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<第一章 地球の異変>5

 残りの一体が、槍を盾のように体の前で横構えに構えた。


「人を襲っておいて、逃げ腰で! 許せん! くらえ!」


 深我が蹴り上げた前蹴りが、槍を叩き折りながら、ハーフリザードの股間から頭頂部までを両断する。まるで紙人形のように、異形の死体がくず折れた。


「心配しないでください、夏杷さん。血糊も内臓も、ドラゴニオンのモンスターのものは簡単に掃除できますから。……でも済みません、結局怖い目に遭わせてしまって。それにしてもなぜ、ゲートが……ゲートオープナーもいないのに」


 そう言いながら深我が身を震わせると、ガンズドロウが分離した。再び手のひらサイズの、小さなドラゴン――飛竜(ワイバーン)に戻る。


「シンガ。そこにいるのが、地球人の女だよね?」


「ああ。俺の恩人だ」


「その人が、ゲートオープナーだ。シンガと同じで、体内に魔素(マソ)を持っている」


「なんだって!?」


 深我が夏杷を振り返った。


「確かだ。ドラゴンの僕には魔素が見える」


「え……?」と、夏杷だけがきょとんとしている。


「夏杷さん。魔素というのは、一部のドラゴンやドラゴニオン人が持つ、一種の成分です。俺には見えませんが、ドラゴンが言うなら間違いない。それは普通の地球人にはない不思議な能力を生み出す源のようなもので、これがないとドラゴンマスターやゲートオープナーにはなれません」


「それじゃ……霊園や今の怪物たちは……」


「夏杷さんが、無意識にゲートを開けたのでしょう。だからドラゴニオンから流れ込んできた。俺じゃなかったのか……。待てよ!? 夏杷さんがゲートオープナーなら……俺を、ドラゴニオンに……送れる!?」


 胸に手のひらを当ててそう言った深我に、ガンズドロウがにべもなく答える。


「いや、無理だね。見たところ、その人はゲートをコントロールできていない。今の状態じゃ、向こうから来ることはできても送ることはできない」


 深我は、がばっと夏杷へ向き直った。


「夏杷さん、こんなことを言って、勝手でしょうもないことだけれど。俺をドラゴニオンに送れるよう、ゲートの訓練をしてくれませんか!」


「それは、……本当に私にできるなら、協力したいけれど……でも、危ないんでしょう? そこ……」


「危ないけれど!」


 ガンズドロウがぱたぱたと飛び、にゅっと二人の間に首を突っ込む。


「危ないどころじゃない。そもそも僕が今更、繭に戻って地球に送られたということは、多分、狂神竜と戦って半死半生になったんだろう。だとすると、他の霊域十二竜が全滅してる可能性が高い。そんなところにのこのこ戻って、どうしようっていうの?」


「あの戦い、神竜決戦(ドラゴニエル・ウォー)の結果は……お前は、知らないのか?」


「覚えてないね。全員ズタズタにやられているところまでしか。あそこから逆転は無理だろう。……それに、どうやら今の僕も危ない」


 そう言うと、小さなガンズドロウはくにゃりと床に伏した。


「なんだ、ガンズドロウ、どうした?」


「多分僕をここに送ったのは、ヴェルウィの能力のせいだよ……シンガを地球に送った時に、きっと僕とシンガの運命をくっつけたんだ」


 心配そうに覗き込みながら、夏杷が「運命をくっつけた?」と訊く。深我が、早口にそれに答えた。


「ヴェルウィ――ヴェルヴェッチ=アルアンシーは、紡羅(ぼうら)のドラゴンです。ある階級以上のドラゴンは、それぞれに特殊能力を持つことが多く、それを向こうでは秘蹟(ひせき)と呼びます。例えばこのガンズドロウの秘蹟は黒装(こくそう)。人間などに鎧のようにまとわれ、ドラゴンの力を与えます」


「あ、さっきの……」


「そうです。ヴェルウィの秘蹟は、『紡ぎ、つなぐ』こと。多様性のあるで繊細な能力です。たとえば、二つのリンゴを見えない糸で縛ったようにつなぎ、一方を持ち上げるともう一個もついてくるなんて物質的な接続から、形のないもの――人間同士の縁なんてものをつなぐこともできる。お陰で、縁結びの神様みたいに崇められたりもしていました。そうか、ガンズドロウが地球に来たのは、ヴェルウィが俺に……」


