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第15話【ナナシノツクヨ】

 逃走する魔物を、アクタ・ケンダイは自分転移させ一瞬で距離を詰める。


 そのまま勇者の剣にて魔物頭部を斬りかかろうとする勇者だったが、そのときボクはナネさんの言葉を思い出した。


(「そいつは、倒しちゃ、いけネェ……お願い、ダ……約束、してくれ、そいつは、あたしの……」)


 その続きに何を言おうとしたのかはわからない。しかし、ナネさんがそんな風に頼み事をすることは初めてだった。


 それを、これまでのボクを支えてくれた恩師の頼みを無下にすることはできない。


「アクタ! 倒しちゃダメだ! ラトムちゃんが捕まってる腕を狙って! お願いだ!」


 ボクの言葉を聞いたからか、アクタはその振り下ろしを中断し、困惑した様子で魔物を見ていた。


 勇者の困惑による硬直は、殺し合いの場において、あまりに長すぎた。その隙を狙い、魔物はその大きな尻尾でアクタの全身を地面に叩きつける。


「ガッ……うぁ……ゴホッ!」


 血を吐き、全身ボロボロになり倒れる勇者がそこに居た。


 人類の希望、魔王を滅する唯一の剣が、ボクの一言のせいで倒れようとしている。


「ッッッッッッオォオオオオ!!!!」


 魔物の鳴き声が響き、アクタを何度も何度も尻尾で叩きつける。


 家を壊すほどの力で何度も叩きつけられたとあっては、生身の人間である勇者はもう助からない。


 アクタが地面に倒れ動かなくなると、魔物はボクの方を向きその尻尾を再び振るってくる。


 魔法を放つにも、この状況に対応できる詠唱をする時間もない。


「誰か、助けて! 勇者を、ラトムちゃんを守って!! お願い!」


 慌ただしく騒ぐ街の人々に叫ぶ。だけど、この中にあの魔物を倒せる者はおろか、立ち向かおうとする人なんて居ない。はずだった。


「約束を果たすときだ。その願い、とくと、承知した。名も知らぬ少女よ」


 青白く燃えさかる剣を片手に、穏やかにその男は微笑んだ。自分が来たからにはもう安心だと言わんばかりに、魔物の尻尾を剣で貫いた。


「ゴッ……オオア!」


「魔法剣士アルフローズと申す。魔物よ、覚悟あれ。火氷理・変彩金緑石(アレキサンドライト)


 貫かれた箇所に大きく穴が空き、その傷口から蒼い炎が魔物の胴体まで広がっていく。


 熱によるダメージを受けたのか、ラトムちゃんをその両手からこぼれ落とす。


 ボクがラトムちゃんをお姫様抱っこしながら抱えるも、ひとつ、違和感を覚える。ラトムちゃんが魔法を使った形跡があったのだ。


「助かった! ありがとうみんな!それと、動きが止まっているみんな聞いてくれ! あの魔物の正体がわかった!」


 勇者は剣を構えながら、頭に装飾された【全語翻訳の髪飾り】に手を添える。


「あの魔物の声を聞いた。俺も聞いたことのある声だ。

……彼女は、人間が魔物になった存在。大魔法使いアルフローズの娘にして、勇者パーティーの一員。魔法使いの『アルフォート』だ」


 人間が魔物になる、だなんて聞いたことがない。アルフローズは顔を青くし震えている。


「それに驚いて、先程は一瞬動きが止まってしまった。

それだけじゃなく、どうやら、俺は彼女に惚れられていたらしいってことには驚いた。しかも俺がひどいことを言ったせいで、嫌われたと思って絶望し、街を破壊している!」

「は? 娘がお前に、貴様に惚れているだと?」


 震えていたアルフローズは即座に怒りの顔を表に出し、勇者を、思い切り睨み付けた後、守りの構えで剣を握った。


「……いつか、こんな時が来ると思っていたよ。我ら呪われしアルフの一族は、生まれながらにして罪を負っている。」

「……罪?」

「いや、なんでもない、少女よ」

「……あ、す、すみません。それと、助けてくださりありがとうございます。」


 学長はキザったらしくボクに笑いかけるが、顔色には相当な無理が見える。


 それもそうだ、あれほど溺愛していた娘が魔物になったとあれば、冷静でいられるはずがない。しかも、先程その最愛の娘を剣で斬りつけたのが自分ということ、そして勇者に惚れていたこと。


