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<第一章 地球の異変>3


「四礼樹夏杷、と言います。大学生です」


「一双深我、一応高校二年生です……が。あの、夏杷さん。これは」


 いきなり名前で呼ばれ、少し驚いた様子の夏杷に、深我が慌てて言いつのった。


「す、すみません! ドラゴニオン大陸での癖が抜けなくて。普通ファーストネームでいきなり呼び合いませんよね、地球では」


 相変わらず謎の単語が口からこぼれてくる深我に、ひとまずここでは追及はよしておこう、と夏杷は決めた。


「いいですよ、私を助けてくれたんでしょう? 恩人ですから。で、お腹が空いているみたいなので、こんなものですけど」


 二人がいるのは、夏杷の自宅だった。ワンルームのアパートの二階の角部屋で、こざっぱりと片付いている。夏杷の足で、霊園からは歩いて十分もかからないが、足取りもまともでない深我を半ば抱えるようにしていたせいで、肩で息をしながらの帰宅となった。


 ひとまず深我を壁にもたれかけて座らせ、せわしなく調理すること十数分。


 改めて床に置いたクッションに座り、向かい合った二人の間にあるローテーブルに置かれたのは、平皿に乗ったサンドイッチだった。トマトとレタス、玉子、ツナ、ハムチーズを挟んである。


「あの、失礼ながら、確認させてください。違っていたら、遠慮なくおっしゃってください。今ここに置かれているのは、夏杷さんが、俺がいただいても構わないつもりで用意された食料ということですか?」


「紛れもなくそのつもりです。召し上がってください」


 若い少年を、今や一人暮らしの部屋に入れてしまうことに、抵抗がなかったわけではない。しかしどう見ても、深我は夏杷に迷惑をかけるタイプのようには見えなかった。


 大して豪勢でもないサンドイッチを見つめる深我の、何か恐れ多い財宝でも目の当たりにしたかのような怯えた視線を見ていると、その思いはなお強くなった。


 空腹の子供らしく食らいつくのかと思って見ていると、深我はしかし、まるで罪人のように震える手を皿に伸ばし、途中でそれを引っ込め、夏杷に向かって手を合わせた。


「いただきます……」


「はい、どうぞ」


 おずおずと、深我がツナを一つつまみ、ゆっくりと口元に持っていく。一口、二口、と小鳥がついばむようにパンの端をかじり出した。


 その様子に何だか安心感を覚え、夏杷の肩の力が抜ける。二つのグラスに注いだアイスティをついと深我に勧め、自分もこくこくと飲み下した。


 一つ目を食べ終えた深我が、うかがうような目を夏杷に向ける。夏杷は苦笑しながらうなずき、もう一つ取るように促した。


「高校は、夏休みなんですか? そうですよね、八月の半ばですもん」


「はい。……あの、夏杷さん。俺に、敬語なんてやめてください。俺はそんな言葉遣いしてもらえるような人間じゃないんです」


 これだ。この少年は、人に危害を加える気配を持つ以前に、何かにひどく打ちのめされている。強いストレスを晴らすために他人を傷つけてしまう人間というのはいる。しかし深我には、そうした性質が根本的に欠けているような、いまにも消え入りそうな危うさがある。あんな化け物を素手で打ち倒すほどの腕力があるというのに。


 そうだ、と夏杷は思い出した。


「深我くん、でいいかな。分かりました――分かった。君がそうして欲しいなら、そうするね。ところで、君に聞きたいことがあるの。……いいかな?」


 両手でサンドイッチを持っていた――今度は鳥ではなくリスのようだ――深我が、こくりとうなずく。


「さっきのあれは、何? 君が口にしてるドラゴンとかドラゴニオンとか……それは、何なの?」


「至極、単純な説明でいいですか?」


「うん。その方が助かる」


「ドラゴニオンというのは、大陸、またはその大陸のある異世界のことです。地球からは、ゲートと呼ばれる門を通って行き来できます。ただし、ゲートを開くにはゲートオープナーという能力者が必要です」


「……うん」


「ドラゴニオン大陸は、おおよそ一昔前の、中世の地球という感じで、初めは多少の違和感はありましたが、地球人が暮らすのに特に不都合はありません。大気とか重力とか、生活様式も、俺から見て極端に異様ということはありませんでした。ただ――ドラゴンが生息しています。多種多様な、その多くはとても強力な。形状もいわゆるトカゲ型ばかりではなく、鳥みたいな奴も、生き物には見えないような奴もいました」


「……そっか」


「小型の奴は、ドラゴンといえどさっきみたいに素手で倒すことも可能です。でも、中には規格外の化け物がいます。そいつらは時に信仰の対象になったり、また時には人類にとって征伐の対象になったりします。ドラゴニオンに住んでいる人間は、ほとんど地球人と変わらないので、命がけになりますけどね」


 夏杷は、うなずきながらただアイスティをすすった。


「俺が初めてドラゴニオンを訪れたのは、十三歳の時です。ドラゴニオンのゲートオープナーが開いたゲートに、たまたま足を踏み入れてしまって。でもその時に言われたんです、俺はドラゴンマスターだと」


「ドラゴンマスター」


「高等なドラゴンの多くは人語を理解できます。地球人も、ゲートを通って行くとドラゴニオン人と同じ言葉が使えるんですが、ドラゴンと人間は同じ言葉を使っていても、まるで意志がすれ違ったりするんですね。例えば人間が『今日は暑いですね』と話しかけると、ドラゴンは『それは何か食べ物をくれという意味か?』と捉えたりします。これはふざけているんでも、正確に語意が通じていないんでもなく、とにかくそう解釈されてしまう、というものなんです。今のは実際、俺の体験談なんですけど」


「体験談」


 夏杷は、無意味なおうむ返し以外に応える術がなかった。


「ドラゴンマスターだけが、ドラゴンに人の意志を伝え、ドラゴンの意志を解することができるんです。もちろん、簡単ではありませんし、意志が通じるからといってドラゴンを従わせることができるわけじゃありません。ただ……俺は幸運にも、ドラゴンの、友達ができました。俺なんて簡単に踏み潰せるような、俺なんかよりずっと長生きで物知りで、人間たちとも繰り返し傷付き合ってきた、そんな奴らが……俺の友達になってくれた。なのに……」


 深我が顔を伏せた。にわかに、彼の体に熱い感情が沸き立つのが分かる。小さな滴が目元から細く落ち、ローテーブルを叩いた。


「なのに俺は、勝てなかった! 最後の戦いのはずでした。霊域十二竜が総出で、これなら絶対に勝てるって、俺は馬鹿だ、信じてしまった! この後には、ドラゴンも人間も平和に仲良く暮らせる時代が始まるって、無邪気に信じてしまったんですよ! あいつを――狂神竜を倒せば! 倒せるはずだって、信じた! だから挑んで、でも勝てなかったんだ!」


 そう叫んでから、深我ははっと我に返ったようだった。すみません、と声にならないようなつぶやきを漏らす。


「……その、十二竜というのが、深我くんの友達だったのね?」


 深我はこくりと、頭だけでうなずく。

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