婆ちゃん家(父)その五
あの後、そういえば家への道が分からないってことを思い出したわけだが、今更戻るのも恥ずかしいので、そのまま放浪した。そうして家に帰ったのは夜八時。
「こんな時間まで何処ほっつき歩いてたんだい!門限過ぎてんじゃないか!」
「この家門限とかあったのかよ!知らねぇよ!」
「晩飯抜き!」
ババアに逆らえるわけもなく、俺はその日晩飯抜きだった。
紫帆さんを置いて出て行ったからてっきり機嫌損ねたと思っていた。いつもより少しだけ距離感が遠い気がする。あまり俺と目を合わせてもくれない。ただ、機嫌が悪いわけでもないらしく、むしろいつもより機嫌は良さそう。周りに人がいるから恥ずかしいのだろうか。
「紫帆さん、さっきは置いてってすみません」
「別に、いいよ?おかげでおばあ様とお話する機会できたし」
お、おばあ様?まさか洗脳されてたりしないよな?まあ、上機嫌なのはいいことだ。
「じゃあそのおかず貰ってもいいですか?」
「だーめ。おばあ様に言われてるの」
この人、やっぱ洗脳されてんじゃないか?
このままでは本当に今日の晩飯は食べられそうもない。仕方ない、外へ買いに行くか。
「どこへ行くつもり?」
玄関まで行くと、梨乃さんに止められた。
「ちょっと晩御飯を買いに……」
「ダメよ、門限があるじゃない」
「ここは監獄か何かか」
この家で女に逆らうと碌なことにはならない。仕方ない。もう今日は諦めよう。明日の朝にでも爆食いしてやる。
そう思っていたのだけど、夜中、俺の部屋に紫帆さんがやってきた。
「ご飯食べられてないでしょ?だから」
「マジすか!?」
まさか紫帆さんの手料理を食べられる日が来るとは……手料理?
「もしかして紫帆さんが作ったんですか?」
「違うわよ。私だって、自分の料理の腕くらい分かってるんだから……」
拗ねたように顔を背ける紫帆さんは可愛いが、同時に申し訳ないことをした気分になってくる。でもそれ以上に
「飯は何処だぁ!」
「ったくもう……」
俺のその様子にどれほどお腹がすいているのか分かったのだろう。呆れたように笑い、ちょっと待ってといい襖の向こうから何かを持ってくる。これは!
「かーっぷめーん!」
「ふふ、そんなに嬉しいの?」
蓋からこぼれている湯気を見るに、どうやらお湯はもう入れてあるらしい。
紫帆さんの手元にあったそれをぶん捕ると、さっそくその蓋を取って中身を拝見。味噌のいい香りがいい感じに鼻を刺激する。今食ったらさぞかしうまいだろうな。
「って、麺のびのびじゃねぇか!」
「え、嘘!?」
蓋を開けると、本来あるべきスープがほぼなくなっていた。どんだけ放置したらこうなるんだよ。ていうか、あれ?湯気出てたよね?どうやって作ったの?
「おかしいなぁ。ちゃんとやったはずなのに」
「……ちなみにどうやって作ったんですか?」
「え?まずは、麺を容器から取り出して」
はい、まずそこがおかしい。
「それから?」
紫帆さんは一つ一つ思い出すように指折で数えていく。
「鍋に麺と粉を入れて五十分煮詰めて」
「五十分!?桁がおかしい!」
「そのあとまた容器に戻した感じかな?」
「ものすごく無駄な工程がある!」
ツッコミどころしかない。紫帆さんは俺のツッコミに頬を膨らませて対抗してくる。
「だって煮れば煮るほどおいしいって言うじゃん」
「それは煮物の話じゃないですかね?」
「もう、しーらない!」
やばい、怒らせてしまったか。
よくよく考えれば、こんな深夜に俺のためにわざわざ五十分も煮詰めてくれていたんだ。不器用な紫帆さんのことだ。どうせずっとその場で鍋を見ていたんだろう。
「紫帆さん、このラーメン死ぬほどうまいです」
「……」
「麺もいっぱいあって、腹減ってる今には丁度いいですね」
ラーメンを食らいつつも、チラッと様子を確認すると、嬉しそうにドヤ顔してる。
「そうでしょうそうでしょう。それを見越してなんだから」
「流石先輩ですね」
「ふふん」
自慢げに鼻を鳴らすが、そんな意図は全くないだろう。でも、おかしいな。前は普通にカップ麺食べてたはずなんだけど。
「前、カップ麺普通に作ってましたよね?」
「こ、今回は、雄二に食べてもらうし、ちょっとでも何かしてあげたくて……失敗しちゃったけど」
目を逸らしながら、そう言ってくれる紫帆さんはやはり可愛らしい。いつも美人っていう雰囲気が出てるから、そのギャップも相まって大変なことになっている。
なぜかさっきまでは距離を感じていたけど、今は前よりもさらにその距離を近く感じる。え、というか顔近くない?え、もしかしてこのまま……
「大変なことになってんだけどナニコレ!?」
「「っ!?」」
台所の方から聞こえてきた。健三のそのバカでかい声に俺たちはドキッとして、一瞬で距離をとる。
明日辺りにあいつぶん殴っとこ。
若干気まずくなった俺たちは、健三の叫ぶ方へ向かうと。
「なんじゃこりゃ!?」
思っていた以上の惨劇が台所に広がっていた。聞いた話によると鍋しか使っていないはずなのに、なぜかボウルやら包丁やらが出ていたり、使うはずもない調味料が散らばっていたり……ぐっちゃぐちゃだ。
責めるつもりがあったわけではないが、自然とその原因の方に顔が向いてしまった。俺と目が合うと、一瞬あわあわと視線を彷徨わせて、
「ご、ごめんなさいいいいい!!」




