デートは修羅場のはじまり その八
俺の脳は完全に処理落ちしていた。
美緑と一緒に服を買うためにとあるアパレルショップに来ていた俺たち。美緑が一人でずかずかと進んでいくため、俺は置いてけぼりになってしまい、一人で彼女のことを探していた。その時のことだ。不意に聞き覚えのある声が俺の名前を呼んだ。それも二つ同時に、同じ方向から、聞こえてきた。反射的に振り向くと、そこには俺の彼女が二人いた。そこで俺の脳は思考を停止した。
「あの、雄二君と知り合いなんですか?」
「そっちこそ」
俺の脳が思考停止した状態で二人は会話を進める。
「えっと、サークルが一緒で……」
「私は高校の同級生で」
二人が俺との関係性を話し始めたところで、ようやく俺の脳みそは動き出す。
「あー!よ、よう!どうしたんだ?こんなところで」
あぶねぇ!もう少し踏み込んだら二人とも俺と付き合ってるとか言いかねなかったぞ今!一応、俺とのことを人に言いふらさないように言っていたことが保険として効いたようだ。
にしても、二人はどうしてここに?ていうか、知り合いだったのか?
「私はバイトでここにいるんだよ!」
「どうしてこんなところでバイトしてんだよ!」
「えぇ!」
「私は暇つぶしでふらっと」
「どうして暇つぶしなんてしてるんですか!」
「滅茶苦茶理不尽ね」
そこで見事に鉢合わせてしまったわけだ。そして、さらに最悪のタイミングで俺がここを訪れてしまったと。
まさか、朱音の用事というのがここでのバイトだったとは。彼氏なんだからバイト先くらい知ってろよ!俺!
「で、雄二君、この人とは」
ヤバい、いつもと同じようにニコニコしているのに、今日のそれは少しだけ違うような。具体的に言うと、大事にしていたフィギュアが壊れた状態で見つかったような。そんな雰囲気が出ていた。
「えっと、ただのサークルの先輩だよ!」
「ただの?」
しまった!次はこっちか。
「雄二、そういうこの娘とはどういう関係なの?」
「ただの高校の同級生だよ!」
「ただの?」
しまった!どうして同じ過ちを繰り返してしまうんだ俺は!
「で、ただのサークルの先輩さんはどうしてそんなに雄二君と仲良さげなんですか?」
「ただの高校の同級生には関係ないでしょ?とういか私はお客様であなたは店員でしょう?もう少し丁寧に話せないの?」
「失礼いたしましたお客さま。暇つぶしは他所でやっていただけませんか?」
「店員さんは、早く業務に戻ったらどうなの?」
ヤバいヤバいヤバい。どうしよう。二人の間で火花がバチバチしているよ。一応二人ともが俺の彼女であることはお互いに分かってはいないと思うんだけど。
「ねえ、雄二君」
「ねえ、雄二」
「「本当にただの先輩同級生なの?」」
「本当にそうだよ!うん!マジで!心の底からただの知り合い!」
しまった!つい反射的に肯定してしまった。
二人は、相手がただの知り合いであるという事実に安堵するとともに、俺からただの知り合いであると言われたことに不満を抱いている様子だ。
これ、もう、どうすりゃいいんだよ!
「そ、そういえば二人は知り合いだったの?なんだか仲良さげに見えたけど……」
「雄二君は私たちが仲いいと思う?」
「えっと……」
「ただの店員とただの客よ」
「そう、ただのね」
もう何言ってもこういう反応が返ってくるとしか思えない。
「さっきから店員と客って言ってるけど自己紹介は済んだかな?」
「まだだけど」
「する必要ある?」
「ほら、やっぱりせっかく知り合ったんだしさ!二人はもっと友達を増やす努力をした方がいいと思うんだ!」
俺の苦し紛れの説得に、何か思う所でもあるのか、お互い向き合って若干不機嫌なまま自己紹介を始める。
「高畑朱音です。大学二年生です」
「岩塚紫帆です。大学三年生です」
「「よろしくお願いします」」
律儀にも二人してペコリとお辞儀をしあう。
「これでいい?」
「お、おう!完璧だ!」
それからも帰るタイミングというか、話を切るタイミングを完全に見失って、しばし無言の時間が流れる。
果たして、その沈黙を最初に破ったのは朱音だった。
「雄二君は、どうしてここにいるの?」
「あ、ええと俺は」
やべぇ、完全に忘れてたけど、美緑とデート中だった。これは早いとこ切り上げて、あいつとのデートにすぐ合流し、すぐに解散した方がよさそうだ。
「えっとだな」
「うん」
どう言い訳をしようか迷っていると、言い淀む俺を不審に思ったのか眉を顰める。そして、さらに追及をしようと思ったのだろう。口を開こうとしたその瞬間だった。
「雄二さーん。こんなところにいたんですか。探しましたよ」
最悪のタイミングうううう!お前いつも間悪いんだよ!美緑は俺に話しかけながらこちらへと近づいてくる。
「お、おう。そうなんだよ、ここにいたんだよ」
「まったく、すぐにどっか行っちゃうんですから」
どっか行ったのはお前なんだけどな。
「ん?」
俺の近くまで歩いて来て、ようやく二人の存在に気が付いたんだろう。率直に頭に浮かんだ疑問を口に出す。
「この人たちは誰なんですか?」
そして、修羅場は極まった。




