<第一章 地球の異変>4
「その竜たちは、今は?」
「……最後の戦いの途中で、俺はゲートに放り込まれて地球に戻りました。ドラゴンたちが、俺を助けるためにそうしてくれたんです。きっと、十二体とも……あれじゃ、もう」
「それを、確かめには行けないの? つまり、そのゲートを通って」
深我はかぶりを振る。
「俺はゲートオープナーじゃありませんから、こちらからは開けないんです。いつもドラゴニオンから呼ばれて、帰りは同じように向こうからゲートを開けてもらって帰ってきてました。大抵は週末とか、夏休みとか。平日の夜とかでもけっこうありましたけど。……十二竜が無事なら、あいつらにはゲートを開ける奴がいますから、とっくに俺を呼んでくれているはずです。あの戦いから、もう三日も経つ。ドラゴニオンと地球は、同じように時間が流れていますからね」
深我は、終始真顔だった。そして、その憂いは本物のように見える。ただ、夏杷にはどうしても、――当然ながら――彼の話を真に受けがたい。
「夏杷さん」
「はい?」
「ありがとうございます、食べ物まで与えてもらって……でも俺、何もお返しできるものがなくて」
「何言ってるの、そんなこと」
「俺、人にこんなに優しくしてもらったの、初めてです。参ったな、どうしていいのか全然分からない……」
いいんだってば、と言おうとした時、深我が立ち上がった。
「夏杷さん。このお礼は、俺なりに必ずさせてもらいます。でも、済みません。俺は今はもう、お暇しないと。あなたに危害が加わってしまう」
夏杷も立ち上がりながら、聞き返す。
「危害って? そういえばさっきもそんなこと……」
どさり。
背後からそんな音が聞こえて、夏杷は振り返った。霊園でのことがフラッシュバックする。
それでも、心構えなどしようもなかった。絶句して立ち尽くす。
そこに、異様な生物が立っていた。
「な……」
「こっちへ、夏杷さん!」
深我が夏杷を引き寄せながら前に出る。
二人の前に現れたそれは、ぱっと見には人間の大男のようだった。
しかし、一糸まとわぬ代わりに、全身が赤茶色の鱗に覆われている。二足で直立しており、長い尻尾を揺らし、手には槍のような武器を持っていた。顔の両側についた目は完全に爬虫類のそれで、無機質な瞳孔がきょろきょろと動いている。
「くそ、まずいですね。さっきと違って、腹まで硬いタイプだ」
「ま、まずいの?」
「今の俺の空手は、ただの人間の空手ですから。あいつの鱗を打ち抜けません。一応目を狙いますが……ハーフリザードが相手では、どうなるか……」
「なら、逃げるんですよ!」
「逃げません」
「どうして!?」
「俺は今まで、勝負事には数えきれないほど負けてきました。でも自分から逃げたことは一度もない。そしてこれからも逃げることはないんだ!!」
「何を言ってるの!?」
深我が拳を腰だめに、突きを放つための体勢をとる。無傷で勝つつもりはなかったが、たとえ重傷を負っても構わない覚悟だった。
だがその覚悟をあざ笑うように、正面の怪物の後ろに、青白い光が広がった。ぶううん、と振動音が響く。深我がよく、見知った光。
「嘘だろ……なんで、ゲートがこんなところで……」
更に二体、同じ怪物が、光の中から現れた。
深我は素早く、頭の中で戦術を組み立て直す。だが、三対一の上にこちらが丸腰では、勝ち目はない。
絶望の中で、深我は、せめて夏杷を逃がす方法を考える。自分の身を犠牲にして敵を食い止めたとして、果たして何秒持つのか――
その時。
ぼとり、と場違いに柔らかな音が聞こえた。
二人して音のした方を見ると、深我の足元に、白い塊が転がっている。野球ボール大のそれが、ふるふると震えていた。
「今度は何!?」
「これは……繭です!? それも……」
そう言うや否や、繭が弾けた。中から、手のひらサイズの黒い生物が飛び出してきて、夏杷はひえっと叫ぶ。
スリムな、爬虫類のようなフォルム。しかし、その背からは蝙蝠のような羽が生えている。
「ふ、増えたっ!?」
「そんな……嘘だろ……!? お前、ガンズドロウ!?」
それがこの生物の名前らしい、と夏杷が理解したのは、当の生物が叫び返してきたからだった。
「なんだか久しい気分だね、シンガ! 細かい話は抜きだ、こいつを片付けよう!」
「あ……ああ!」
「幼体である今の僕では、幼すぎて力が足りない! シンガ、あれだ!」
「あれだな!」
「詠唱を!」
「そうとも――詠唱を! 一時は、もう二度と唱えることはないのだと思った!」
そう言うと深我は、一度呼吸を整え、叫んだ。その眼には涙が浮かんでいる。
「我が名において界放する。顕せ――ガンズドロウ!」
ガンズドロウの黒い体が、光に飲み込まれた。
夏杷がまぶしさにかざした手を下すと、深我の出で立ちが変わっていた。その体のところどころ、関節部や胸部に、黒いプロテクターのようなものが貼り付いている。
「夏杷さん、ご心配なく! 室内ではブレスは使いませんから!」
「え? は、はいっ」
「くらえ、破廉恥漢ども! ドラゴン空手をくらええええッ!!」
深我が正拳突きを、続けて二発繰り出した。動き自体は霊園でのものと変わらなかったが、夏杷の目にも、その威力が段違いであることが分かる。
ハーフリザードが二体、破裂音と共にその胴体を千切れ飛ばされた。血煙と臓物が散らばる。