勇者召喚は失敗しました。でも世界は救われました(笑)
たったこれだけの文を書くのに五年もかかった(T_T)。
自分の文才の無さが恨めしい・・・・・・。
誰一人その果てを知らぬ宇宙の何処か。
何処に在るやも知らぬ名も無き星。
そんな星の片隅で、二体の異形が語られる事も無い壮絶な戦いを繰り広げていた。
一体は獣。何処となく太古の竜にも似た姿を持つものの、何故か全く異なる獣の特徴が混ざっているかのような、どこか不自然で得体の知れない存在であった。
もう一体は人。だがこちらも獣に負けず劣らずに得体の知れない代物だった。
外見上は人に近い。しかしその全身は鎧にも似た、妙に生物的で金属には見えにくい不可思議な何かで完全に覆い尽くされており、最早それは人なのか、それとも人に似た『何か』なのか、見る者の判断を狂わせる存在だった。
とはいえ、もしこの戦い・あるいは両者の姿を見る事が出来た者達がいたとしたら、全員が口を揃えて言った事だろう。―――――『化け物』――――――と。
その理由は実に単純で、両者はあまりにも大きすぎた。巨大だった。
つまりこの戦いは『巨獣』と『巨人』の戦いであったのだ。
両者がどのような経緯で戦う事になったのか、善悪はいずれに有るのか、どちらが狩る者で狩られる者なのか、全ては憶測でしか推し量れず、故に第三者が知る事が出来る事はただ一つ。
どちらかの死を以ってのみ、勝敗が決する・・・・・・ただそれだけである。
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熾烈を極めた両者の戦いも、遂にその終わりが近づいてきた。共にその身に傷の無い箇所など一つも無く、残された力もあと僅か。次の一合が最後になる事はお互いに理解していた。
申し合わせたかのように、ごく自然に間合いを取ると当たり前のように互いに呼吸を整える。
それは戦場の中でしか有り得ない、己の全存在をぶつけ合う戦士達にのみ成し得る友情にも似た、しかしそれ以上の価値を持つ一期一会の絆の姿。
………故に今。その絆に真の完結を迫るべく、全く同時に、両者は最後の全力を振り絞った。
「GUUURUUUUAAAHHHHHHH!!!!!!!」
巨獣が雄叫びを上げると同時に右腕の5本の指から身の丈をも超える紅蓮の炎を纏った鋭い爪が現れた。
しかも如何なる身体構造の成せる業か、肘から先が物凄い勢いで回転を始めると、瞬く間にそれは炎で出来た竜巻の槍と成り果てた。
「JEEEHHHAAAAHHHHHH!!!!!!!!!」
対する巨人は巨獣同様に雄叫びを上げると、突然頭部の角飾りを勢い良く折り取った。すると折られた角は巨人の手の中で変形を始め、一瞬の内に身の丈を超える雷を纏った大剣に姿を変えた。
さらに刀身に纏わり付く雷は見る見る内に膨れ上がり、最早刀身その物が雷に成り代わっていた。
無言で巨獣は槍を構え、巨人も同様に大剣を振りかぶる。
既に余波のみで甚大極まる破壊をもたらす、無敵不敗の両者の業。勝利を得る術は唯一つ。己が業で相手の業を打ち砕き、刃を以って肉体を破斬するのみ。凌駕以外に道は無し。力劣れば、業届かねば、待ち受けるはただ消滅あるのみ。
荒れ狂う炎と雷は嵐の如くに周囲を奔り、膨れ上がる両者の余波は今まさにその先端が触れ合わんとしている。その時こそ、いざ決着の時。その距離、約五メートル……………四メートル…………三………二……一…!!
