デートは修羅場のはじまり その七
「あのさ、デートの続きしたいんだけど」
「あ?」
「デートの続きだよ!こちとら限られた時間の中でやってんだよ!これ以上俺たちの時間を奪うなよ!」
「え、急に何?キモいんだけど」
「雄二さん……」
隣からボソッと俺を呼ぶ声が聞こえてくる。恐らく惚れ直してしまったんだろうな。
「ちょっとキモいです……」
「おま、この状況でそんな事言うなよ!」
どうやらキモがられていたらしい。おかしい、こんなはずじゃなかったんだけどな。
「でも実際に時間は限られているんだ。あんまりここで無駄な時間を過ごしてもなぁ」
この後は紫帆さんとの予定もあるし、これがあまりに長引くようだったら、美緑とのデートの時間は本当になくなってしまう。
「無駄な時間?……テメェさっきから聞いてたら好き勝手言ってくれてんじゃねぇか」
俺の言い分が気に入らなかったのか、女と一緒にいた男が前に出てくる。
「ってお前は……!」
すると、俺の顔を見て驚愕に目を見開く。なんだ?俺の知り合いか?確かに、さっきからどっかで見たことがあるような顔をしているとは思ってたんだよな。
「バッティングセンターの!」
バッティングセンター……?ああ!思い出した!
「一球も掠らせることすらできずに、その八つ当たりを小さい男の子にしようとしていた最低なクズ男だな!」
「アンタ、そんなことしてたの?」
それに反応したのは予想外にも一緒にいた女だった。
「ち、違う。あいつがテキトーなこと言っているだけだ!」
なに、俺のことを嘘つき呼ばわりするつもりか?
「タモツならやりかねないじゃない」
どうやらバッティングセンターで出会った彼はタモツ君というらしい。ん?どこかで聞いたことあるような。タモツ……タモツ?もしかして
「タモツ君?」
「あ?気やすく俺の名前呼んでんじゃねぇよ!」
「やっぱりタモツ君だ!」
「はぁ?」
「憶えていないのか?まあ無理もない。十年も前のことだもんな」
「テメェ、さっきから何を言ってやがる」
どうやらまだ俺のことに気が付いていないらしい。
「俺だよ。伏見京子の親戚の、栄雄二。分からないか?」
「伏見、京子?……っ!まさか」
「そうだよ!懐かしいな!小学校の時のこと憶えてるか?」
「はは、ははは……」
俺が久しぶりの再会に嬉しく思っているのに対して、タモツ君は居心地悪そうにしている。というか、今にも逃げ出してしまうそうだ。今まさに俺に背を向けて腕を腰にセットする。
「悪いが、俺はもう帰らせてもらうぜ!」
「タモツ!?」
状況についていけていない、全ての人間を置いてタモツ君は走り去っていってしまった。
「ちょ、待ちなさいよ!」
美緑に話しかけていた女がタモツ君を追いかけると、それに付随してその周りにいた奴らも全員走っていった。
「一体何だったんだ……」
六人もいたというのに口を開いたのは先頭の女とタモツ君だけだぞ。他の四人はよく何も言わずにあの状況を傍観出来たな。それが出来なくて俺はちょいちょい話しかけてしまったぜ。
「じゃ、デートの続きと行きますか」
「え……」
何事もなかったかのように俺がデートを再開させようとすると、美緑が目を見開いてこちらを見ていた。
「何も、聞かないんですか?」
「今日はせっかくのデートだろ?時間もそんなないんだし、残りの時間を楽しもうぜ」
さっきとは逆に、ポカンとした様子の美緑の腕を引いて目的地へと進んでいく。
「お、ここだな」
特設された海コーナーにたどり着いた俺たちは、早速サンダルを探すべく、散策を始める。
「なんだ、このサンダルは。足つぼ?俺がそんなもの粉砕してやる」
「どうすればそんな思考にたどり着くんですか!やめてくださいよ!」
「お、この水着とか美緑に似合いそうじゃないか?」
「え、貝殻……?こんなもの本当に売っているんですね」
「あ、このお菓子美味しそう」
「海は何処に行ったんですか!」
いつの間にかいつもの調子を取り戻した美緑は、それはそれは楽しそうに俺のボケ一つ一つに対応してくれている。
「どこの海に行こうかな」
「まだ何も買ってないのに……」
にしても、ここの売り場は広いな。海の特設コーナーと銘打っておきながら、海とは関係ないものが多すぎる。例えば、このお面とか。これ、何に使うんだ?
「雄二さん」
「ん?」
俺がお面の使い心地を確かめるべく、顔にはめていると、後ろから美緑の呼ぶ声が。振り返ると、そこには今まで見たことがないような、はかなげな微笑を浮かべる美緑。
「ありがとうございます」
「なにがだよ……もしかして、このお面お前が作ったのか!?」
「そんなわけないでしょ……」
美緑の浮かべるその微笑と呆れが混じった顔は、やはりこいつにしかできないものだ。見惚れていたことを悟られまいといつものように話を逸らしてしまった。そんなことに気づいているのかいないのか、美緑は未だにその表情を崩さずにいる。
「もうそろそろ、時間ですね。最後に服みたいんですけど、いいですか?雄二さんと海行くとき用の!」
美緑は俺を先導してとある服屋へと向かっていく。美緑の楽しそうな笑顔を横目で見つつ、俺も意気揚々とその横を歩いていた。その先に何があるのかも知らずに。




