デートは修羅場のはじまり その六.五
「はぁ」
バイト、憂鬱だなぁ。でも大丈夫、なぜなら、さっきまで雄二君と遊んでいたから!せっかくならバイトとか気にせずにデートしたかったけど、今週は今日しか都合がつけられなかったんだから仕方ないよね。なんなら、忙しくても毎週時間とってくれる雄二君はやっぱり優しいなぁ。
雄二君に思いをはせていると、新しいお客さんが入ってきた。うわっ、すっごい綺麗な人。モデルさんみたい。
「あの、すみません」
「はーい」
お姉さんに呼ばれてしまった!なんだか緊張するなー。少し駆け足気味でお姉さんのところへ向かうと、何やら神妙な面持ちで顎に手を当てている。
「えっと、私あんまり服装とか分からないんですけど、男の人が喜ぶのってどんな感じなのかなって」
「男の人が喜ぶ……」
その真剣な顔とのギャップに少しだけおかしく感じてしまった。
「あっ、今笑った?」
「す、すみません、あまりにも真剣に考えていたものだから、美人さんでもそんなことで悩むんだなって」
頬をぷくーっと膨らませる様は、美人って言う印象とは真逆の可愛らしい仕草だった。でも、美人って言う言葉を聞いた途端にその頬も萎んで照れ照れしているものだから、この人思っている以上にチョロいんじゃないだろうか。
「えっと、男の人が喜ぶ服でしたっけ?」
「はい」
「デートですか?」
「はい……」
私が聞くと、頬を赤らめて、これまて照れた感じで肯定する。
何この可愛い生き物!食べたい、さっきパンぺーき食べられなかった分、お腹すいてるし……。
「はぁはぁ、はぁはぁ」
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫です。食べてもいいですか?」
「な、何を言っているですか?」
おっと、いけない。つい、本音が漏れてしまった。
「こんなにきれいな彼女さんがいると、彼氏さんも自慢でしょうね」
「そんな……そういうあなたも可愛いじゃないですか」
「ええ、そうですか?」
えへへ、褒められちゃったぜ。
にしても、こんな初心な反応を見せるなんてまだ付き合ったばかりなのかな?
「私も最近彼氏ができたんですけど、めちゃくちゃ幸せなんですよー」
「そうなの?私も最近なの!」
付き合ってることは黙っててくれって言われたけど、知らない人とそういう事実があるって言うことを話すことくらいいいね?
「少し変なところあるけど、優しくて、気を遣わなくてもいいような雰囲気が好きなんだー」
そう語る彼女はとても幸せそうで、現在幸せ絶頂にいる私でさえ、羨ましく感じてしまう。にしても、なんだか雄二君に似てるなー。もしかしたら私と気が合うかも。
「あ、ごめんなさい。私タメ口で話しちゃって」
「いいんですいいんです!多分私の方が年下だし!それに、なんだかお姉さんとは初めて会った気がしないって言うか、ずっと同じ食器を使っているような感じがするんです!」
「それ、どういう関係……?」
どうやら私の例えは分かりづらかったようだ。
「でも、うん、分かるかも。なんだか、他人って感じがしないのよね」
「そう!そうなんですよ!」
やっぱり!私の例えは分からなかったかもしれないけど、思ったこと自体は一緒だ。目の前の彼女とは他人という感じがしない。
「実は私も最近彼氏ができて、それもあるんですかね」
「え、そうなんだ!どんな人なの?」
「私と一緒に馬鹿なことやってくれたり、それとなく気を遣ってくれたり、何しても許してくれそうな感じがする人なんです」
「へー、なんだか私の彼氏と似ているかも」
「私もそう思いました!もしかして一緒の人だったり……」
「確かに!」
そんなことあるはずもないのに、私たちは二人で笑い合った。こんなにもお客さんと仲良くなったのは初めてかもしれない。
「でも、もし本当にそんなことになったら、どうする?」
お姉さんは挑発的な目でこちらを見てくる。そんなこと考えたこともなかった。でも、考えるまでもなく答えは出てきた。
「彼に、私だけを見てもらうまでです」
「……すごいのね、あなたは」
呆れたように、でもどこか羨ましそうに私を見てくる。その表情の真意が知りたくて、私は同じ問いかけをする。
「お姉さんならどうしますか?」
「私は……」
そこで止まってしまった。
ど、ど、どうしよ!聞いたらいけなかったかな?そもそも初対面の人と彼氏が被ったらどうするなんて話普通しないよね!?私が始めたわけじゃないんだけどさ!
「どうするんだろうね……」
不安気な瞳で虚空を見つめる彼女は、今何を考えているんだろう。そんな事考えても分かるはずもない。だから、意味もなく私は励ましていた。
「大丈夫ですよ!絶対そんなことにはなりませんから!」
「そうよね」
その意味のない励ましのおかげか、最初とは違った少し大人びた笑みを浮かべる。うぅ、気遣わせちゃったかも。
少しだけ沈んだ気持ちも、視界に入った予想外の人影により、すぐに浮き上がってくることになる。そして、無意識のうちに私はその人の名前を呼んでいた。
「雄二君!」「雄二!」
「「え?」」
私と同時に声を上げた彼女は、確かに彼の名前を呼んだ。そうして、私たちはどちらともなく顔を見合わせる。
あれ?知り合い?