「GUUURUUUUAAAAHHHHHH!!!!!!!!!!!」
「JEEEEHHHHHHAAAAAAAHHHHHHHHHHH!!!!!!!!!」
最早、問答無用! 炎と雷が弾け合い閃光が飛び散った瞬間、両者の最後の激突が切って落とされた。
((……………………………………………!!!!!!!!…………………………………))
激突開始の瞬間、両者の意識をよぎったモノ。それは、
巨獣にとっては勝利の。
巨人にとっては敗北の確信だった。
巨人の踏み込みはほんの半瞬、いや四分の一瞬にも満たないのかもしれないが、確かに巨獣よりも遅かった。それはほんの僅かな差でしかない。だがこの一戦に於いてその差は致命的なまでに大きな差だった。
大剣を振りかぶっていたのも失策だった。剣先の動きというものは、直線を描く突き以外は総じて円を描く。巨獣の放つ螺旋の炎槍が先に我が身を貫くことは明白だった。
……それがどうした!! 巨人は覚悟を決めた。ならば相討ちに持ち込むまで! ただ今は大剣の切っ先を少しでも早く彼奴の頭蓋に叩き込む事だけを一心に願うのみ。
巨獣も察した。好敵手が命を捨てる覚悟を決めた事を。たとえこのまま槍の穂先が巨人を貫いたとしても、大剣の切っ先が我が身を両断する事は確実だった。
問題無し!! ならばその刃ごと撃ち貫く迄!!! 巨獣もまた覚悟を決めた。
全身全霊の真っ向勝負。互いの一撃がそれぞれに届くその瞬間。
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全てはその一瞬の間の出来事だった。
突然、二体を飲み込む程に巨大な幾何学模様と文字を浮かべた光の輪が、二体の足元に出現すると同時に一際強い閃光を放って消え失せたのだ。……二体の異形と共に。
そして、余韻の如く舞い散っていた炎と雷が消え尽きると、彼の星は再びの静寂に包まれた。戦いの傷跡を残したままで、まるで戦い自体が無かったかのように。
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厳かに、妖しげに、祈りの詩が響いて消える。
床一面に描かれた幾何学模様と文字の輪が詩に合わせて呼吸するかのように明滅する。
風も無くして揺れ動く蝋燭の炎も、この密室で執り行われる一連の『儀式』の神秘的かつ背徳的な気配をより一層強く実感させる。
「まだ終わらんのかッ!!」
そんな薄気味悪くも神聖な雰囲気に満ちた密室内に、突如、無遠慮かつ乱暴に扉を開ける音と無神経で尊大な叫びが響き渡った。
「これは殿下。申し訳ありません。どうか今暫くお待ち下さい。どうか殿下には謁見の間にて陛下と共に…」
「魔導師長! 私は何時になったら終わるのだと聞いておるのだッ! 父上や重臣どもをいつまで待たせる気なのだッ!!」
地位は有れども器には非ず。そう疑わずにはいられない程の短慮を見せる若者に対し、内心の苛立ちを必死に押し隠して老人が若者を宥めていた。
腹が立っているのは老人――魔導師長も同じであった。
本来は禁忌の魔術として、長い間教会の手で封印されていた『勇者召喚術』。
記録によれば最後に使われたのは今から千年以上前の事、今でも昔語りに登場する、世界を襲った『大災厄』に対する切り札として編み出された物であったという。
人々は狂喜した。これで我々は救われると。
しかし、そうはならなかった。
たしかに、勇者の力は世界を救うに足る力であった。多くの人々が彼の手によって救われた。最初の内は。
勇者は知ってしまった。世界を救っても、元の世界には帰れないと。
勇者は気付いてしまった。災厄から救っている筈の自分が災厄そのものである様に見ている人々がいる事を。
そして、勇者は聞いてしまった。
災厄が収まった後、自分は殺されるか、魔法によって奴隷化され、戦争の道具として使い潰される運命にある事を。
……自分の事を『バケモノ』と呼んで嗤っていた事を。『勇者様』と言って褒め称えていたその口で。
かくして、勇者は狂った。最後の災厄を消し去り、世界は救われたのだと安堵の溜め息を付いた人々に向かって、新たなる災厄として世界に反旗を翻した。
この反逆に世界の全てが愕然とした。その理由を知って、ある者は許しを請い、ある者は蔑んだ者達を差し出そうとし、またある者は自分は違うと必死に叫び、またある者は勇者を殺さんと刃を向けた。
その悉くが潰され、刻まれ、壊され、殺された。