 錯乱してもおかしくない状況がこれほどある中、それでも、彼はボクに指示をくれる。


「少女よ! 魔法が使えるのだろう! どうして我が娘があんなことになったのか、探ってほしい!」

「は、はい! わかりました!」


 アルフォートの過去を詠む。そのために必要な魔力量は、本来ならば宝石が5、6子ほど必要だ。しかし、今のボクには魔力タンクがたっぷりある。


「いきます! 浮上理・曹灰硼石(ウレキサイト)


 過去を追体験する魔法。それが、 浮上理・曹灰硼石(ウレキサイト)だ。


 アルフォートの心の中へ、胸の奥へと……深く、深く……眠るように。


―――――


 アクタ……私、わかったの。


 ずっと前から、こうすればよかったんだ。


 あなたが望むのだったら、私は、どんなことでもしてみせるから。


 禁忌だとか、関係ない。


 この胸が嫌いなら、小さくしてしまえばいい。たとえ死ねない身体になろうと、それでもいい。


 「『禁理・ありえざるもの《アンオブタニウム》』」


 私の周りに、黒とも白ともとれない曖昧な闇の色が蔓延する。それは、煙のような、日の光のような、あたたかな、冷たい……。


 すぐに、自分の身体が変化していることを自覚できた。


 期待を膨らませながら自分の胸を見る。


 小さい胸であれば、きっと、また、勇者に逢える。次は、ちゃんと素直な気持ちで。


 しかし、その胸は元のおおきさのまま。巨大な胸が残ったままだ。


「どうして?」


 理解が追い付かない。禁忌魔法とは、自分の肉体を好きなように変えられる代物ではなかったのか。


 嘘をついたのか? そもそも、肉体を変えられる魔法など無かったの?


「う……うぅううぅぅぅウウウウゥゥゥゥ」


 すすり泣く。もう、どうしようもない。


「ガァァァ……ウアアアアアァァァァ!!!」


 気がついたのは、その時だ。


 私の身体は、たしかに変わっていた。


 ミチミチと音を立てながら、背中から巨大な尻尾が生えていく。気持ち悪い、情緒という情緒が破壊されていく。頭の中、脳の奥の一番奥まで、変化していく。


 全身が黒ずんでいく。


 気がついたとき、私は、家より大きな魔物へと成っていた。


 そうして、自分の意思も、思考も、全てを憎むようになった。あの目の前を歩く家族を殺してやろう。私の恋を奪った勇者も殺してやろう。目の前の全てを殺し尽くしたくてたまらない。


 この破壊衝動は抑えられない。


 気がつくと、私は、街を壊し始めていた。


 ナネおばあちゃんは、私のことを気づいていたみたいだけど、もう、私は私じゃない。


 どうか、私がこのまま本当に街の人々を、友達を、想い人を殺してしまう前に。


 どうか私を……殺して。


ーーーーーー


「っあ……!」

「ナナシ、アルフォートがああなった理由が解ったか!?」

「……うん、アクタ……彼女はさ、やっぱり、君のことが好きだったんだ。だから、君の好みの体型になろうとした……禁忌魔法にまで、手を出して。だけど、体型は変わらなかった。それどころか、あの姿になってしまったんだ」

「……あの時俺が、暴走したせいだ。だから、俺が彼女を止めなければならないし、それができるのも、きっと俺だけだから」


 目を細め、剣を地面に突き立てる。そして、青白い光が勇者を包み始めた。


「皆! すまないが、手助けが欲しい! 時間を稼いでくれないか!」

「……それで愛しの娘が意識を取り戻してくれるのならば、私は全力を尽そう」


 禁忌魔法には、解除方法は無い。だからこそ禁忌であり、不死の呪いが永遠の苦しみを被術者に与える。


 だけど、それでも、この勇者にならば彼女を任せられる。理由はわからないけれど、そう確信する何かが勇者の瞳に宿っていた。


 覚悟とも、無謀とも違うそれは何かと思考すると同時に、アルフローズと勇者パーティーの一行が魔物の足止めに向かった。


 しかし、魔物の猛攻はあまりに激しかった。


 魔法における最高峰と、魔王を倒すべく組まれた勇者パーティーの一員ですら、決定打に欠け、疲弊し、倒れかけようとしている。追い討ちをかけるかのように、彼女は街の人々にその巨大な尻尾を振り下ろそうとしていた。


