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本番前②

1.朝から仕事せずに飲む酒は美味い!


 竜虎コンビから素性を打ち明けられた翌日。

 俺は朝から縁側でティーツとちびちびと酒を呷っていた。


「まさか謙信と信玄とは思わないじゃん? 幽羅のアホも知ってるなら最初に言っとけって話だよ」

「仮に正体明かされとっても何も変わらんじゃろ。雇われた時は負け犬モードじゃったし」

「それはそうだけどぉ」


 やる気ない奴を勧誘するつもりはない。

 でも、二人ほどのビッグネームならね? 長頼みたいにその場でバッサリ切り捨てることもなかった。

 それとなく再起する手伝いをしてたよ。


「そもそもあん二人、何で急に立ち直ったんじゃ? 薩摩から帰って来たら全然雰囲気違うてビビったぞ」

「さあ?」


 何か知らんうちにとしか言いようがない。

 ちなみにその二人だが今は家臣らと一緒に対上杉、対武田の作戦会議の真っ最中だ。

 実際攻める段になったら信長の名声を高める意味でもアイツ主導になるわけだが……まあ二人ならそこら辺も織り込み済みだろう。


「しかしこれ美味いな……鮭とばだっけ? 塩気が半端ねえけど酒と合い過ぎる……」


 ジャーキーみたいに噛めば噛むほどじんわり味が広がっていく。マジ堪らん。

 そのままでも美味いが炎気で軽く炙っても良いな。伯父さんにも食べさせてやりたいぜ。


「つーか……聞きたかったんじゃが、朝から飲んだくれとってええんか?」

「あ? 良いんだよ。ずっと働き詰めだったんだから」


 葦原に来てから俺、殆どノンストップだぞ。

 ここらで一旦、足を止めたところで罰は当たらんだろうし何より、


「まだ次のターゲットに仕掛けられねえんだよ」

「次――確か一向宗の坊主どもじゃったか?」

「おう。正確には一向宗を筆頭にして幾つかって感じだがな」


 将軍の名声をこれでもかと高める踏み台になってもらうわけだが、仕掛けるにもタイミングってものがある。

 今はそのタイミングを探らせている最中なのでマジでやることないんだよな。


「ほいだら庵ちゃんと一緒に、櫛灘姫の力の使い方でも習ったらどうじゃ」

「ああ、あれ?」


 今、庵は別室で幽羅(ニセイメイは忙しいのでバトンタッチ)に教えを受けている。

 そこに参加して来たらどうだとティーツは言うが、あんまり興味はない。


「櫛灘姫の力は何も八俣遠呂智限定っちゅーわけでもないじゃろ。

封印術や強化を習得してカードを増やすのも悪くないと思うんじゃがのう。

いずれ庵ちゃんに力を統合するとしても、それまでは手札を増やせるわけじゃし」


 一理ある。俺が普段使ってる強化と櫛灘姫の力による強化は別枠だしな。

 二つ使えば単純に考えて加算。事によっては乗算になるかもしれん。

 でも、


「島津攻略終わったからなあ。やばいのと戦う予定なんて後はもうそれこそ八俣遠呂智ぐらいだし」


 その頃には将軍職に宿る力は庵に統合されているだろう。

 俺が使うより直系の庵に力を託した方が良いに決まってるもん。

 それに何より必要な手札はもう増やしてある。

 俺がそう告げるとティーツは目を丸くした。


「増やしてあるって……」

「いや薩摩に居る時にな」


 元々、将軍職に就いたら――櫛灘姫の力を継承したら一つだけ覚えたい技術があった。

 だから島津滞在中、幽羅にそのやり方を教授してもらったのだ。


「つっても初代が使ってた封印術やら何やらじゃねえぞ?」

「ほなら何じゃ」

「櫛灘姫の力を介して八俣遠呂智の力を引き出す術さ」

「そんなもん覚えて何する気じゃ? まさか……」

「アホか。将来的に殺す相手の力で自分を強化するわけねえだろ」


 それ以前にリスクが高過ぎる。

 力を宿すことで万が一にでも乗っ取られたらどうするんだよ。


「じゃったらそんな外法、何に使うんじゃ」

「ククク……良いことさ……そう、とてもとても良いことさ」


 世のため人のため俺のため。悪の野望を打ち砕くカールクン3! この股間を恐れぬのならかかって来い!! ってなもんよ。

 不幸になる人間も居るだろうが、まあそれは自業自得だ。俺の知ったこっちゃねえ。


「……悪い顔しとる」

「ゲヘヘ、そんなことねえでげすよ」

「何じゃ突然の三下ムーブ」

「つか、折角酒飲んでるんだし真面目な話は止めようや。エロトークしようエロトーク」


 俺はリアルが充実し過ぎて将軍になるほどの男だ。

 女とも好きな時にエロいこと出来るがそれはそれ、これはこれ。男同士の猥談にはまた別の楽しさがある。


「……そういうんはクロスとやれや。わしがそういうん苦手なんは知っとるじゃろ。

お前、そういうとこやぞ。郷里に居った頃、お前とクロスがエロで盛り上がっとる間、わしとヴァッシュがどれだけ困っとったか」


「いやおめー、ジャーシンで性癖暴露してたじゃねえか」


 ババアが好きとかそういう感じのこと。

 俺がそう指摘するとティーツは渋い顔で言った。


「…………あれは観光地の浮かれた空気でつい漏れちまっただけじゃ」


 本来の自分は硬派なのだとティーツは顔を背ける。

 硬派かどうかは知らんが、まあコイツが性癖晒したのはあん時だけだったな。

 ティーツが言うように故郷に居た頃もクロスと盛り上がってる時、コイツは所在なさげだったし。


「ああでも、ヴァッシュは二人だけになるとガッツリ食いついて来たぞ」


 え、とショックを受けたような顔をするティーツ。

 この反応からして知らんかったみたいだな。

 あーでも、お前だから言えるけど……みたいなこと言ってたような言ってないような?