自らを『災厄』と名乗った『元』勇者は世界に叫んだ。
『我は人にして人に非ず。人々がその身に抱く悪意を映す鏡である。災厄とはすなわちその身に還る悪意そのものである。
世界を救わんが為、災厄の素たる人類よ。一人残らず自らの悪意によって滅ぶべし!!!!』
嘗てただ一人にして無敵の軍勢と謳われた男とこれまでに生き残った全人類との死闘は、実に三年余りに及ぶ歳月と全人口の六割を道連れに斃れた『元』勇者の死を以って幕を閉じた。
その後、生き残った人々は『勇者召喚術』を禁術に指定、これを永久に封印する事を決定した。
それから千年。『勇者召喚術』を記した書物は、存在そのものを秘匿された『元』勇者の墓、その地下深くの禁書庫に眠る一冊を除いて全てが処分され、歴史の闇に消え去った……はずだった。
魔導師長も気が付かなかった。王国の王城の一室、その本棚に収められていた古文書の中によもや禁術が処分を免れ、紛れ込んでいたとは。
考えたくは無かった。たまたまそれを見つけ出した王子が、あろう事か軍事利用というもっとも行ってはならないやり方で実行する事を国王に進言したなど。
信じたくも無かった。国王や重臣達の悉くがそのような暴挙に賛同したなどと。
耳を貸してさえくれなかった。それどころか、繰り返し禁術の危険性を説く魔導師長を反逆者呼ばわりしたあげく、彼の家族を人質にとって勇者召喚を行うように命令した。
幸か不幸か、『勇者召喚術』の実行は困難を極めた。何しろ千年前の術式であり、使用される術式や触媒は失われた物も多く、その逆に現在では効率が悪すぎたり、不必要としか思えない術式も存在する為、まともに発動するとは思えないというのが『勇者召喚術』に関わる魔導師長とその部下達の見解だった。
実際、魔導師長は国王に問題点を指摘して『勇者召喚術』の中止を訴えた事もあった。
結果は無惨に首を刎ねられた、長年連れ添って来た妻と、
『次に逆らえばこの者共の首を刎ねる』と言って剣を突き付けられる息子夫婦と孫娘の姿だった。
最早従う以外の道は無かった。それがたとえ不可能に近い事であっても。
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結果を言えば、魔導師長達の努力―――たとえ不本意の極みであったとしても―――は実った。
『勇者召喚術』の実行段階にまで辿り着く事は出来たのだ。………術式の再構成・触媒の代用品の研究に二年半の月日と、年間国家予算の約十分の一に匹敵する資金(実は、この金額は魔導師長がワザと水増しした金額も含まれている。無論、予算超過による中止を狙っての事だったが国王は全く顧みなかった)を費やして、ではあるが。
国を弱体化させてしまう程の愚かしい投資。しかも召喚されるのは何時自分達に牙を剥くかも分からない危険人物。
それでも王達は召喚を決行した。召喚直後に隷属の魔法を掛けてしまえば問題は無い、などという安易な考えを完璧な策であるかのように自慢げに語って。
そして今。
『儀式』が開始されてから三時間。千年前は三日三晩掛けて行われた儀式をわずか半日で行えるように短縮されている事を事前に説明されていたにも拘らず、早くしろと急き立てる王子を気が狂いそうな思いで抑えていた魔導師長の背後で『ソレ』は始まった。
「ま、魔導師長ッ! た、たっ、大変ですッ!? 魔法陣が………ッ」
突然、魔法陣が強く、激しく輝き始めた。
「おぉ……ッ!!」
「馬鹿な…ッ!? 早すぎる……ッ!! 何が起きた……ッ!!」
期待に目を輝かせる王子とは真逆に、魔導師長の顔は引き攣っていた。
召喚には時間を要する。召喚に値する人物を探し、選別し、結界で捕らえてこちらの世界に引きずり込む。
そこまでに掛かる時間が千年前の三日三晩、現在の半日であるのだ。
相当近くに『候補者』がいた、という可能性も否定は出来ないが、それにしても早すぎる。
しかし、異変はそれだけでは無かった。
魔法陣の光が激しく点滅したかと思うと、突然二つに分裂したのだ。
「ば、馬鹿なッ!? 一人しか召喚できない術式で二人だとォッ!? 有り得んっッ!!」
目の前の異常事態に魔導師長は悲鳴を上げたが、頭の足りない王子はこの事態を理解出来ないどころか喜んでいた。
「アハハハハっ! コイツは良い! 最高の手駒が一度に二つも手に入るとは!! 私は何と運の良い男だっ!! ア―――ハッハッハッハッハッ!!!