 それまで、ボクは見ていることしかできず、恐怖に怯えていた。


 ふと、頭の中、ナネさんが血みどろになった姿がよぎる。ラトムちゃんが、連れ拐われてしまった光景を思い出す。


 このままでは、ボクの体質が原因で生まれてしまったこの状況で、みんなが、大切な人が、大切な街が壊されてしまう、いなくなってしまう。


 そんなのはごめんだ。だから、ボクはボクの持てる全てで、皆を守るんだ。


 気を失っているラトムちゃんの手をぎゅっと握りしめて、ボクは覚悟を決め、呟く。


「後は任せたよ、 アクタ(勇者)。」


 ラトムちゃんの口元に、微笑みが浮かんだように見えた。


「―――――」


 鈍色の光が、魔物の全身を包むように張り巡らされ、光はやがて箱となり魔物を閉じ込めた。


 魔物の尻尾は誰かに届くことは無く、光の箱の中で暴れ始めるが、決してその攻撃は通らない。


 数秒の後、光は消え去り箱も消滅するが、消えた瞬間再び光が包み込み、消え、包み、消えを繰り返している。20秒を越えた頃、アルフローズが口を開く。


「あれは……絶理・金剛神石(アダマンタイト)か。」

「……オッサン、あれは何だよ」


 勇者パーティーの先鋒、ミコロは表情を変えずアルフローズに問うた。


「街ひとつ滅ぼすほどの一撃を耐える、絶対防御の結界を作る魔法だ。代わりに、5秒しかもたない。だが、問題点はそこだはない。使用する魔力量が、尋常ではないのだ。普通の魔法使いであれば、まず使えすらしない。そのため、習得する者も少ない。」

「……5秒以上、持ってるじゃねぇの。」


 彼は、微笑んで僕を眺めた。そうだ、あの目は、期待の眼差しだ。だから、応えなきゃ、なんだ。


 胸元に潜めたミルク瓶の蓋を開け、一気に飲み干した。むせそうなほど甘い香りと、魔力がボクに流れ込む。その多大な魔力を込め、何度だって絶理・金剛神石(アダマンタイト)を放ち続ける。


「彼女はね、だからこそ、魔法使いなんだ。奇跡を起こすため、努力を続け、役に立たないようなものであれど、使えるようにする。奇跡とはね、手札の多い者に訪れるんだ。」

「……奇跡、ね。たしかに、あの調子なら、5秒はもがな、10分でも1時間でも持つかも。もっとも、その必要はなさそうだけど」


 魔法の檻の中で、暴れ狂い続ける彼女は、どんな建物をも、地表すら砕く尻尾が振り下ろされる。一度でなく、何度も、何度も魔法の檻を滅さんと振るっているが、檻は砕けることは無い。


 直後、僕は魔法の行使を止め、彼女を檻から解放する。


 当たり前だが、檻とは閉じ込める理由がなければ収容する必要性は無い。つまり、解放したと言うことは。


「待たせたね……これで、最後だ」


 彼女を取り戻す準備が、完了したのだ。


「『崩剣・第壱段階解除』」


 勇者の持つその剣の異名は『崩剣』。


 人類が持つ、唯一の禁忌魔法に対抗できる理。


 あらゆる禁忌を砕く崩壊の剣。


 その名を、人々は『虹の光環(ラルクアヘイロー)』と呼ぶ、虹の名を持つ、宝石を超越し、その先を征くモノ。それこそが、百年前の勇者が振るい一度魔王を与した聖剣であり、此度の勇者が持つ、人類最強の力である。


