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モンスターペアレント1

 

 目の前の現実を直視することができず、少し前のことを思い出す。



「伊勢先生、さようならー!」


「おう、さようなら。また明日な!」



 思い出すのは昨日のことだ。

 6時間目の授業が終わり、帰りの会を終えて教室を出ていく子ども達に手を振る。

 放課後、30人の子ども達が過ごす広い教室に一人ポツンと取り残される感覚は、たとえ毎日経験する事であっても僅かながらに寂しいものだ。


 俺、伊勢甲斐が伊勢「先生」と呼ばれるようになって。

 つまりは小学校教員として小学校に勤めるようになってから4年と少しの月日が経った。

 26歳、夏。酸いも甘いも噛み分けた、とまでは言わないが、ある程度はこの業界の辛さも喜びも経験してきたつもりだ。



「伊勢先生、ドッヂしようぜドッヂ!」


「先生、私、先生の事大好き。」


「今年もウチの子の担任が伊勢先生で、親としてもすごく嬉しいですよ。」



 これからの未来を作っていく、今はまだ純粋な子ども達と日々を共有する幸せ。

 自分自身苦しみながらも、様々な悩みや問題を抱える子どもの力になってやれた時の達成感や嬉しさ。

 そして子どもや保護者、あるいは地域の人々から贈られる「先生ありがとう」の言葉。

 これらの喜びこそが、俺をこの仕事から離さない。



 ――というのは、決して間違ってはいないのだが。

 はっきり言おう。ここまではあくまでも表向きであり、カッコつけであり、逃げ出したくなる自分に言い聞かせるための綺麗な言葉だ。

 当然、辛いことの方がダントツで多い……というか、9割辛いことと言っても過言ではない。

 そして今からその嫌なこと・辛いことの筆頭を説明しようと思う。


 さて突然ですが、問題です。

 以下の英語を日本語に訳しなさい。




 Monster parent




 訳しましたか?訳しましたね?

 よし、訳したということで話を進めよう。いきなりですが、答え&解説だ。

 そもそもの話の導入で大半の人間が察したかもしれないが、この問題の答えは「モンスターペアレント」である。

 いやいや日本語に訳せてないやんけ、と思われるかも知れないが、この言葉は日本で生まれた造語であり、一応さらにそれぞれの単語に詳しく解説を加えるなら以下のとおりだ。



 monsterモンスター 形容詞

 ・モンスター[怪物]のような


 parentペアレント 名詞

 ・〔子どもの〕親。血のつながった親でも、養い親でもよい。



 つまりモンスターペアレントとはまるでモンスターのように理不尽な保護者のことを指す。

 まあ解説までしておいてなんだが、実際はモンスターペアレントという言葉は今や誰もが聞いたことがあるだろう。

 元々これは「不当、不可解な要求を、次々に担任、校長、学校につきつけている非常識な親のこと」を指す言葉として広まったものである。

 間違っても父がドラゴンだとか、母がデーモンだとか、そういった本当のモンスターの親を指すわけではない。当然ではあるが。


 ちなみに一部の崇高な意識の持ち主は、


「モンスターペアレントなどと言う言葉は使うべきではない。モンスターと呼ばれる保護者はあくまでも子どものことを一番に考えているだけであり、それは親として当然のことだ」

「保護者を『モンスター』にしているのは、『モンスター』という言葉を使っているマスコミや教育現場であり、『モンスター=人間でない』と決めつけることで、保護者との関わりを拒否してしまっている」


 などと言うのだが、あえて言おう。

 モンスターペアレントは実在するし、その在り様はもう『モンスター』としか言いようがない。

 これまでの4年と少しの月日の中で、このことはもう嫌というほど実感してきた。



「伊勢甲斐っちゅう教師はどいつや。出せ。」



 そう言って学校に直接乗り込んできた謎の男性(提出書類の家庭構成図上、父親ではない)に事実無根の罪を着せられ恫喝を受けたこともあるし、また別の保護者に死ぬほど理不尽な謝罪を強制されたうえに「教育委員会に訴えますからね!!」とヒステリックな叫び声を挙げられ実際に訴えられたこともある。

 これらの件については他にも挙げ出したらキリがないうえに、詳しく説明しようとなると日が暮れるだけでなく未だにハラワタが煮えくり返って仕方が無くなるのでそろそろ止めておく。



 ともかく俺がここで言いたいのは「正気か!?」というようなモンスターペアレントは確かに実在するということだ。

 ただし繰り返すが、間違っても父がドラゴンだとか、母がデーモンだとか、そういった本当のモンスターの親を指すわけではない。


 ……念のために、もう一度繰り返す。

 間違っても!父がドラゴンだとか!母がデーモンだとか!そういった本当の!モンスターの親を!指すわけではない!!



「アンタが新しい先生か!?突然押しかけてすまんなあ!

 新しい先生が来るって聞いたからには、やっぱどうしても一目見ておかんと気が済まんくってよぉ!!」



 そんな俺の心の叫びを嘲笑うかのように、大きな影を落として上空から響く声。

 声の出所を見上げれば紅い鱗に大きな尻尾。それはファンタジーといえば、という妄想を絵に描いたような存在。

 広大な運動場にバサバサという表現では生温い程の重量感をもって降り立ったのは、一匹の巨大なドラゴンだ。



「いえいえ、お子さんを持つ親御さんとしてもっともなご意見ですよ。

 はじめまして。この度、大切なお子さんの担任を持たせていただくことになりました、伊勢甲斐と申します。」



 巨体の着陸に伴って舞う風と土埃にスーツと身体を痛めつけられながらも懸命に対応する自分。

 表面上は全力で冷静を装いながらも、本当は声を大にして言いたかった。


 ど う し て こ う な っ た 。


 いやもう、本当に。




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