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第2章 雨本  指瀬は大学時代の友人、雨本の家に遊びに行く。

第2章 雨本 

指瀬は大学時代の友人、雨本の家に遊びに行く。


土曜日の朝、指瀬は6時前に目を覚ました。スマホのアラームをつけていなくても毎日同じ時間に目が覚める。それなら目覚ましをセットしなくてもいいようなものだが平日は必ずセットしてしまう。

ベッドから起き上がり、顔を洗い、冷蔵庫からコーヒー豆を取り出しミルで挽く。普段通り昨日コンビニで買ってきたパンの朝食をとる。

 朝食を食べ終えるとパジャマから着替える。今日は土曜日で仕事は休みだが、夕方から大学時代の友人、雨本の家に行く約束をしている。夕方まで特に予定はないので、平日なかなかできない家事を片づけることにした。まずはたまった洗濯物のなかからクリーニングに持っていくものをピックアップして袋に詰める。自宅で洗濯するものは洗濯機に放り込んでスイッチを押す。最近の洗濯機は乾燥まで全自動でやってくれるのでずいぶん楽だ。

次に部屋に掃除機をかけていく。一人暮らしなのに、1週間もするとそれなりに埃などがたまってしまう。部屋の掃除が終わるとキッチンと風呂、トイレの水回りを片づける。一人暮らしが長いので慣れたものだ。掃除が終わると持ち帰った資料の整理を始める。1週間の間にカバンの中にたまってしまった紙資料を、“いる資料”、“家で捨てる資料”、“職場でシュレッダーにかける資料”に分類していく。紙資料が片付くとノートパソコンを起動してファイルの整理を行う。とりあえず、すぐに完成させないといけない資料はない。紙資料のいくつかをスキャンしてファイルに入れるとスキャンした紙を“シュレッダーにかける資料”の中に入れる。メールをチェックしてパソコンを閉じる。

 時計を見ると10時になっていた。コーヒーをまた淹れて、テレビの前に座るとPS4の電源を入れ、国産有名RPGの最新タイトルをスタートする。最近のRPGはメインストーリーを進めるだけでなく、サブクエストが多いので今日はまとめて片づける予定だ。指瀬はコーヒーを一口飲んでゲームを開始した。サブクエストをいくつか片づけたが、どうしてもクリアできないサブクエストもいくつかあった。ネットで情報を見ればクリアできるのだろうが、ゲームをクリアするときに極力ネットを頼らないのが指瀬のやり方だった。

(まあ、雨本にあった時に聞いてみるかな。)12時を少し回ったころにセーブして電源を切った。


シャツの袋を持つと指瀬は家を出た。クリーニング屋に持っていきシャツを預ける。指瀬は普段の仕事はノーアイロンのシャツを着ているが、きちんとした格好をしなくてはいけない日はクリーニングに出した服を着ていくことにしている。クリーニング屋を出ると自転車で大阪の中心部に向かう。大阪市を走るJR環状線のだいたい2時に当たる場所にあるのが京橋だ。JR、京阪電車、地下鉄の乗換駅でホテルや商業施設もある大きな駅だ。飲食店も様々なジャンルが並んでいて、昼食をとる場所には困らない。

何を食べると決めていたわけではなかったので、JR京橋駅の東側のエリアで目に留まったラーメン店に入る。ラーメンを食べ終わると、駅の周辺で雨本の家への土産によい店がないか見て回った。

JR京橋駅の西側のエリアに新しい店がオープンしたらしく、行列になっていた。どうやらフレンチかイタリアンのレストランで、店の一角でケーキなど洋菓子を売っているようだ。指瀬が足を止めたのは店名に聞き覚えがあったからだ。

(はるかちゃんが言っていた店か。)先日、昼食を食べた時に木田が話題に出していた店だ。なんでも、東京の有名な店が関西に初めて出店するらしくいつも満員らしい。クッキーもすごくおいしく大人気らしいという木田の言葉を思い出してそこで土産を買うことにした。店の入り口に行くと、行列はレストランではなく、洋菓子を買う客の列だとわかった。