「アルフォート……君の心も、気持ちも、俺は踏みにじってしまった。本当にごめん……だけど」


 隻腕に掲げた剣が煌めき、振り下ろす。そして、虹色が魔物を貫くと同時に、魔物は泣き叫ぶように雄叫びをあげた。


「君は、大切な仲間なんだ。だから、どうか悲しまないで。それに……」


 気づいたときには、魔物は、彼女(アルフォート)に戻っていた。


「あ、ああ……私……ごめんなさい、ごめんなさい……街も、人も、こんな……」


 彼女の涙をそっと指で拭い、アクタは、アルフォートを抱きしめた。


「これから俺は! 身体のことで、俺は君を悪く思ったりなんかしない! いついかなるときだって、仲間を、君を……他でもないアルフォートを守っていたいんだ!」

「ア……クタ……。……そんなの、ずるいよ……」


 先程よりも大粒の涙が、彼女の頬を伝う。


「そんなこと、言われちゃったら」


 身体を震わせ、か細い声で


「……ずっとずっと好きになっちゃうじゃん……」


 焦がれるように言葉を紡ぐ彼女は次の瞬間、勇者の顔に顔を近づけ。


「ずるいこと、私もするんだから」


 それは、控えめで、一瞬で終わる……乙女のようなキスをした。


「大好きよ、アクタ」


 頬を染め慌て出すアクタと、顔中を真っ赤にして笑顔を浮かべたアルフォートが、そこに座っていた。


―――――


 大規模な事件だったが、街の復興作業も大部分が片付いていた。死人は一人として出なかったこともあり、アルフォートの処罰は復興の手伝いのみだったみたいだ。彼女の尽力もあって街の姿が元に戻りかけた頃、ナネさんから詳しい説明があると店を訪ねてきた。


「久しぶりダナ、ナナシ」

「ナネさん、あれからお体は大丈夫ですか?」

「あア、一瞬とけかけたガ、あたしの肉体は直ぐ元に戻ったよ。それより、そっちの……その子は、大丈夫なのカい?」


 ナネさんはおもむろにラトムちゃんを指さすと、眠り続けていたラトムちゃんは目を擦りながら起き上がった。


「ふぁあ……ツクヨ……? もう朝……?」


 もにゃもにゃした声で、再び毛布にくるまろうとするラトムちゃんの姿があった。


「……どうやら、無事みタいだね」


 あの後、ラトムちゃんはしばらくして目を覚ました。外傷はいっさい無く、心配していたボクを見て焦りながらも、少しうれしそうな顔を浮かべていたことを思い出す。


「ナラよかったよ。……アルフォートのこと、悪かったね」


「もとはといえばボクのせいでもありますから、気にしていませんよ。」


「……あんたに言ってナカッタけどね、アルフォート……いや、アルフの一族は禁忌魔法を受けて生まれてくるんだ。あたしが受けた魔王の呪いのせいでね……だから、あたしの不注意だ。まさか、禁忌魔法を二度掛けすると、禁忌の力が暴走してあんな風になっちまうなんて」


「……ほへ? ナネさん、それ、え!?」


「驚くのも無理はナイ。あたしの子孫が生きづらくなるだろうから黙ってたんだが、裏目に出てしまった」


「いえ、いいんですよ。あなたが受けてきた苦労を思えば、黙っておくことも賢い選択だったと思いますから。……それはそれとして、よろしいのですか? 禁忌魔法を受けて生まれるということは、ナネさんみたいに、死ねない体になってしまうんじゃ……」


「ナニ、そのために勇者に先んじて【全語翻訳の髪飾り】だったりあたしの知識だったリ渡して恩を売ってたんダ。勇者の剣だけが、禁忌魔法の呪いを打ち砕いて殺してくれるからね。しかし、殺す以外に暴走を止めるすべガあるだなんて思いもしなかったが」


「……なんだ! いつものナネさんで安心しました」


「どういうコトだい!?」


 お互い少し笑う。やはりこの人は、頼りになる人だ。


 談笑を続けていると、店に集団が入って来る音と、聞き覚えのある男の子の声が聞こえる。


「おう! ナナシ、来たぜ!」


「アクタじゃないか! それと、アルフォートにミコロ、スラートも! それに……アルフォート!」


 勇者ご一行が集まってボクの店に来たみたいだ。


「ふーん、意外とおしゃれじゃないの」


「その節はお世話になりました。うふふ」


 ミコロとスラートがボクたちに向けて話しかけるが、アルフォートは少し後ろに隠れている。


 あんなことがあったばかりだし、疲れているのかと思った。だけど、直ぐに歩を近づけて、ボクの目の前の床に座る。


「ナナシさん!」


「は、はい! なんでしょう!?」


 思ったよりも大きな声で驚いてしまった。引っ込み思案な彼女の喉からこんな声が出ると思っていなかったから、変な声を上げてしまっただろうか。少し恥ずかしいと思っていると。