「ヴァッシュの名誉のため俺の口から性癖は明かさないけど、アイツもかなり熱い奴だったぜ」

「マジかよ……」

「つーか思春期男子なのにエロに興味ねえ方がやべえって。何だお前イ●ポか? エンディング迎えちゃった?」

「迎えとらんわ!!!」


 振り下ろされた刀を両手で挟み込んで押し返す。

 真剣白刃取り――まさかこんなシチュエーションで男の子の夢を一つ叶えちまうとはな。


「おどりゃあ! 大人しく斬られんかい!!」

「そこまで怒るこたねえだろ!?」


 やいのやいの騒ぎ立てていると、


「君らは一体、何をやってるんだ」


 呆れたような声が聞こえ俺とティーツは同時に視線をやる。クロスだ。

 クロスが元康と連れ立って――あ、いや最近徳川家康に改名したんだっけ。

 異世界なのに何なんだろねこの一致。何もかも同じってわけじゃないが重なる点が多過ぎる。

 銃の件とはまた別に気になるわってのはさておき、何で居るんだ? 見た感じお忍びっぽいが……。


「まずは謝罪を。突然の訪問、申し訳ありません」

「いや別に良いよ。暇だったし……それより、何かあったのか?」


 礼儀正しい家康が事前にアポも取らずにってのは考え難い。

 何か火急の用があったと見るべきだろう。


「実は相談したいことがありまして」

「相談、ね。込み入った話になりそうだ。場所を移そうか」


 内容によっては久秀や幽羅、竜子と虎子も呼んだ方が良さそうだな。

 あ、久秀は今留守にしてるんだっけか。




2.その頃ボンバーウーマンは


 大和に一時帰還していた久秀は外行きの姿(男)で弟の長頼と共に筒井順慶が治める筒井城を訪れていた。


「…………まさか本当にのこのことやって来るとはな」


 若年ながらも風格を漂わせる少年――順慶が久秀を睨みながら忌々しげに呟く。

 同席している家臣達も似たようなもので空気は最悪だ。

 しかし、悪いのは彼らではない。悪いのは久秀だ。

 長慶の命を受けて大和の覇者となるため久秀はそれはもう汚い手を使いまくった。

 その主な被害者が筒井で、そのヘイトは天井知らずである。

 戦国の習い。弱い方が悪い。そう切り捨てるのは簡単だが当人がそれで割り切れるかどうかはまた別問題だ。


「この場で殺されるとは思わなかったのか? ええ?」

「思わなかったとも」


 本人的には脅かしてやろうとしたのだろう。

 だが話を振られた久秀は余裕綽々で薄っすらと笑みすら浮かべている。

 それがまた順慶の癪に障り、彼の顔はますます歪んで行く。


「随分楽観的だな。おめでたい頭をしていると言うべきか? 我らが貴様にどれほどの恨みを持っているか知らぬ訳ではなかろう」

「楽観ではない、根拠はある」

「何の根拠がある? 言ってみろ」


「寸鉄帯びずに敵地にたった二人で赴いた者を殺す。

そんなことをすれば卑劣漢(わたし)と同じになってしまうからな。だからお主はやらぬ。いや、やれんと言うべきか」


 久秀の言葉は正鵠を射ていた。順慶の口から悔しげな唸り声が漏れる。

 まあ仮に順慶が仕掛けて来ても逃げるぐらいなら容易なのだが、久秀もそこは敢えて口にはしない。


「ところでそろそろ話を進めて良いかね?」

「……聞くだけは聞いてやる。貴様は一体何のためにここに来た? まさか今更になって和睦しようと言うわけではあるまいが」

「いや正にその通り。お主と和議を結びたく参上仕ったのよ」


 唖然呆然――そして激怒。

 ふざけるなと刀を抜く順慶とその家臣達。

