。


「いいじゃないですか、可愛いですよ」

「ちょ、そういうこと言わないでよ」


 せめてもの反撃と、俺の腕をコツコツと殴ってくる様子は、その可愛らしさを増長させていることに気が付いていないのだろう。もう、ふくれっ面をする様子は、やはりこの人の外見とのギャップもあり、俺の心に突き刺さるものがある。


「あ!アシナガマンだ!」


 まだいやがったのか、あのガキ。俺の方を指さして、例のガキが大声で叫んだ。

 ここは大人の対応として無視に限るぜ。


「アシナガマンってなに?」


 明らかに指の先が俺の方を向いていたから気になったのだろう、紫帆さんが聞いてくるが、大人の対応としてそれも無視だ。


「え、無視?」

「お父さん!さっきあの人に追いかけられたんだよ!」

「なんだと?」


 あのガキ、大人に頼りやがったな?小賢しいやつめ。だがな、俺だってただただ年齢を重ねてきただけじゃねえんだ。きちんと説明すればお父さんも分かってくれるはず。


「あのですね、それは……」

「あ?」

「逃げろおおおお!」

「え、ちょっと待ってよ!」


 あれは無理、無理だ!あんな怖そうな人だなんて聞いてない。

 走って映画館のところまで来た俺。後ろを振り返ると、先程の親子はおらず、涼しい顔をした紫帆さんだけがそこにいた。


「はあ、はあ、あのガキ、次会ったらタダじゃおかねぇ」

「そんなんで息切れするなんて、運動不足なんじゃない?」


 奇しくも、俺が美緑に言ったことと全く同じ内容で返されてしまった。


「そんなことより映画観ましょう。時間なくなっちゃいます」

「え、アシナガマンについての説明は?」

「よし、行こう!」

「あ、ちょっと」


 それから有無を言わせず映画館に入り、同じ映画を観た。

 相変わらずクソつまんねぇ映画だったぜ。

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