17. 終わりの始まりがはじまっても息苦しいままだった
城内は慌しく動く兵士たちの足音がいくつも聞こえていた。物々しい足音はすべて一人の侵入者に向かっていた。
対象はその行動を隠す気などはまるでなく、通った道には花が咲き乱れところどころ人の形をしたなにかが転がっていた。正門から続く侵入経路をたどっていった先は、多くの貴族や王家の人間も多数いる舞踏会場だった。
しかし、会場前の大扉の前に多くの兵士が詰め掛けていたが、中に入ることができずにいた。
何人もの兵士たちが体重をかけて押すが、びくともしなう。指揮官がさっさと開けろと怒声を上げる。丸太を打ち付ける音に混じって、街の方から午前零時を告げる鐘の音が響いた。
「開いたっ!?」
分厚い一枚板の扉が意志をもったように、ひとりでに内側から開いた。
その現象を不気味に思う前に、指揮官による命令によって兵士たちがなだれ込んだ。
最初に感じたのは花の香り。
会場は様々な色であふれていた。
ここが室内なのかと錯覚するほどに床に壁にあちこちに花が咲き乱れていた。その中央に片方の靴をなくした少女が一人、立っていた。
「あははははは。はははっ。あははっははっ!!」
少女の笑い声が花畑の中で響き渡る。
楽しげに、楽しげに、この上もなく楽しげに。
前衛芸術のような景色の中、兵士が踏み出すとぐしゅりと湿った音がした。
見たくもないのに自然と視線が下に向く。
床にはいくつもの塊が散乱していた。大きいものも、小さいものもある。形も様々だった。赤と黒が渦を巻き絨毯を湿らせている。
それが元はなんだったのかを、兵士たちが理解するのに数秒を要した。それらは、人間の在り方からあまりにもかけ離れた存在となっていた。
「あら、またお客さんのようね」
唯一、人の姿を保っている少女がゆっくりと振り向く。大量の死がばら撒かれた中で、少女はとても楽しげに笑っていた。
そこに、二つ目の鐘の音が響いた。途端に、彼女は不安そうにあたりを見回しはじめた。
「どうしよう……時間だ。早く帰らないと……」
三つ目の鐘がなれば午前零時となる。
きょときょとと視線が安定しない少女を前に、兵士たちが感じているのは恐怖よりも違和感だった。この惨状を生み出したのが、目の前の少女なのかと戸惑う。
とうとう零時を告げる三つ目の鐘がなった。ひときわ大きく鳴り響いた鐘の音に兵士たちの注意がそれる。その間にドレスをふわりひるがえすと、彼女の姿は闇に消えていった。
気がつけば、イフェリアは学園の寮の部屋に戻っていた。明りもつけない暗闇の中で白鳩の姿がくっきりと浮かび上がっていた。
【イフェリアちゃん、どうしたんだよ。そんなに落ち込んで、あんなに行きたがっていた舞踏会は楽しかっただろう。気に入らないやつらをぶっ殺してさぁ】
いつもであれば自分を楽しい気持ちさせてくれる声に耳を押さえながら、部屋の隅でうずくまっていた。
いつも自分は『終わり』を求めていたのだと思う。
抜け出せない陰鬱な日々、繰り返されるいじめの日々、そしてそんな苦痛に抗うこともしない自分、そんなものが全部終わってしまえばいいと願った。
そんなものが一切合財すべて終わらせてくれる力がほしくて手を伸ばした。何もかもが終わってしまえばいいと思った。それが自分の死という結果であっても構わなかった。
だが、硬く冷たく暗い世界でイフェリアは怯えていた。
意識が連続しない。記憶が断片化する。時間間隔が途切れている。自分が一体どうなっているのか、自分の感覚がまるでわからなかった。
【おまえの姉の最期はすごかったねぇ。どんだけおまえのことが嫌いだったんだよ。母親のほうはつまんなかったな、もうちょいがんばれよって感じだったな。ある意味あいつが全部の元凶だっていうのにな】
「やめて、やめてよぉ……」
よびおこされたいくつもの記憶がまたたいて消えていく。
恐怖と嫌悪に歪んだ姉の顔。苦痛の悲鳴を上げる母。ばらばらにされる人の形。大声で叫び剣を向ける兵士。
想像もしていなかった。
嫌な世界が終わった後に、もっと嫌な世界があることに。終わらせてしまえば、嫌なことも辛いこともなくなって楽になると思っていた。
誰も自分に優しくしてくれない、みんなが自分のことを嫌う。
【壊せばいい】
彼女の肩にとまる一羽の白い鳩がささやく。
【目の前の世界が気に入らなければ、何度も壊せばいい。おまえには力がある。もう弱虫なんかじゃない】
意識が混濁していく中で、その声だけはイフェリアの耳にすんなりと入っていく。
【いつでも壊せる。誰でも殺せる。どんなものだって、誰だって。そうすれば嫌なことは全部終わる】
表情のない白鳩がにたりと笑った気がした。
混ざり合った意識が蠢く。自分が自分である証がなくなり、残ったのはたった一つのこと。
【ほら、イフェリア、立ち上がるんだよ】
白鳩の奇妙な声が少女の口から出る。
彼女は自分に話しかけながら、のっそりと立ち上がる。
【怖いやつらがおまえを殺しにやってくる。世界がおまえを殺しにくる。さあ、戦うんだよ。戦わないと逃げられないよ。殺さないと死んでしまうよ。魔法の呪文は覚えているかい? すぐに口に出せるかい? いい子だ。それじゃあ、行っておいで】
母親が子供に語りかける口調。しかし、その内容を理解できるものがこの場にはいなかった。
イフェリアにはもはや正常な判断力はない。
血まみれのドレス姿で、片足が裸足であることも気にせずに扉に手をかける。
「いってきます」
心底から愉しげに口の両端を上げて、イフェリアは笑っていた。
その視線の先には何もいなかった