 彼女は深々と頭を下げ、地面にまで擦り付けた。


「申し訳ありませんでした! 本当に、相談にまで乗ってもらったのに、こんなに迷惑をかけてしまい、この通り、謝らせてください!」


「え!? あ! そ、そうだね、だけど、キミの意思であんなことをしたわけじゃなかったし、僕は大丈夫、誰も、死ななかったからね」


「それでも、謝らせてください。アクタから聞きました。あなたの、大切な人にも傷をつけてしまうところだった……それは、本当に苦しいことだと思うから……なんでも言うことを聞きますから……」


 頭を地面に擦り付けたまま動かない。僕はどうすればいいのか困惑して何も言えないままでいると、後ろから声が聞こえた。


「いいわよ。許してあげる。代わりに、ちゃんと勇者パーティーとして魔王を倒してくること。あ、ついでと言うか、うちの店を贔屓してくれてもいいのよ?」


 一瞬声の主がナネさんかと思ったけれど、そこには起き上がったラトムちゃんが、今までにない低い声色で語った。


「あ……! ありがとうございます! 魔王のことは、もちろんです! それと、毎日お邪魔させていただきます!」


「毎日じゃなくてもいいけどね? ナナシといちゃいちゃする時間がなくなっちゃうから」


「ラ、ラトムちゃん!!」


 そんなことをみんなの前で言われちゃ、恥ずかしすぎる! 真っ赤になったボクを見て、ラトムちゃんだけじゃなく、他のみんなも笑ってる。


 ボク、本当は男の子だったのに、なんだか、変わっちゃったのかな……。いや、そんなはずない……はず!


「さテ、用は済んだダロ? お邪魔ものは退散するとシヨウか」


「そうだな、これからも頼りにしてるぜ、ナナシ! この店の良い所も、みんなに紹介しておく! それじゃあな!」


 アクタ達はそそくさと帰っていった。きっとボクとラトムちゃんがお話できるように、気を使ってくれたのだろう。


 遠目に帰っていくアクタとアルフォートが目に入る。よく見ると彼らは、手と手を繋いで歩いているみたいだった。


 もしかして、アルフォート、付き合えたのかな。よかった、彼女の願いは叶ったんだ。


「私たちも、あんな風にしてみたい、なー。なんて」


 ラトムちゃんがおもむろに片手を見せつけてくる。僕は即座に反応し、彼女の手を握った。暖かく細い彼女の手の熱が感じられた。


「……ど、どうかな……ラトムちゃん」

「嬉しいよ、ツクヨ。本当に……」


 少しだけ泣きそうな顔をして、ラトムちゃんは僕の目を見つめていた。どうしたのだろうか。


「ごめんね、なんだか、こうして居られるのが嬉しくて……」


 彼女は顔をそむける。


「ね、ツクヨ。……私、実は……」

「じ、実は……?」


 少し考えるような仕草をした後、細くて白い指を僕の顔に添えて、笑顔でこう言った。


「やっぱり、ナイショ!」


 僕があっけにとられていると、彼女はベッドから降りる。


「さ、ツクヨ! あんなことがあった後だけど、開店の準備、しないとだわ!

あなたの活躍は皆が見てたから、今日からもっと忙しくなるよ! ほらほら、母乳、今日も搾るんでしょ!」

「え!? あ、そ、そうだったね! うぅ……だけど、やっぱり恥ずかしいな……。ラトムちゃんだからいいんだからね」

「うふふ、嬉しいわ」


 そうだ、僕は、これからも魔王の脅威を退けるために、出来ることをやっていくのだ。それは、これまでも、これからも変わらない。


「ねぇ、ラトムちゃん」

「何……かしら? ツクヨ?」


 ラトムちゃんの桃色の唇に、ボクの唇を重ねた。長い、長いキスをした。


「これからも、ずっとずっとよろしくね。大好きだよ」


 僕は笑顔で、彼女にそう言った。


 ようやく登り始めた朝日が、これからの未来を祝福しているかのようにボク達を照らしていた。

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