 交渉は始まる前に決裂かと思われたが、


「御待ちあれ!!」


 末席に座っていた家臣の一人が声を上げる。

 才気を感じさせる面構えの若武者に久秀がピクリと眉を動かす。

 そうか、あれか。あれが例の島左近かと。


「御気持ちは重々承知。されどよくよく御考えくだされ」

「何をだ!? まさか恨みを忘れて手を繋げとでも!?」

「そうではありませぬ。この梟はそこまで頭の悪い男でしょうか?」


 普通に考えておかしい。

 順慶の前で和議を、などと口にすればどんな反応が返って来るか容易に想像がつく。

 本当にイカレたのでなければ一先ず、話ぐらいは聞くべきだと左近は必死に順慶を諭す。


「…………なるほど」


 無理矢理怒りを飲み込んだ順慶を見て久秀は思った。

 素直だな、そんなだから悪い奴の食い物にされるのでは? と。


「左近、その方の言一々尤も。感謝するぞ」

「いえ、さしでがましい真似をしてしまい申し訳ありませぬ」


 二度、三度と深呼吸をして順慶は再度久秀に語りかけた。

 如何なる理由でその提案をしたのかと。


「私が今、御仕えしている方を御存知かね?」

「……知らぬわけがない。異人でありながら帝にも認められ将軍になった男」


 それがどうした? と問い返す順慶に久秀は答える。


「彼の御方は大業に挑もうとしておる。それは成功すれば未来永劫語り継がれるほどの偉業よ」

「……」


「殿下は偉大な御方じゃ。この国を――いやさ、世界を背負えるほどの器の持ち主と言っても過言ではない。

だがその大業は決して一人で成し遂げられることではなく、ゆえに殿下は頼れる仲間を集め葦原を一つにしようとしておる」


 将軍の意向で和議を結びに来たのかと順慶が問う。

 久秀は否と答えた。これは自分の独断であると。


「お主は出来る男よ。今もこうして筒井家が存続しておるのがその証左じゃ」


 久秀は筒井を本気で潰そうとしていた。

 が、今を以っても尚潰し切れずにこうして元気に憎悪を滾らせている。


「厄介な敵よ。が、だからこそ頼れる味方になり得ると思うておる」


 ゆえに和議を結び、その上でカールに協力して欲しいと久秀は改めて頭を下げた。


「そんな世辞を聞かされたところで私が頷くとでも? 貴様への恨みはその程度で収まるようなものではないわ」

「分かっているとも」


 そんなチョロい相手ならばとうの昔に潰せていると笑う久秀に順慶が舌打ちをかます。


「ならば私が絶対に首を振らんことも分かろう。天地が引っ繰り返っても貴様と同じ天を戴くことはない」

「――――私の首をくれてやると言ってもかね?」


 順慶とその家臣らが目を見開く。


「直ぐにはくれてやれん。殿下には私の力も必要だからな。だが、事が成った後であれば話は別だ」


 生に未練がないと言えば嘘になる。生きられるのならば生きていたい。もっとカールの傍に居たいと思う。

 だが八俣遠呂智討伐を――自分や一族、この国を縛り続けていた呪いが解ける瞬間をこの目で見届けられたなら死んでも構わない。


「…………信じられんな」


 搾り出すような言葉。

 口では信じられないと言っているが、順慶自身にも分かっているのだ。

 久秀が本気で首を差し出しても良いと思っていることに。

 だが、認められない。認めてしまえば久秀への認識が変わってしまうから。

 今になってただのド外道ではないなどと……認められるわけがない。


「であろうな。だが私もはいそうですかと諦めるわけにもいかん。ゆえ、誠意の証としてこれを差し出そう」