オイ! 隷属魔法に使う首輪をもう一つ用意しろッ! 急げッ!!」
嬉々として阿呆な命令をする王子ではあったが、魔導師長は構ってはいられなかった。
何故なら、最後の異変――魔法陣の巨大化――が始まっていたからである。
そう、巨大化である。
二つに分かれた魔方陣は、王子が戯言を叫んでいる間にも大きくなっていき、あっという間に外周部は部屋の隅まで辿り着くと姿を消した。
勿論、魔方陣が消滅した訳では無い。それが証拠に、魔方陣に描かれた文字の中のわずか『2文字』程度がこの部屋を埋め尽くす大きさで輝いていたからである。
魔導師長の背筋は凍った。
文字の大きさから逆算した結果、魔方陣の大きさは最低でも自分が居る王城の三分の一にまで拡大している事が分かってしまったからだった。
しかも、魔方陣はいまだに拡大し続けている。部屋に写し出されている文字が一文字だけとなり、それでさえ、もうすぐ部屋からはみ出そうとしている事でも明らかだ。
「あ、アレ? お、オイツ!? 貴様ツ、魔方陣が無くなっているぞ!! 此れはどういう事だ! なぜ床が光っているんだ! 説明しろオツ!?」
どうやら、ようやく馬鹿が現実に帰還したらしい。
慌てて魔導師長の襟首を掴んで状況説明を要求する。···気持ちが分からないとは言わないが、実に失礼千万なガキである。掴まれた魔導師長のコメカミもピシピシと青筋を立てている。
「見て分かりませんか。魔方陣が二つに分かれた後、一気に巨大化したのですよ。今光っている床は、魔方陣の中に書かれていた文字の一つですよ」
「なんだとおオオツ!!??」
出来た大人の魔導師長はそれでも勤めて冷静に説明をする。出来ないガキはただ叫ぶだけ。
そんなガキを見て冷静さを取り戻した老人はむしろ愉快な気分になって説明を続けた。
「文字の大きさから判断しますと、恐らく召喚されるのは···そうですな、身の丈は大体この城くらいの大きさでないかと思われますな」
「何いいイイイイイっツ!!!???」
「しかも私の予想では、もう一つの魔方陣も同じくらいの大きさになっている筈ですから···」
「ちょっ、ちょっと待て。そんなモノが召喚されたら、この城は···!!」
「跡形も無く、ぶっ壊れますなア」
満面の笑みで言い放つ。
「笑ってないで、何とかしろおォッ!!!???」
最早喚くしか出来ない一国の王子様に、晩節を汚された老人は嘲笑うかのように言葉の刃を叩き付けた。
「今さら何が出来るというのですか。既に召喚魔法は最終段階に入りました。後はただ、召喚されるのを待つ事しか出来ません。無論、止める事など不可能です。
良いではないですか。ありとあらゆる敵を完封無く叩き潰す最強の兵器が手に入ったんですから。
最初に叩き潰されるのが、召喚したこの国であったというだけです。大した事では有りませんよ」
「き、き、貴様ぁ···ッ!!」
「なあに、貴方がお持ちの隷属の首輪、ソレを勇者達に着ける事が出来ればこの城一つ無くした所で十分にお釣りが来ますよ。···着ける事が出来れば、ですけどね。正直な話、そんなに細い首輪では彼らの鼻毛さえ満足に通せるか、私には皆目見当も付きませんがね。アハハハハハハッ!」
「この···無礼者がぁッ!!!」
完全に王族に対する敬意を捨て去った魔導師長を切り捨てるべく腰の剣に手を掛けた王子だったが、直後に城全体を襲った激しい揺れに立っている事も出来ずに無様に転倒した。
魔導師長も転倒しかけたが、咄嗟に机に捕まり難を逃れた。部下達の悲鳴さえ掻き消される程の崩壊を始める城の中で、彼だけは楽しそうに笑って叫んでいた。
「ハハハッ、いよいよですぞ殿下ツ。勇者達がこの地に出現しますぞツ。この城を完全に破壊して!
