<第一章 地球の異変>6 第一章 完
夏杷が、深我の股間を覗き込んだ。ガンズドロウは首から先だけが深我の股から生えているのではなく、付け根には胴体や翼が生えている。ぱっと見には、角度によっては深我が黒い小さな飛竜を股に挟んでいるようにも見えた。ジッパーを閉じれば完全に隠すことができるのは、僥倖と言えた。
「凄い……本当にひとつになってる。私が言い出しておいて、なんだけど」
「本当ですよ、夏杷さん。あなたは、ガンズドロウの命の恩人です」
「そんな、私なんて……えっ?」
夏葉がのけぞる。その足元には、深我が方膝をついていた。
「ど、どうしたの深我くん」
「俺はとっくに、地球人には愛想を尽かしたつもりでいました。早まっており、愚かだった……。自分が恥ずかしいです。俺は、誓います。一身を惜しまず、夏杷さんへの恩に報いると」
「そんなのいいってば!? 顔を上げて、不思議だわ!?」
「差し当たっては、ゲートのコントロールですね。俺がドラゴニオンへ行きたいのはもちろんなんですが、今のままだと夏杷さんにとっても有害です。いつあっちからモンスターが出てくるか分からないんですからね」
「あの、分かったから顔を上げて……」
夏杷がそう言いかけた時った。
二人のいるアパートの床や壁が、ドシンと大きく揺れた。
「き、きゃあっ!? 地震!?」
「違います! 馬鹿な、これは振動波だって! 新手が!?」
深我が急いでベランダへのガラス戸を開けた。
その空には、みっつの黒い影が飛行していた。猛禽類のような翼を持ち、しかし鷲や鷹よりも二周り以上大きく、その体躯はトカゲめいている。
「まだ若いが……スカイドラゴンだ!? でも、夏杷さんのゲートからじゃない! 一体、何が起きてるんだ!?」
「シンガ!」
「ああ! 我が名において界放する! 顕せ、ガンズドロウ!!」
首をジッパーから出しっぱなしにしていたガンズドロウの体が光る。
再び、深我の体に黒い竜の体が鎧となって装着された。しかし今度は、少し形が違う。飛竜形態の時よりも遥かに太く、長くなったガンズドロウの首が、にょきりと深我の股間から生えている。深我の尻からは黒い尻尾が長々と伸び、左右の腰骨の辺りからは、コウモリを思わせる被膜状の羽が生えていた。
一見すると、黒い飛竜に深我が跨っているように見える。
「はあっ!!」
深我は一息気合いを吐くと、空に舞い上がった。
三体のスカイドラゴンも、深我を見つけて急降下してくる。
その内の一体へ、深我がすれ違いざまに回し蹴りを放った。
「ドラゴン旋風脚!」
スカイドラゴンが一体、胴体から上下に千切れた。
残りの二体が、左右から深我を挟み撃ちにしてくる。
回し蹴りの余波でまだ体を旋回させていた深我は、右手の一体に、斜め上からカカトを落とした。
「ドラゴンカカト落としぃッ!」
一撃で、標的の頭蓋骨が叩き割られる。
左手の一体は、簡単に他の二体がやられたのを見て、それ以上の攻撃を思いとどまったようだった。羽を羽ばたかせ、その場にホバリングする。
深我もまた、動きを止めて訊いてみた。
「……人語は分かるか? お前ら、どこのゲートから来た? ドラゴニオンから、なぜ地球になってやってきたんだ? 魔素も薄く、存在が明るみに出れば総出でこっちの人類に刈られるだろう。それを承知だろうに、なぜ?」
「……魔素は……与えられている。活動するのに問題ない程度には」
「充電池みたいにか」
「分からないもので訊くな。貴様こそ何者だ。その力、ドラゴニオンのものだろう」
「黙れ。でも答えろ。何が目的で、黒幕は誰だ」
「死ね、我がブレスで」
スカイドラゴンが大きく口を開けた。その喉奥が、鮮やかな赤色に光る。
「軽蔑するよ。――撃て、ガンズドロウ!!」
深我の股間から伸びるガンズドロウの口がカッと開き、そこから黄金の散弾が発射された。一発一発が深我の拳ほどの大きさで、弾数はまるで数えられない。
スカイドラゴンのブレスも放たれたが、それをボロ布のように引き裂いて、ガンズドロウの散弾が着弾する。
瞬く間に粉々に砕かれたスカイドラゴンが、空中で消滅した。
「シンガ、やっぱりシンガからもらえる魔素だけだと完全には戦えない。無駄撃ちはできないね」
「ああ。それにしても……何事なんだ、地球で。感じるか、ガンズドロウ」
「うん……あっちだ。あっちから、凶悪な気配がする」
「身に覚えがあるんだ、この感覚には、俺はな」
「やっぱり……?」
そうして二人は、東の方角を睨んだ。深我がガンズドロウの頭を撫でながら言う。
「この地球だと、あっちにあるのはな。千葉県というところだ。それも、柏市の辺りだな」
「この気配、気のせいじゃないよね」
「ああ。間違えようもない――」
深我は拳を握りしめる。
「――この感覚は、狂神竜……トニトゥルスニブライエン!! なぜ地球に!!」
「そして奴が無事でいるっていうことは、やっぱり霊域十二竜は……」
「死んでいるんだろうか!! 考えるだけで、許せないことなのに!!」
深我の目から涙がこぼれた。それがほんの少し空中で煌めくのを、夏杷はアパートから見上げていた。
「不思議なことが起き始めている……」
夏杷の部屋の隅に飾られた写真立てが、コトリと床に落ちた。
時を同じくして。
千葉県柏市の片隅で、人気
ひとけ
のない路地裏の空間に、小さな穴が開いた。
そこから、上半身をぞろりと抜け出した人間がいる。
「ああ……。本体の余波で、人一人がくぐれる程度のゲートが開くなんて、やっぱりとんでもないですなあ」
軽い口調でそう言ったのは、癖のある金髪を揺らす青年だった。全身をゲートから抜け出させると、アスファルトに降り立つ。
「地球か……やれやれ。どっこにおわすんですかねえ――」
頭を雑にかきながら、ひょいと上空を見上げる。そこには、巨大な、恐ろしく巨大な闇色の影が、今まさに空を覆わんとしていた。
「――我らが、ドラゴンマスター様は」
そして彼は、地球人から見れば独特な形をしたピアスがはめられた耳で、街の方々
ほうぼう
から、悲鳴と絶叫が溢れてくるのを聞いていた。
第一章 終