彼女ができた(三人)
「好きです、付き合ってください!」
緊張で口が渇く。人生で初めての告白。相手は高校の時の同級生。別々の大学へ進学したが、それでも連絡をたまに取り合うくらいには仲が良かった。その関係を変えようと思ったのは三カ月前。すべては親父の一言が原因だった。
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「お前、彼女作れ」
食卓へつき、弟の揚げてくれたとんかつを頬張る最中のことだった。
「藪から棒に何だよ」
一旦口元まで持って行ったとんかつを皿へ置き、この家の主栄一を見る。
「お袋が孫を見たいと言っている」
「孫は俺と健三がいるだろ」
「間違えたひ孫だ」
「間違えんなよ……」
俺たちは三人家族だ。母はいない。幼い頃に亡くなってしまった。そのせいもあって、親父と俺と弟。この男三人でずっと生活をしてきている。家事は俺と弟の健三で分担していたが、最近ではもっぱら健三頼りだ。こいつの作る飯うめぇんだわ。
「父さんだってもう年なんだから間違えることもあるよ、許してあげて?」
「健三、お前俺の事そんな風に思っていたのか……?」
想定外の事実に愕然とした様子を分かりやすく顔に出してくれているが、今はそれよりも先程の話をしたい。
「で、婆ちゃんがひ孫を見たいって?」
「ああ、そうだ。だから、とりあえず安心させるために彼女を作れ。ついでに俺も若い女の子と話したいから連れて来い」
「後半の部分は少なくとも実の息子に見せる面ではないだろ」
できれば死ぬまで隠してほしかった。
「それに健三じゃなきゃダメなのか?こいつはモテるんだぞ」
「まだ結婚できないからダメだろ」
真面目腐った顔でそう言いながら衣を落としながらカツを落とす。そしてそれを健三が拭く。落とすのは衣だけにしろや。一体何喰おうとしたんだよ。あ、箸食ってるわ。
「俺だってまだ結婚するつもりはねぇよ」
「んなもん知るか!早く若い女をこの家に連れて来いって言ってんだ!それにJKはやべぇだろ……」
「本音そっちかよ!せめて孫見たいの方がよかったよ!まあ、でもそこは冷静でよかったわ」
しかし、婆ちゃんがひ孫を見たいと言っていたのは本当らしいし、今まで彼女なんてできたことのない部分を考えても、婆ちゃんには心配をかけているかもしれない。
この日から、俺は彼女を作るために奔走することになった。この三か月間は、慣れないことの繰り返しで精神的に疲弊してしまうこともあった。しかし、それも全ては今日この日のためだ。
改めて告白相手の顔を見る。高畑朱音。それが彼女の名前だ。卒業した当時は肩のあたりまでだった髪の毛も少しだけ伸びて、昔よりも大人っぽくなっている。すべてが主張しすぎない程度に発達したバランスの取れたスタイルに、端正な顔立ち。それも、俺と同じ緊張でか、いつもより強張っている。返事は二択。もしかしたら、少しだけ考えさせてくれなんて言うかもしれない。
過去のことを振り返り今の状況を説明するくらいには時間が過ぎ、そしてその時は訪れた。
「よ、よろしくお願いします」
緊張で強張っていた顔は真っ赤に染まっていき、恥ずかしさからか俯いてしまった。
俺も、告白しておいてなんだが、成功した時の事なんて何も考えていなかったので、何も言葉が出てこない。
それから数分が過ぎた。
「あ、あの何か言ってもらえるとありがたいんだけど」
「ああ、ごめん、じゃあこれからよろしくってことで」
「よろしくお願いします」
一瞬だけ冷めた顔はまたすぐに赤くなっていく。
ということで、俺に彼女が出来ました。
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早速あの二人へ報告だ。あの二人には彼女作りを手伝ってもらっていたのもあって、初めに報告をしなければならない。
そもそもの原因であるのが、あのバカ親父なのだ。
「ただいまー」
「お帰り、兄ちゃん」
「お、帰ってきたか雄二」
リビングへ入ると、タイミングよく二人ともそこにいた。
「俺さ、彼女出来たんだ!」
「兄ちゃん、俺代わりにあの子に告っといたよ」
「お前告られてたから代わりに返事しておいたぞ」
「「「ん?」」」
聞き間違いだろうか。三人が三人とも同じ内容を言っていたような気がするんだが。しかも、主語まで一致したうえで。
「一回整理しよう。俺から順番に言っていくぞ?」
その言葉に今の状況に混乱している様子の二人はあっさり頷き、静かに聞く態勢をとる。
「俺さっき高校の同級生に告白して付き合えることになったんだ。じゃあ次は健三」
「兄ちゃんのバイト先の人と今日たまたま会って、兄ちゃんについて話してたら、これイケるんじゃね?って思ったから兄ちゃんが好きって言ってたよって伝えといた」
「何してくれてんの?」
真顔で僕は悪くないとばかりに堂々と自分のしたことを宣言する健三。自分の出番は終わったと口を閉ざした。本当は追及したいところだが、もう一人残されている。そちらも聞いておかないといけない。
「今日ポスト開けたら手紙が入ってたんだ。お前を好きってことと付き合ってくれって内容だった。迷わず返事をしたさ。住所も書いてあったし相手が間違えていない限り無事届くだろう」
「お前も勝手に何してくれてんの?」
「父に向ってお前とはなんだ!」
「お前って言われるようなことをしたのが分かっていないのかな?」
いや、待てよ。手紙ってことは。
「今から郵便局行けばもしかしたら間に合うかもしれない。というか、家の前で待ち伏せすればもし配送されてもその場で受け取ることができる!」
「あ、直接俺がポスト入れといたから」
「マジでやってくれたなぁ!」
「返事は早いに越したことはないだろ?相手はお前の話していたサークルの先輩だ」
待て待て、冷静になるんだ。まずはもう一人、俺が直接の言葉で伝えたわけではないし、健三によるとまだ返事はもらっていないらしい。なら、まだ誤解を解くチャンスが。
その時、俺のポケットからスマホの振動する感覚が伝わってきた。
「こんな大事な時に誰だ」
一応中身を確認してみると。
『先程の件ですが、喜んでお受けしたいと思います』
「最重要人物だったあああ!!」
くそ、今更訂正するのか?しかし、このままでいる方がもっと悪い気がする。ここは俺が悪者になってでも、たとえ相手を傷つけることになってでも、今訂正しないと男として人としてダメな気がする。
「仕方ない。二人には悪いがここは」
「あ、お袋には伝えちまった、写真付きで。めちゃくちゃ喜んでいたぞ。あのお堅いお袋がだ。今頃みんなに言いふらしてんのかなぁ。今更嘘って言ったらあのお袋死んじまわねぇかな」
「……え?」
「あ、そいえば僕も。あっちの婆ちゃんに言っちゃた。写真付きで。以下同文」
「…………え?」
俺はあまりの事態に固まってしまった。その隙に、二人はコソコソとリビングを出て行こうとしている。扉のところで一瞬止まりこちらを振り返った。
「……三人の彼女を持つなんて大変だね」
「控え目に言ってクズだよな」
その言葉に止まっていた思考が動き出す。
「誰のせいでこうなったと」
「やばっ」
「行くぞ!」
「待てコラ!ふざけんなああああああ!!!!」
こうして俺にも彼女が出来ました。三人も。