まずは、生き残る事です。世界を支配する等という阿呆な誇大妄想はそれからでも遅くはございませんぞ。
アハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
王子からの返答は無かった。強い揺れに悲鳴を上げる事しか出来なかった愚者は、魔導師長の話すら聞いていたのかも分からないまま崩れ落ちた天井の瓦礫にその身を埋め尽くされてしまったのだった。
老人は降り注ぐ瓦礫の中で、ただ笑った。
笑わずにはいられなかった。
虚しさなのか、開放感なのか、安堵なのかは分からなかったが、ただ目の前に迫る死に対しては全く恐怖を感じる事は無く、ただ笑っていた。
実は、魔導師長は勇者と『勇者召喚術』をこの城ごと葬り去る為に彼は城の百数十箇所に爆発系・火炎系の術式を秘密裏に仕掛けていたのだ。
・・・・・・・・・全て無駄になってしまったが。
とりあえず『勇者召喚術』は失われるので、後は運を天に任せるしか無かった。
気懸かりなのは息子達の安否だったが、監禁場所が王都郊外であった筈なので、そこは運を天に任せるしかなかった。
強い衝撃に意識が途切れるその瞬間、瓦礫の隙間から自分を見つめる巨大な目を見たような気がした。
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一体全体、何が起きているのかを完全に理解している者はかの魔導師長を除けば誰一人としていなかったのかもしれない。
少なくとも、召喚された巨人と巨獣は突然目の前に現れた土壁のような物を突き崩しながら進まなくてはいけなかったのだから、相当混乱したはずだった。
しかし、彼らは歴戦の勇者でもあった。
即座に思考を切り替え、壁を突破した直後に周囲を索敵、同時に自らの背後に宿敵がいる事を確認し、これも同時に反転して迎え撃った。
「「!!!!!!!!」」
この時、両者は悟った。先刻までの状況が完全に覆ってしまった事を。
巨人を貫く筈だった神速の突きは空振り、再び攻撃を行う為には勢いが足りず。
巨獣には極僅かに届かなかった斬撃は、そのまま勢いを殺す事無く、むしろ振り返る際の円運動によって剣速は増していた。
此処に雌雄は決した。体勢を立て直し迎撃せんとする巨獣の目には、己が身を両断する雷の刃と、雄叫びを上げる巨人の相貌が、まるで止まっているかのように映っていた。
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刃が巨獣の身体に触れる直前、巨人の目には巨獣が笑っているように見えた。
その瞬間、巨人は自身の勝利と好敵手との至福の逢瀬の終わりを知った。
不思議な程、勝利の喜びは無かった。ただ、寂しさだけがあった。
それはもしかしたら、死んでいたのは自分の方であったからなのかもしれない。
あの奇妙な横やりさえ無ければ・・・・・・、
そこまで考えて、ようやく彼は周囲の状況に目を向けた。
そこは、先程まで戦っていた名も無き星では無かった。
明らかに人が住み、文明が存在する星だった。
そして自分の足元に散らばっている瓦礫の山は、間違い無く建造物···。
怖々と右を見る。眼下に広がる人の住む街。
恐る恐る左を見る。同じく人の住む街。
どちらも、見事にぶっ壊れていた。
自分の血の気が一気に下がっていくのが、嫌でも分かった。
(ヤバい、これはヤバいッ! ど、どうすれば・・・・・・ツ!!)
そして、巨人は見た。いや、見てしまった。
瓦礫の中でこちらを見つめる人間達の姿を。
半分は怯えていた。
残る半分には・・・・・・『オイ、テメェ。なんて事してくれやがるんだ、アァッ?』的なノリでガンを付けられていた。
もはや、打つ手は一つ。
巨人は空を見上げると、
「JEAAAAHHHHHHHッ!!」
天高く舞い上がり、空の彼方へ消え去っていった。
その姿はどう見ても、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・逃げやがった」(王都の一市民A)
のコメント以外に表現のしようが無かったという。
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そして、時は流れる。
王族と主だった貴族が一夜にして滅んだ王国に存続する力などある筈も無く。
真相究明の為に乗り込んできた周辺諸国によって、王国は解体、領土は分割統治される事になった。
王都は一地方都市に格下げとなり、現在は城壁の一部と、
『愚か者達の夢の跡』
と刻まれた石碑だけが王国の面影を残すのみとなっている。
また、結果的にとはいえ世界を救った勇者と呼ぶべき巨人の行方は誰も知らず。
近年では存在自体が疑問視される有様である。
了
最後まで読んでくれて、有り難うございましたm(_ _)m。