「すみません。レストランは本日ご予約の方のみです。また、後日お越しください。ケーキなどをお買い求めの人はこちらにお並びください。」

 店員が頭を下げながら誘導している。何も並んで買わなくてもいいか。とも思ったが夕方までまだたっぷり時間があるので指瀬はおとなしく列の最後尾に並んだ。

 自分の番が来て、店に入る。ショーウィンドウにきれいなケーキが並び、棚にはクッキーなど焼き菓子が陳列されている。少し迷って、かわいらしい缶に入った2000円程度の焼き菓子組み合わせを選ぶ。営業の経験から手土産は本人ではなく、奥さんに喜ばれそうなものが無難だと知っているからだ。この店を教えてくれた木田へのお礼も込めて職場用にも一つ買っておく。こちらは同じ2000円でも紙箱に入って内容量の多いものだ。

 レストランを出た後は古本屋に行って面白そうなゲームを探した。かつては中古ゲームショップがたくさんあったが、最近はかなり減って、大手古本屋の一角でゲームを扱っている程度だ。指瀬自身もゲームの新作は主にダウンロードで買うので中古ゲーム市場が縮小するのも仕方ないように思う。最近では書籍も電子書籍の購入が多く、古本屋も危ないのかもしれない。

 しばらく店内を見て回った。いくつか欲しいゲームや本もあったが自宅にまだ開始していないゲームがあるので購入はやめておく。


京橋を出て、橋を渡ると大阪のシンボルの一つ、大阪城がある。休日の大阪城は観光客などでにぎわっている。大阪城を通り抜けたあたりに雨本の住むマンションがある。指瀬はマンションの駐輪場に自転車を止めて部屋を訪れた。

雨本 礼は指瀬の大学時代の友人だ。理学部数学科の雨本と経済学部の指瀬はゲーム同好会のサークルで知り合った。それぞれが好きなゲームを一人や何人かでするくらいの活動しかない緩いサークルで、雨本とは大学卒業後も付き合いが続いている。

国立大学の数学科は数学の先生を目指す学生か、数学が好きな変わった学生が行く学科である。博士課程まで進んだ雨本は後者だった。博士課程を修了するときに雨本は2つ周囲を驚かせることをした。

1つは、当然残ると思われていた大学の研究室を離れ、資格をとっていた数学教師の道にも進まず、一般企業に就職したこと。もう1つは、卒業と同時に研究室に秘書のアルバイトに来ていた今の妻と結婚したことだ。

学部生のころから雨本を評価して指導していた教授にとってもショックだったらしい。

「息子と娘をいっぺんに失ったような喪失感です。」

親族とお親しい友人だけの結婚パーティーに参加した教授はそう名言を残した。


雨本はその時に結婚した妻の芽美と今年中学生になったばかりの長男の優翔と3人で暮らしている。指瀬が訪ねると雨本と芽美が玄関まで迎えに来てくれた。

雨本は指瀬と同い年なので今年で40才だ。芽美はたしか5歳年下だったはずだ。いつも化粧っ気が少ないためかまだ20代のような若々しさがある。雨本は髪を茶髪に染めていて、年よりは若いが、芽美と並ぶと年齢差を感じてしまう。

