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モンスターペアレント2

 目の前にはその気になればプチッと俺を踏みつぶせるような巨大なドラゴン。

 真っすぐに俺のことを見据えてきており、どうあっても逃げ出せる可能性は無さそうだ。

 そもそも俺に用があって来ているのだから逃げたってどうしようもないのだが。


 ……さて、一応説明しておくと、当然ながら現代日本に突如としてドラゴンが現れたわけではない。

 やはりトラックに轢かれて!?と思うかもしれないが残念ながら(?)そうではない。

 俺は交通ルールはきちんと守るし、見ず知らずの人間を救うために身代わりになれるかと言われれば非常に怪しい。というか多分なれない。

 では、どういった理由でこうなったのか。

 以下、昨日の放課後、校長室でのやりとりである。



「失礼します。

 校長先生、僕に何か御用とのことですが……?」


「ああ、伊勢先生。

 その、実はね。上から教育者として力のある先生を一人、貸し出してくれないかという話が来ているんだ。」


「へえ、出張か何かですか?すごいじゃないですか。

 うちの学校の指導力が評価されての事ですよね。」


「ん、まあ、そういうことだよ。

 そこで伊勢先生、ぜひ君にと思っているんだけれど、どうだね?」


「えっと……その、はい、僕で良ければ。」


「そうかそうか!快諾してくれてよかった!!

 ……じゃ、後のことはよろしく頼んだよ。」


「はい?」



 今にして思えばこんなものはただの悪質な詐欺だ。

「教育委員会」からではなく「上」からの話というぼかし方。

「出張」や「研修」ではなく「貸し出し」という曖昧な言葉。

 そしてそれらに胡散臭さを感じていようがいなかろうが関係なく、校長室という密室における直々の名指しは断りづらい。

 で、どうなったかというと、だ。



「おおおお、よくぞ快諾してくださいました!

 本当によくぞ、私たちの世界に来てくれました!!

 心の底から歓迎しますよ!!」


「……はい?」



 次の瞬間には俺は見たことも無い部屋の中で、見たことも無い人物(?)と対面していたというわけだ。

 そこがなんと異世界の校長室で、対峙している人ならざる者がどの学校の校長先生だと理解するのには流石に少し時間がかかったのだが……



「おおおぉおい、先生ぇ!!ちゃんと聞いてるかあ!?」


「はっ!?

 ええ、はい、もちろんです。聞いていますよ。」



 いかんいかん、またしても目の前の現実の強烈なインパクトにやられて、現実逃避をしていたようだ。

 今はただ、とにかく現実を見つめなければならない。

 異世界の運動場で巨大な保護者ドラゴンと個人懇談会だという現実を!

 ……辛いな、オイ。いや、だがしかし!!



「先生はウチの娘はまだ見たことなかったよな?」


「はい、残念ながら。

 明日から学級担任として子どもたちに関わらせていただきますので、現時点ではまだ顔合わせは済ませていないんですよ。」


「そうか、そりゃあ残念だ!

 何しろ目に入れたって痛くないほどの娘だからな!」


「ふふ、それはそれは可愛らしいお子さんなんですね。」


「もちろんだとも!

 ……ただウチの娘はなあ、超絶可愛いんだがそれだけに心配なんだよ。

 他の子どもにちょっかいかけられて嫌な思いなんかしてねえかってなあ。」


「なるほど、確かに学校という場はおうちの方の目が届かなくなる場所でもありますからね。

 そういった不安も当然の事と思います。」


「だろう!?だからよ、先生!

 喧嘩だとかウチの娘が泣いただとか、何かあったら必ず教えてくれよな!?」


「ええ、もちろんですよ。

 こういった懇談や参観の機会でなくとも、何かありましたらこちらからご連絡させていただきます。」



 表情は常に笑顔を保ち、相手の話には相槌を打つ。

 自分から話したいタイプの保護者が相手ならば、基本的にこちらは相手の意見に対して肯定のスタンスを崩さず、相手に良い気分を味わってもらうことに尽力する!

 俺とて保護者対応の経験は数えきれないほどに重ねてきた。

 冷静に頭を回せば、相手がドラゴンだろうと問題は無い。

 とびきり強面なだけの普通の保護者だと思えばいいのだ、事実、上手く会話が進んでいる。

 この時点で俺は確かに手ごたえを感じていた!



「ああ、ありがてぇ、良い先生だなアンタ!

 連絡さえもらえりゃあ、ウチの娘にふざけたことをしでかした奴をぶち殺しに行くことだってできる!」


「……えっ?」



 そう、つい数十秒前までは、確かに手ごたえを感じていたのだ。

 けれどこの発言を受けて、俺の笑顔は崩れてしまう。同時に改めて思い知らされた。

 ああなるほど、ここは確かに異世界で、そして相手は絶対的な生物・ドラゴンなのだと。



「うん?

 先生、さっき、アンタ何かあったら連絡くれるって言ったよな?」



 こちらの表情・雰囲気の変化を感じ取ってか、目前の巨躯のドラゴンの声色もさらに低くなる。

 このピリッとした一触即発の空気は教師が教師である以上、必ずどこかで経験する修羅場である。



「はい、連絡すると言いました。

 ただ、すいませんが失礼を承知の上でもう一度お聞かせください。

 例えば子ども同士の喧嘩があった際、僕からの連絡が欲しい理由は何ですか?」


「だから、相手をぶち殺しに行くためだよ。」



 真っすぐにこちらを見据える深紅の瞳。

 まるで、その言葉は嘘ではないぞとこちらに伝えているようだった。


 ここまで極端ではないにせよ、こういった到底容認できない理不尽な要求が保護者から出た場合、我々教師は全力でその受諾を回避する。

 それが何故かは長々と説明するまでもないだろう。常識的に考えれば誰だって分かるはずだ。

 ……しかし、これは返答を間違えば、俺は死ぬかもしれないのでは?

 その事実に、言葉を紡ごうとする口が震える。

 目の前には機嫌を損ねかねないドラゴン。それはつまり、目前に死が迫っているようなものだ。



「……分かりました、ありがとうございます。

 何かありましたら、こちらから必ずご連絡させていただきます。」


「おお、頼んだ!」



 俺はもう一度全力で笑顔を作り、言葉を発した。

 そして相手も再び上機嫌になってくれたのだろう、低かった声色も元に戻った。


 ……俺は、これまで曲がりなりにも教師という仕事に誇りを持って来た。

 全身全霊を込めて、教育に従事してきたつもりだ。

 だから、嗚呼、ごめんなさい。本当にごめんなさい。



「ただし、保護者は他の家庭の児童に決して手を出さない。

 これを今この場で約束していただくことが条件です。」


「…………ああ?」



 ごめんなさい、父さん母さん。

 俺は人知れず、異国の地で命を落とすかもしれません。


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