デートは修羅場のはじまり その二
「あーあ、パンケーキ残念だったなぁ」
「また今度食べにこればいいだろ。次はあの店員さんがいない時にしよう」
「そうだね、あの人怖かったし……」
朱音は思い出して養生を暗くする。心なしか若干体が震えているような気さえする。くそ、あの女店員め、次会ったらただじゃ置かないぜ。あんな非常識な奴初めて見た。
俺が怒りに燃えていると、今日の二つ目の目的地、映画館へたどり着いた。
「わー、わたしこれ見たかったんだよねー」
今から観る映画は、俺自身も観たいと思っていた話題作だ。
ヒツジ界の王子がある日ヤギに恋をしてしまう。王子は自身の毛を全剃りし、ヤギに扮装するが、いずれそれもバレてしまう。種族を超えた恋をする王子と種族の壁は越えられないと諦めるヤギ、その二匹の運命はどうなるのか……
「めちゃくちゃ気になるね!」
「ああヒツジの王子は既に恋人がいる設定らしいしな」
是非とも今後の参考にさせていただきたい。
ヒツジの浮気が参考になるかは分からないが、まあ見る価値はあるだろう。
「あ、何か買ってく?」
「映画と言ったらポップコーンだろ」
「やっぱそうだよね~」
嬉しそうに列に並びに行く朱音。その足取りは軽く、いつも通り楽しんでくれているということだろう。彼女が悲しそうな顔をしているの俺は見たことがない。もし、他に彼女がいることを知ったらどんな顔をするのだろうか。
そんな時が、いつか訪れてしまうのだろうか。
「味、なににする?」
「そうだな~」
「あ!ピスタチオとかあるよ!美味しそう」
「お父さんのかかと味とかあるぞ。まずそう」
「あ、このドリンク美味しそう!ロイヤルバナナジュースだって」
「お、このドリンクまずそうだな。暗黒油ヘドロだとよ」
「…………」
俺が一つ一つ丁寧に答えていると、朱音は黙ってしまった。その顔は若干膨れている。
「もう、さっきから美味しくなさそうなのばっか」
どうやら、食欲やらが少し失せてしまったらしい。だが、今回のこれに関しては俺は断じて悪くないと主張しよう。
「そんなのを置いているこの店が悪い!」
「はっ……!確かに」
一瞬驚いたような顔をしたあと、すぐに納得したように頷く。俺の指摘によってようやく気付いたようだ。
「そうさ、この店はまずそうな商品をあえて置くことによって、今みたいにカップルの喧嘩の原因を作るんだ」
「そして、私たちはそれをきっかけに別れてしまう……」
「つまり、これは!」
「恋人のできない店長がカップルを別れさせるために仕掛けてきた陰謀なんだね!」
「そういうことだ」
正解にたどり着いた朱音の頭をなでて、褒めてやる。すると気持ちよさそうに目を細めて頬をゆるゆるに緩める。
ドヤ顔で俺たちがこの店の陰謀をぶちまけていると、いつの間にか俺たちの順番になっていたようだった。少しだけ注目されているのは、おそらく俺たちがこの店の陰謀を暴いたヒーローだからだ。
……どうしてこの店員さんはガスマスクをつけているんだ?最近はやっているのか?健三も持っていたし。
「雄二君、どうしてこの人ガスマスク被ってるの?」
「コラ、そういう所に触れたらダメだろ。デリケートな部分なんだよ」
目の前の店員さんは仕切りに首を縦に振っている。それだけの理由があるということだ。そして、俺に何か感じたのか、尊敬の眼差しのようなものを感じる。
「サインは書きませんよ」
「いりませんが……」
サインではなかったらしい。仕方ない、さっさと注文をしてこの居心地の悪い空間から抜け出すか。
「あ、ポップコーン一つください」
「味はどうされますか?」
「どうする?」
「朱音が決めていいぞ」
朱音は少しだけ悩むと、決めたのか店員さんの目を見てこう言った。
「お父さんのかかと味で」
「……そんなものはありません」
「あれ?じゃあ暗黒油ヘドロは?」
「ありません」
朱音は不思議そうな顔で俺の方を見ている。どういうことだと言わんばかりだ。
「そんなものあるわけないだろ。何を言っているんだ?朱音は」
俺がそこまで伝えると漸く理解したのか、どんどん顔に赤みが増していく。
「さっきまでの全部嘘?」
「うん嘘」
「もう!」
この場で怒りを発散しようとした朱音だが、後ろに並んでいる人を見て、怒りを鎮める。周りのよく見える娘なのだ。
「雄二君が決めて!」
それでも怒りは収まらないようで、ここで俺に怒らない代わりにしばらく不機嫌が続くかもしれない。
「じゃあ、五歳児のカサブタ味で」
「またそんなこと言って……店員さんに迷惑が」
「はい!五歳児のカサブタ味ですね」
「それはあるの!?」
もう訳が分からないと、諦めたようにがっくりと肩を落とした。
うん、俺も言ってみただけで本当にあるとは思わなかったんだ。一体どんな味なんだろう。
それから少し気まずいまま映画館までの時間を待つことになると思っていたのだが。
「なにこれ!美味しい!」
「ああ、まさかこれほどまでに美味いポップコーンがあるとはな!」
予想外にも五歳児のカサブタ味のポップコーンは絶品だった。そのあまりの美味しさに俺たちは先程あった出来事など忘れて無心で食べ続けた。本当なら映画を見ながら食べる予定だったのに、いつの間にかその箱は空になっていた。
「しまった、あまりの美味しさに」
「これは仕方ないよ」
しかし、食べてみたけど結局原材料が分からなかったな。生姜焼きみたいな味がしたんだけど。
「店員さんに聞けばわかるかな?」
「それだ!」
タイミング的にそれぞれの映画が始まるころで、客もほとんど並んでいなかったので、店員さんに聞きに行く。先程の店員さんはもうおらず、別の店員さんに聞いた。
「五歳児のカサブタ味って一体原材料はなんなんですか?」
俺が尋ねると、その店員さんは不審な顔でこちらを見てくる。もしかして企業秘密か何かなのだろうか。
「そんなものありませんけど、何を言っているんですか?」
「え?」
一瞬この店員さんがふざけているのかとも思ったが、メニューを見てみると実際にどこにも書かれておらず、味付けもメニューにある分しか置いていないらしい。
「どういうこと?」
朱音は不思議そうに、そして若干顔を青くして聞いてくる。
「そんなの俺が聞きたいよ」
いや、さっきの店員さんに聞けばわかる!
「えっと、今もういないんですけど、さっきまでここにいた店員さんってどちらにいますかね?ガスマスクを着けていた人なんですけど」
「スタッフはここにいるので全員ですよ?入れ替わりもなかったので一時間ほど前からずっとこのメンバーです」
「えっ」
店員さんは本当におかしな人を見る目で俺のことを見てくる。
「雄二君……」
不安そうに俺の袖を掴んで見上げてくる朱音。
「とりあえず、映画観よっか……」
「うん……」