「はい、芽美さん。これ、お土産です。」

 指瀬は買ってきたクッキーを手渡す。紙袋を見て芽美が驚いたような少し困ったような顔をした。指瀬は怪訝に思って聞いた。

「あれ。この店、なんか有名らしいけど、あまり好きじゃなかった?」

「いや、そういうわけではないです。」

「まあ、玄関で話すのもなんだし、中に入ろうぜ。」

 雨本がとりなすように言って、3人はリビングに入っていった。

「指瀬さん、こんばんは。」

 リビングには長男の優翔が座ってテレビに向かいゲームをしていた。2D格闘ゲームだ。

「指瀬さん、入ってよ。パパじゃ相手にならないよ。」

「ハハ、ちょっと待ってろよ。」

 雨本は昔からアクション系のゲームは不得意だった。最近は優翔の相手にならなくなってきたとぼやいている。指瀬は腕まくりをして洗面で手を洗い、優翔の横に腰かけた。

 優翔も上達はしていたが、2D格闘ゲームは若いころからさんざんやってきた指瀬に一日の長がある。優翔が勝てるのはまだ、5回に1回あるかないかだ。

「悔しいなあ。やっぱり指瀬さんは強いや。」

「ハハ、波動拳コマンドと昇竜拳コマンドを使えるくらいで勝とうとは100年早いよ。」

「パパには勝てるんだけどな。」

「言ったな。よし、パパが相手をしてやろう。指瀬、替われ。」

 雨本も加わり3人でゲームをした。やはり、雨本はなかなか優翔に勝てないようだ。一つのキャラクターを使いこめばいいのに雨本は若いころからいろんなキャラクターを使おうとするからだ。と指瀬は思う。 優翔は途中でスマホが鳴って自分の部屋に帰ってしまい、雨本と2人でしばらくゲームをした。


「ご飯、できたよー。」

 19時過ぎにキッチンから芽美が言った。雨本はゲームを止めて、テーブルの上を拭いて夕食の準備を始める。指瀬は部屋に帰ったきりの優翔に声をかけた。

 夕食は雨本と芽美が並んで座り、指瀬は優翔の隣、雨本の正面の席に着いた。今日のメニューはハンバーグ、スープ、サラダだ。いつも、雨本も優翔もそして芽美もおいしそうに食べているが芽美の料理の腕はいまいちだと指瀬は感じている。いつも食事を作ってもらいながら申し訳ないとは思うがなにかが足りないのだ。食事中は優翔が中学校で習ったという世界の気候についての話題になった。芽美が中東の風土に詳しいのが意外で面白かった。

 食後にコーヒーメーカーをセットしてコーヒーを落とし始めたころ、雨本が芽美に目配せをした。芽美はうなずいて冷蔵庫を開けると大きな箱を持ってきた。

「ハッピーバースデー、指瀬さん。」

 箱を開けると、ホールケーキが入っている。見ると、指瀬がお土産のクッキーを買ってきたあのレストランのケーキだ。

「あ、ありがとう。」

 意外な展開に指瀬は戸惑う。大学を卒業してから毎月のように雨本の家に遊びに来ているが誕生日を祝ってもらうのは初めてだ。

「指瀬も、今年40才だろ。誕生日くらい祝ったって罰は当たらないだろ。」

 雨本が少し照れたように言う。

「いや、ありがとう。嬉しいよ。この店のケーキって、買うの大変だったんじゃ…。」

「そんなことないよ。買いに行った時はけっこうすいてたし。」

 芽美が言いながらケーキにろうそくを並べていく。大きいろうそくが4本に火を灯す。優翔が電気を消すと改めて4人でテーブルについた。

 雨本、芽美、優翔が手拍子をしながらハッピーバースデーの歌を歌ってくれる。指瀬はだいぶ照れながらろうそくを吹き消した。誕生日を人に祝ってもらってケーキを一緒に食べるのはいつ以来だろう。

 ケーキを4等分して指瀬のさらには「そうじくん、たんじょうびおめでとう」と書かれたプレートまでのせてもらった。

「指瀬さん。はい、プレゼント。」

「ありがとう、プレゼントまで悪いなあ。」

 優翔が文房具屋の紙袋をくれた。中身を見るとシャーペンが2本入っている。赤ちゃんの時から知っている優翔に誕生日のプレゼントをもらうとは。指瀬は感動して目頭が熱くなった。芽美がくれたのは駄菓子の詰め合わせだった。雨本は何もプレゼントを用意していなかった。

「あれ、雨本は何かないのか?」

 一人だけ何も用意していなかった雨本につい聞いてしまった。

「なんなら、俺のネクタイ、1本あげようか?」

「…いや、いい。」

 40才の男の友情は微妙な関係だ。


 ケーキを食べ終わると、芽美が食器を下げてテーブルの上を片づけた。雨本が本棚からカードを持ってくる。遊戯王オフィシャルカードゲームやポケモンカードゲームのなどトレーディングカードゲームの元祖にあたるマジックザギャザリングだ。指瀬と雨本は大学のゲーム同好会時代からこのゲームをしていて、その影響で芽美や優翔も一緒にしている。自分の持っているカードの中からデッキ(60枚程度のカードの束)を作り、それを使って1対1で勝負(決闘(デュエル)という)をするゲームだ。定期的に新しいカードが発売され、指瀬はもう新しいカードをあまり購入しなくなったが雨本は今でも新しいシリーズが出るたびにエントリーセットを全種類買っている。エントリーセットはそのままゲームが開始できるように作られたデッキで、新しいシリーズの特徴や新たに加わったルールを理解しやすいようになっている。

