デートは修羅場のはじまり その九
既にカチンコチンに冷え固まったこの場に、追い打ちでかける液体窒素のごとく登場した美緑は、ようやくこの場の雰囲気が少しおかしいことに気が付く。
「あれ?」
いまいち状況の掴めていない美緑に対して、俺は絶賛焦燥中である。二人は、さらなる女の登場に混乱と怒りが入り混じったような表情をしている。
「雄二君?」
「雄二?」
「はひっ」
「「その娘だれ?」」
実は仲がいいんじゃないかとか思ってしまったが、それを口に出してはいけないことくらい、この俺にでもわかる。
「バイト先の後輩です、はい……」
「ふぅん」
「た、だ、の、バイト先の後輩?」
「はい、そうです!」
嫌な汗が背中を伝う。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、美緑は俺の袖をくいと引っ張りその小さな口を俺の耳に寄せてくる。
「「なっ!」」
そして、それをガン見してくる前の二人。こいつ分かっててやってるんじゃないだろうな?
「雄二さんの知り合いの方なんですか?」
「あ、ああそうだけど」
「にしても、なんですかあの説明は。知り合いに彼女がいるって思われたくないのは分かりますけど、ただの後輩はないでしょ、ただの後輩は」
やはりそこに不満を抱くのか。しかし、美緑は二人ほど過剰に反応しているわけではないから、そこだけは救いだ。
「とにかく、私が彼女ってバレたくないんですよね?」
「そうだ」
「分かりました」
そう言うと、ようやく俺の耳元から口が離れる。顔を上げると、明らかにイラだった顔の二人がそこにはいた。
「ええっと、改めまして、八田美緑です。雄二さんとは同じバイト先で働く仲間です」
流石美緑だ。差し障りのない自己紹介をしてくれた。そう思ったのも束の間、ただでさえ限界に最悪に近いこの状況で特大の爆弾を投下してくれやがった。
「そして、雄二さんの彼女です」
ピキッとその場で何かが割れるような音が聞こえた。
ちょ、えええ何やってくれてんのこの娘!?二人は美緑の彼女発言を聞いた直後から、表情が固まり動いていない。
「へ、へぇ~面白い冗談を言うんだね~」
「えへへ、冗談です」
どういう冗談だよ!えへへ、じゃねぇよ!そんなところで茶目っ気出されても困るわ!ていうか、え?美緑だけはまともだと思っていたのに、とうとう壊れちまったのか?これは俺の悪影響か?
美緑の冗談だと分かると、固まっていた表情が少しずつ動き始める。
「そういうことは冗談でも言っちゃダメなんだぞ~」
紫帆さんが大人の余裕で美緑を窘めようとするが、明らかな棒読みで動揺が全面に出てしまっている。
「ところで、お二方こそ、雄二さんとはどういうご関係なんですか?」
「こっちの人は、ただのサークルの先輩なんだって」
「こっちの娘はただの高校の同級生なんだって」
自分自身では言いたくないのか、お互いに紹介し合う。やっぱりお前ら仲いいだろ。
「そ、そうですか」
二人の関係性があまりつかめていないのだろう。美緑は牽制し合う二人を見て、若干引き気味である。
「ところで、二人は一緒にいたみたいだけど、どうしてなのかなー?」
そう聞いてくる朱音の目は、彼女とのデート直後に女と二人でいるとはどういうことだと言っているようだ。その隣を見ると、こちらも、彼女とデートする直前に他の女と二人でいるとはどういうことだと言うような目で見ていた。
「あれだよ、ほら」
「どれ?」
温和な朱音からは今まで聞いたことのないようなドスの利いた声が聞こえてきた。
「私が相談に乗ってもらっていたんですよ」
「相談?」
「はい、内容はちょっと言えないんですけど」
美緑……お前はやっぱできる娘だ!
最大の感謝と愛情をもって美緑に視線を送ると、あちらも俺にだけわかるような一瞬の微笑みで返してきた。女神か、俺の彼女は。やべ、ここに三人もいたわ。
「そう、なんだ」
美緑の説明に納得したのか、上がっていた溜飲を少しだけ下げることに成功した。
「後輩の悩み相談に乗ってあげるなんて、流石雄二君だね!」
「やっぱり、雄二は優しいね」
それどころか、好感度が爆上がりした。チョロいとかいうレベルじゃないだろ。
「あ、ああ、ちょっと腹痛いからトイレ行くわ。美緑もバイトの時間だろ?急いで帰らないと」
「あ、本当だ!もうこんな時間!じゃあ私はここで!」
「うん、バイバイ。えっと美緑ちゃん」
「美緑ちゃん、よく分からないけど頑張ってね」
俺の好感度と共に何故か美緑の好感度も上がっていた。妹でも送り出すように二人とも美緑へ別れの挨拶をする。
「はい、ありがとうございます!頑張ります!……よく分からないけど」
最後に小さくボソッと言った言葉は俺にだけ聞こえたようだ。そりゃ、頑張ることなんて何もないからな。
さて、俺も呼び止められる前にトイレに逃げるとするか。
「じゃあ、あとで」
「うん」
紫帆さんにそれだけ告げると、俺もトイレへと体を向ける。
「ちょっと待って」
しかし、何故かガシッと掴まれた両腕によって、それは妨げられるのだった。
「え、なに?」
「あとでって」
「どういうことですか?」
「…………」
やっちまったああああああ!
俺の修羅場は、まだ終わらない。