 久秀が傍らに置いてあった風呂敷を紐解いた途端、順慶らの顔が驚愕に染まる。

 それは蜘蛛が這い蹲っているかのような奇怪で、それでいて何とも言えぬ流麗さを備える茶釜だった。

 誰かが呆然と呟く。


「こ、古天明平蜘蛛……」


 天下に名高き大名物(おおめいぶつ)にして久秀が命よりも大切にしていると噂される平蜘蛛。

 偽物か? いや違う。相応の審美眼を持っていれば分かる。これは本物だ。

 先代将軍が欲し、長慶がどれだけ頭を下げても譲らなかったという平蜘蛛を差し出すのかと呻く一同。

 実際、久秀としても断腸の思いだ。

 自分の首はそこまで惜しくもないが、平蜘蛛は惜しい。

 欲を言えば最期は平蜘蛛に爆薬を詰めて一緒に散るか、カールに遺品として託したかった。

 だが順慶の信を買おうと思えば平蜘蛛を差し出すぐらいはしなければいけない。


「………………どうかね?」


 目に見えて取れる苦い顔。

 取り繕うことすら出来ぬほどに久秀が惜しんでいるのは誰の目にも明らかだった。

 順慶は目を瞑り、口を閉ざして思案に耽る。

 そうして一時間、二時間、三時間と時が流れて行き日が沈み始めた頃、ようやく口を開く。


「よかろう」

「では……」


 大切にしてやってくれ。

 その言葉を遮るように順慶は言う。


「だがそれは要らん。近くにあれば貴様の顔がちらついてうっかり叩き割ってしまいそうだからな。

貴様に恨み辛みはあれど、平蜘蛛に恨み辛みはない。それほどの名物が私の一時の激情で失われるのは惜しい。

だからそれは持って帰れ――そしてその代わりに別の条件を提示させてもらう」


「何かね?」

「左近を貴様の傍に置いてもらう」

「それで和議を結んでくれるのならば是非もない」


 順慶が左近に視線を向ける。


「これより弾正の下に就き、奴を見極めよ。そして信が置けぬと判断すれば即座に斬り捨てよ」

「承知」


 こうして松永と筒井の和議は成立した。

 久秀は安堵に胸を撫で下ろし、自らの偽装を解除した。

 和議が成立し、カールに協力してくれるのなら真実の姿を明かしておくべきと判断したのだ。


「………………は?」

「これが私の本当の姿です。男の姿を取っていた理由は察しがつきましょう?」


 女より男の方が統治の上で都合が良いからだ。

 話すべきことも話したし、仕事もあるから帰ろうと立ち上がる久秀に順慶が待ったをかける。


「最後に一つ聞かせろ。何故、そこまで殿下に尽くす?」


 自らの命や平蜘蛛を差し出してまで尽くすに値する男なのか。

 順慶の問いに久秀は迷いなく頷いた。


「あの御方こそ、私にとっての光」

「……そう、か」

久秀は停滞を打ち破り時計の針を未来へ進めようとしているカールに深い恩義と愛情を抱いているので

カールが勝利する可能性を少しでも上げるために命を捨てる決断をしました。

ちなみに久秀は筒井との密約をカールには報告してません。

打算ありきで関係が始まったとしてもカールは情の人間なので

肌を重ねた女が死ぬとなれば筒井を受け入れられないかもしれないと判断したからです。

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[良い点] とても好きな流れです またこの作品の続きが読めて嬉しい ありがとうございます
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