 この日も先日発売されたシリーズのエントリーセットが5つ未開封のままあった。指瀬と雨本はそれぞれ一つずつ選び、1対1のデュエルを開始する。指瀬が自分の陣営にクリーチャーを展開して、通常の戦闘で勝利を目指すオーソドックスな戦法を好むのに対して、雨本はカード同士の組み合わせで逆転を目指すような派手な戦法を好む。雨本は以前、相手の行動を制限するカードを多用する戦法で高い勝率を誇ったが、「芽美や優翔相手に嫌われるから。」という理由で最近はその戦法を控えているようだ。

 雨本が展開しているマーフォーク(魚人)たちの、上空を指瀬の操る天使が攻撃していく。雨本の陣営で上空を守るのは鳥だけだ。鳥たちが蹴散らされ、空を指瀬の陣営が制する。その裏で、雨本が準備を整えてこっそり防御不能の総攻撃を仕掛けてきた。総攻撃が決まれば雨本の逆転勝ちだ。しかし、指瀬もその展開を予想しておりその1ターンだけ戦闘を無効にしてしまったところで決着がついた。

「優翔、仇をとってくれ。」

雨本と優翔が交代してデッキも新しいものに取り換えて、第2戦が始まった。今度は優翔の陣営に魔力のもとになる土地がほとんど展開できず、指瀬の一方的な勝利だった。

「ママ、お願い。指瀬さんを止めて。」

指瀬の次の相手は芽美だ。陣営に強力なクリーチャーを展開して、今回も指瀬が優位に勝負を進めた。芽美を守るクリーチャーを全滅させ次のターンでの勝利を確信した指瀬だったが、芽美が手札から強力な火力呪文を連発して指瀬のライフを直接削りきった。

「よし、雨本家3連敗はまぬがれたな。」

雨本が上機嫌で言う。その後は2対2に分かれた双頭巨人戦をして指瀬、優翔組は惜しくも雨本、芽美組に敗れた。


「あ、ごめん。友達からLINE来たから。」

 優翔がスマホを見ながら自分の部屋に戻っていき、芽美もリビングから出ていくと雨本と指瀬の2人が残された。 

「優翔君からプレゼントをもらえるようになるとは、成長したな。」

「もう、優翔も中学生だからな。俺らも40才になるわけだ。」

「40か。若いころに思っていた40才は、もっと違っていたように思うな。」

「そうだな。なんていうか、もっと大人になると思っていた。」

「俺たちも若い連中から見たら、十分大人なのかな。ところで、雨本。レガリアの改造クエストについて…。」

指瀬が尋ねると雨本が本棚から攻略本を持ってきた。しかし、指瀬はそれを開けずに

「いや、俺はアルティマニアには頼らずクリアしようと思ってるんだ。」

「今のゲームは攻略本を見ないと全部のイベント回収できないぞ。」

「それでも、俺は使わない。でもちょっとヒントをくれないか。」

「面倒くさいやつだな。えっと、それはな。」

文句を言って親切に教えてくれるのが雨本のいいところだ。だから20年以上付き合いが続いているのかもしれない。

 それから指瀬と雨本はNintendo Switchの電源を入れると任天堂キャラクターたちがレースを繰り広げるゲームを開始した。その後同じキャラクターたちで大乱闘を繰り広げる。その後もゲームを変えながら夜中過ぎまで遊んだ。20代のころまでは朝まで徹夜でゲームをして芽美をあきれさせたものだ。

「じゃあ、もう寝るわ。」

 午前1時過ぎに雨本がリビングを退出する。指瀬は持ってきたPS vitaを取り出すと、赤毛の主人公が冒険するアクションRPGをして、午前2時くらいにリビングのソファで眠りについた。


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