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第3章 名人 指瀬と雨本の知り合いの“名人”についての話

JR大阪駅の周辺は関西でも屈指の繁華街だ。高いビルが立ち並び、企業や商業施設などが集中している。そのうちの一つH百貨店はショーウィンドで四季折々の演出をして多くの関西人を楽しませている。H百貨店2階売り場の片隅に関係者以外立ち入り禁止と書かれた白いドアがある。ドアを開けると通路になっていて、一般客はもちろん従業員の姿もめったにない。その通路を進むと小さいエレベーターがある。エレベーターで最上階に上がり左手にある階段を上ると屋外に出られるようになっていて、その扉を出た先にはスチール製の倉庫が立ち並んでいる。

その倉庫に名人は住んでいる。見た目は小柄な人のよさそうなおじいさんだが、ゲームの腕前は関西でトップクラスだ。自称70歳くらいという年齢にも関わらず指先の反射神経は衰えていない。その昔、ワンコインでゲームセンターの開店から閉店まで対戦格闘ゲームをしたという伝説を持っているが、最近は若者に負けてしまうといってゲームセンターには行かなくなったらしい。噂によると名人はかつて大企業のトップにいた人物で当時の政府関係者とも太いパイプを持っていたらしい。今はなぜか百貨店の屋上にある倉庫で暮らしているが実はすごい資産を持っているとかいないとか。今でも名人に会うために屋上を訪れる人の中にはゲームとあまり関係なさそうな人も混じっている。

指瀬と雨本が名人と知り合ったのは大学生のころで今から約20年前だ。大学のゲーム同好会に属していた2人は名人に気に入られてそれ以来年に数回は遊びに来ている。雨本の家に止まった翌日に指瀬と雨本は百貨店の屋上まで2人でやってきた。

名人の住んでいる倉庫は住居用に改造されている。倉庫の中は扉から見て左手の側面にテレビ台とテレビが置いてある。テレビ台の上や下、ケースの中にはPS4、PS3、PS2、ニンテンドーSWITCHなどゲームのハードが並んでいる。テレビ台の前に大きな背もたれのついた椅子が置かれている。扉から見て奥のスペースは一面に本棚が置かれていて本棚の中には様々な本と各種ハードのゲームソフトがぎっしり収められている。扉から見て右手のスペースには半畳分のスペースにカーペットと収納棚が置かれている。天井にはLEDの証明が付き、エアコンも完備されている。他の倉庫の中にも居住スペースがあるらしいが指瀬と雨本が見たことがあるのはこの倉庫だけだ。

名人は、ポチという家族がいる。ポチはロボット犬のAIBOだ。AIBOも最近は丸みを帯びたフォルムになっているが、初期の四角っぽい外見である。何度も訪れている指瀬と雨本が倉庫に近づくと足元にやって来て挨拶してくれる。名人が言うには慣れない相手には寄って行かないそうだ。ポチは賢いからちゃんと人間を認識できると名人は自慢しているが眉唾物だと指瀬は思っている。


指瀬と雨本は倉庫の外で丸椅子に座り(倉庫の中に3人が入るとさすがに窮屈になるため)ゲームを始めた。任天堂のキャラクターが一堂に会する対戦ゲームで一般の格闘ゲームに比べるとコマンド入力や駆け引きに複雑な要素が少なく、バトルロイヤル形式でもあり、実力差があっても運が良ければ勝てるゲームだ。

それでもアクションゲームが苦手な雨本はなかなか勝てず、指瀬と名人が勝つことが多い。試合数を重ねていくと名人が勝利数で徐々に指瀬とも差をつけてくる。

「ちょっと、チームバトルにしませんか。」

なかなか勝てない雨本が提案して、自宅から持ってきたAmiboを取り出す。このゲームは個人戦とは別に何人かのチームで戦うことも可能で、別売りのAmiboという人形を使えばコンピューターのキャラクターを育てることもできる。

「かまわんよ。わしは一人でええ。」

 名人が余裕の返事をする。名人はコンピューターのキャラクターの味方は入れずに一人で戦うつもりらしい。雨本はネクタイをしたゴリラのキャラクターを画面に取り込んで、チームを結成している。指瀬は少し迷ってコンピューターの味方を一人つけることにした。

 その後、1時間ほどゲームを続けたが結局名人の勝利数が一番多かった。時間内に相手を撃墜した回数を競うゲームなので味方が増えると攻撃力が増す反面、相手に落とされて逆にポイントを取られる結果にもなる。名人はそこをうまくついてきた。

「やはり、名人は強いですね。」

「だてに、64時代から全部やってきたわけじゃないぞ。」

指瀬に褒められて、名人は上機嫌だ。

「でも、僕たち相手だと物足りないのでは?」

指瀬は気になったことを尋ねてみた。名人は強者としかゲームをしたがらない。といううわさだ。指瀬もそれなりに自信はあるが強者というほどではない。雨本にいたってはどちらかというと下手に属する腕前だ。

「いや、君らは負けてもやる気なくしたりつまらなさそうになったりしないから楽しいよ。やはり、一緒にゲームするなら楽しい相手でないと。真剣に勝負したいときは最近ではオンラインもあるし。」

「ふっ、余裕ですね。僕ら相手では真剣勝負にならないと。…いいでしょう。逆にコテンパンにやっつけて、やる気をなくさせてあげましょう。」

名人の言葉に火が付いたのか雨本が宣言する。さらに1時間後雨本がコテンパンにやっつけられたのは言うまでもない。


 夕方に名人の住居から帰り、雨本とはマンションの入り口で別れた。

「今日は晩御飯を一緒に食べていかないのか?」

「連続だと芽美さんも大変だろう。」

「そうか、じゃあまた来月の予定がわかったら連絡するよ。」

「ああ、じゃあな。」

「じゃあな。」

指瀬は自転車に乗って自分のマンションへと向かう。日曜日の夕方は平日に比べて車の数が少なく、街全体が明日に備えてちょっと休憩している感じだ。指瀬は途中でハンバーガー屋に立ち寄って軽く夕食をとった。

自宅に着くと、昨日自分で買った職場用のお土産と、優翔からもらったシャーペンを明日職場に持っていくカバンに入れた。そしてコーヒーを淹れて芽美にもらった駄菓子を少し食べた。

家に帰ってしばらくして、指瀬は服をジャージの上下に着替えて外に出た。河川敷を走りながらいろいろと考える。今頃雨本は家族と一緒にいるのだろう。雨本の家庭の温かい雰囲気に触れると一人暮らしの自分の生活は寂しい気がする。「婚活」という言葉が頭をよぎる。一方で名人はAIBOだけを家族にしてそれなりに楽しそうに過ごしている。はたして自分は家族が欲しいのか欲しくないのか、指瀬にはわからなかった。

10kmくらいを約1時間かけて走ると自宅に戻りシャワーを浴びて、その日はそのまま眠りについた。



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