「恐らくね。確かに、ドラゴニオンから地球への影響については前々から懸念されてた。地球に戻ったシンガに万一のことがあってもいいように、僕とシンガの運命をつなげたんだ。だから、僕はここにいる。不充分でもゲートが開いた時に、シンガに引き寄せられて来たんだろう」


「あんな時に、そんなことを……お前ら、どこまで……」


 涙声になった深我に、ガンズドロウがか細い声で告げる。


「でも、それももう……終わりかもしれない。せっかく、地球に来たけれど」


「どうしたんだよ、お前!?」


「地球は、魔素が薄過ぎる。人間が空気があるから呼吸できるように、僕らは、体内だけでなく自然界に散らばっている魔素が生存のために必要なんだ。これが、向こうのドラゴンがあまり地球に来ない理由でもあるんだけど。これでは、ことに幼体の僕は、生きていけない……」


「ま、待てよ! そうだよ、夏杷さんが、夏杷さんがドラゴニオン行きのゲートを開ければ――」


「一朝一夕には無理だよ。一度だけでも、シンガを助けられてよかった。魔素のない世界で死ねば、もう繭に戻ることもなく僕は滅びるだろうけど……どのみち、神竜決戦で落としたはずの命だからね……」


 深我の目から、ぼろぼろと涙がこぼれる。一時の再会は、彼の心を一層脆く弱めてしまっていた。


「ふざけるな! どうしてだよ! どうして皆、出会っておいて、俺を一人ぼっちにするんだ!」


 夏杷が、取り乱す深我の肩に手を置いた。


「深我くん、……そのドラゴンが生きるのには、魔素というのがいるのね?」


「そうですよ!」


「そしてそれは、私やあなたの体内にある?」


「それもそうです!」


「なら、私たちのどちらかと合体すれば、そのドラゴン――ガンズドロウには、魔素が手に入るんじゃないの?」


 ぴたりと、深我の慟哭が止まった。ゆるゆると顔を上げ、ガンズドロウと夏杷を見比べる。


「合体って……でも、俺が際限なく黒装状態でいるわけには……」


「そのヴェルウィの能力で、だめなの? つながって、ひとつになることはできない?」


「ひとつに……紡羅の力で……?」


 ぽそぽそと口の中だけで唱え、深我はガンズドロウの小さな体を両手に乗せて持ち上げた。


「やめるんだ、シンガ……」


「何でだよ……だってそうすれば、お前……。確か人間の魔素が集中するのは、臍下丹田(せいかたんでん)……下腹部だったな……」


「確かに、そういう形で人間と合体したドラゴンはいる……でもだめだ、それは」


「なぜだ」


「それだとつながるというより、その人間の体の一部になるんだ。その代わり、人間の体に元々あった部位はドラゴンにも不可知の異空間に飛ばされる。たとえば『右肩から先がドラゴンの人間』とか『下半身がドラゴンの人間』はあり得る。僕も見たことがある。でも、そんな風に体の一部を実質的に失うんだよ」


「俺の体なんて、お前を失うことに比べれば何でもない。さあ、俺の臍下丹田辺りに来い」


 深我はガンズドロウがを持った手を、自分の体に近付けていく。深我の目には、ヴェルヴェッチが施した紡羅の秘蹟が見えている。それは無数の白銀の糸だった。この糸を自分の体に接続すればいい。そうすれば――


「駄目だ!! 下腹部って、人間の――生殖器があるんだろう! 知っているんだぞ! 多くの人間は愛する人間と、それを使って愛を確かめ合うという! それが異空間へ飛ばされるだって!? 僕は、深我をそんな目に遭わせるわけには!」


 深我は苦笑した。


「そんなの、宛てもないよ。当分な」


「明日にもあり得ることだろう!? 元に戻るかどうかなんて分からないんだ! 僕のために、自分が愛し愛されるための部分を失っていいのか!」


「お前のためなら、構わない。愛も大事だけどな、友達を見捨てて生きるってのは――この世の終わりだ」


 深我はズボンの前に、ガンズドロウを押し当てた。


「シンガ……!」


 白銀の糸が輝きを放つ。一瞬目がくらんだ夏杷が、再びみやると、ガンズドロウの姿が消えていた。


「あ……? 深我くん、ドラゴンは……」


「います。……ここに」


 深我がスボンのジッパーを下げる。


 すると、窓からぴょこりと、細長いガンズドロウの首が飛び出した。


「馬鹿だよ……シンガは」


「思い当たるさ。一度(ひとたび)ならずな」

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