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第11話【ツゲラレツゲテ】

 身体の重みと共に目を覚ますと、ボクの上には、ブロンズで絢爛な髪をした少女が寄りかかっていた。


 彼女はボクの上で寝ていたため、ボクは身動きがとれない。


 ブロンズの長い髪。1本1本を丁寧に手入れしてきたのだろう。ソファから床に流れた髪束には、ランプの光が反射する。


 人形のような美しさに、ボクは見惚れた。


 控えめながらも、ちょうどいい胸を見て羨ましいと思う感情。けれど、その耽美な肌を保つのに、どれほど努力を重ねてきたのだろうと思うと、ボクはなんだか嬉しくなった。


「ラトムさん、おはよっ!」


 彼女はラトム。ナネさんの知り合いで、ボクがナナシとして生きようと思ったきっかけを作ってくれた人だ。あの時の彼女の優しさがあったから、ボクはこの道を選べた。


 かつてラトムが膝枕をしてくれたみたいに、少しでも彼女の寝起きが、緩やかなものになってもらえるよう、出来るだけ動かずにいると、ラトムは目を覚ます。


「ん……あれ、ツクヨ……? おはよー」


 彼女が指を動かすと、揺れ動く。


「ピゃうっ……も、もう、ラトムったら……! そういえば、どこでその名前を知ったのさ?」

「ほぇ……んなの、ナネさんの教えてもらったんだよ」

「ナネさんが……? ふんふん、だけど、今のボクの名前は、ナナシって言うんだ。そう名乗ることにしたから」

「んー、わかりました~」


 また眠りかかっているラトム。緩慢な動きのまま、ボクの顔に顔を近付けた。


「……けどね、ナナシ……? ごめんね。ひとつだけ、いいかな?」

「へ!? な、なに……?」


 目を細めて笑う彼女。彼女は身体をボクに重ねながら囁いた。


「ふたりきりの時だけは、貴女のことを【ツクヨ】って、呼んでもいい?」

「へ!? は、はい……! いいよ! だけど、なんで……?」


 彼女はボクに身体を重ねる。


 ほぼ初対面の綺麗な女性が、文字通り目と鼻の先に居る。ボクは恥ずかしくなって目をつむる。


「なんで、なんてないよ。……ただ……私は、ツクヨ。……あなたのことが……」


 頬にあたたかなものが触れる感覚。それがラトムの唇だと気付いたとき、ボクはお腹の底にふわふわを感じた。


「……好きなの。一生を共にしたいくらい。すっごく……」

「ら、ラトムさん……?」

「さんじゃない。ラトムって呼んで欲しい、な……」


 ボクの脳内は混乱状態になった。どうして、どこで、なんでボクに、ボクなんかにそんなに魅力をどこで、もしかして嘘? いや、彼女の目は真相を語っている。


 彼女は、本当にボクのことを好いているのだろう。


 なぜなら、あの時「あなたにしか出来ないことが、しっかりある」と、そう言ってくれた目と、同じ目をしていたから。


「ッッッッ……あ、あの……呼ぶの、ラトムちゃん、からでも、いい?」

「ちゃん付け? ……いいよ。かわいらしくて、私はとっても好き」


 「えへへ」と微笑む姿を眺めていると、彼女の感情がボクに伝わってくる。


「ツクヨ。ねぇ、返事は、また今度でいいから……その……」


 彼女は、頬を赤らめながらなんとか言葉を紡ぐ。


「手を、ギュウって……して欲しいな、なんて……」


 憂いを含むその表情は、ボクの心臓に突き刺さりそうなほどに煌々していた。


 静かに手を握り返すと、ラトムちゃんは自分の頬にボクの手を擦りながら、歓喜の声を小さく呟いた。


「ツクヨの手だ……細くって、やわらかいな……。ずっと、こうしていたい……」

「ラトムちゃん……ふふ、そんなに喜んでもらえるなんて……ボクも、ホントに嬉しくなってちゃった」

「ホント!? えへ、私、死んでもいいわ……」

「ラトムちゃんは、死なせないよ。だって、ラトムちゃんは気づいていないかもしれないけど、ボクはキミに、とっても救われたんだから。……だから、さっきのお返し……ごめんね?」


 彼女の細い手を取ると、どこか困惑した表情でボクを見る。


 部屋中に纏ったランプの薄い橙に照らされながら、その白く薄い手の甲に、ちょんと口付けをした。


「ラトムちゃん。えっと、その……ボクの事情とか、悲しみとか、悩んでたこととか、そういうことを全部知ってるのは、ラトムちゃんだけ、だから……。あの日、ボクの話を聴いてくれて、ボクに言ってくれたこと、本当に感謝してる」

「ツクヨ……? あれ、おかしいな……私、あはは、えとあの、その、えっと」

「だから……」


 彼女の両肩を掴み、目をそらさず、顔を震わせながら伝える。


「ずっと、一緒に居よう?」


 ラトムちゃんは、朱く輝く目を大きく開かせ、一度その目を閉じた。


 そして、大粒の涙を流しながら、あらゆる精神を込めてボクに抱きつく。


「はいっ! よろしく、ツクヨ……私、私、本当に幸せ……」


 彼女は泣きながら笑顔を見せると、ボクのおでこにおでこを擦りながら、瞼を閉じる。


 交わし合う包容の中、彼女の声と、お互いの心臓の鼓動だけが、この家を満たしていた。





猫も杓子も

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