帰省①
1.臨時休業
「…………殺すぞ」
誰に向けたのか自分でも分からない悪態を吐きながら身体を起こす。
普段はそうそう疲れることもない俺の身体だが、少々はしゃぎ過ぎたのか鉛のように重い。
アーデルハイドと日付が変わるまで楽しんだ後、
部屋に帰って庵に可愛い拗ね方をされたもんだから……ねえ?
でもあかん、マジでしんどい。
(いや、鍛えてるからこの程度で済んだのかもな)
アーデルハイドも別れる時には死んだように動かなかったし隣で寝てる庵もそう。
微かに聞こえる寝息がなきゃ、病院に直行するレベルの消耗っぷりだ。
(自重、するべきなのかなあ)
だが俺が頑張ったの、二人に求められてだからな。
(男冥利に尽きるけど……でもまあ、良いのか?)
一応、庵の身体を調べてみたが気の巡りはむしろ良好っぽいし。
確かに重い疲労はあるが後々まで身体を蝕むものならば直ぐに分かるしな。
今、庵の身体に蓄積された疲労は良い疲労だ。
次、より逞しく立ち上がるために必要な疲ろ――待てよ。
(ひょっとして……いや、ねーな)
頭を振り脳裏に浮かんだアホな仮説を追い払う。
(とりあえず、下に行くかあ)
庵を起こさないよう部屋を出て一階店舗へ。
エアコンの電源を入れてから顔を洗って歯を磨く。
「……もう昼過ぎかあ」
時刻は午後二時半。
何時もより遅めの起床時間になっちまったな。
「んー、今から飯作るよりも伯父さん来るのを待って作ってもらった方が……およ?」
ふと、カウンターに白い何かが見えた。
近くまで寄って確認すると、それは俺宛の書き置きだった。
「伯父さん、来てたのか」
カールへ、と書かれた封筒を破り中を検める。
「ぉぉぅ……これは……」
何でも、昨日夜遅くに速達の手紙が届いたらしい。
そこには若い時分に世話になった師匠の訃報が記されていた。
葬儀への出席、そして急死だったので師匠の店を手伝うことになるかもしれない。
なので最低、一週間は帰って来られないという。
もっと長引きそうなら、改めて連絡をするとのこと。
「今月は営業日、少なくなるなあ」
伯父さんもそこらは気にしてるらしく、
臨時休業を詫びる貼り紙を書いて表に出して欲しいと俺に頼んでいる。
だがまあ、こればっかりはあ。しょうがないよ。
冠婚葬祭はね、しっかりせにゃならん。
特にそれが恩人の死に関わるものなら義理は通さんと。
「どうするかねえ」
伯父さんに頼まれたことは無論、やっておくつもりだ。
だが、その後が問題だ。
降って湧いた突然の休暇、それも一週間。
いや、つい昨日まで一週間無休で働いてたけどさ。
でもあれ本業じゃねえし、アルバイトみたいなもんだしあれ。
ようやっと本業復帰だと気合入れてたから……少し、戸惑っている。
「んー……」
生活費は別に問題ない。
伯父さんは念のためにと自分の通帳とか置いてってくれたみたいだがな。
これに手をつけずとも俺と庵の生活費ぐらいどうとでも出来る。
ジャーシンで散財したが、貯金は底を尽いたわけではない。
それに、臨時収入も入ってるだろうしな。
「兄様、どうかされたのですか?」
「庵か……もしかして起こしちまった?」
「いえ……単に喉が渇いて目が覚めただけですので……それより……」
「ん? ああ、実はな」
庵にも無関係な話じゃないし説明するべきだろう……あ、シャルにもか。
シャルの奴にも後で伝えておかんとな。
「つーわけで、朝一でディジマの方に行って一週間は帰って来ないのよ」
ディジマは帝国の東端にある大きな港町で、伯父さんの師匠はそこで食堂をやってたそうだ。
伯父さんに料理を教えた人だし、さぞ美味い飯を作ったんだろうなあ。
「……ディジマ、ですか」
「何かあるのか?」
「いえ、こちらの大陸で初めて足を踏み入れた街ですから」
ああ、そういやあそこは葦原と多少交流があるみたいなことを聞いた覚えがある。
密貿易なんだが、限定貿易なのかは知らんがな。
「と言っても直ぐに帝都へ向けて出発したので大した思い出はありませんが」
…………麗らかな昼下がりなのに、重いなあ。
「そ、そうか……それより、どうしようか。一週間、暇になっちまったけど」
「どうするも何も」
「?」
「人が死んでいるので決して喜ばしいものではありませんが、これも何かの機会でしょう。
一度は郷里の御父上に顔を見せるとかそういうことは考えていないのですか?」
え? あ、あー……里帰りか。
いやうん、全然考えてなかったわ。
「兄様……前にもちらっと話題に出したのに……」
呆れた目をされた。
ああでも、そういや前も里帰り云々言ってたっけな。
「孝行したい時に親はなし。兄様はもう少し……」
「ごめん、君が言うとすっごく重いから止めて」
いたたまれなくなるし、俺が駄目な子供みたいじゃないか。
「駄目な子供なのでは?」
「いや、自慢の息子だよ」
どこのあたりが?
と質問されたら返答に窮するけど良い息子だよ、俺は。
「でも、そうだな。里帰りも悪くないか」
親父の顔はともかく、久しぶりにダチの顔が見たい。
ティーツとは既に再会してっけど、他は全然だもん。
アイツらの動向も知りたいし、いっぺん帰ってみるかねえ。
「じゃあ、一緒に帰るか」
「え!? あ、は、はい!!」
少し驚いた顔をしたかと思うと、パァっと花が咲いたような笑みを浮かべる庵。
これは……あれか。ご両親にご挨拶を、的なアレ。
いや、単純に庵一人を帝都に残すのが心配なだけだったんだがな。
「あの、兄様の故郷はどの辺りにあるのですか?」
「ヘルムントって街なんだが……」
帝都から見れば北東、に位置すんのかな?
特に名産、名所があるわけでもない普通の街だ。
ほどほどに田舎だが、ほどほどに栄えてて、小さくはないが大きくもない。
我が故郷ながらぶっちゃけ微妙な街だと思う。
「帰っても暇するだけだし、何かもう帰る気失せるな。やっぱ帝都に残……」
「兄様」
「はい、ごめんなさい」
しゃあねえなあ。
だが、庵を連れてくとなるとハブはいかんなハブは。
首から提げた紫水晶を手に取り、念を送る。
俺に魔法は使えないが、俺の念を感知し刻まれた魔法が起動する……らしい。
これを使えば何処に居てもアンヘルとアーデルハイドに連絡が取れる。
ジャーシンから帰って来た後にアップデートしてもらったのだ。
’カールくん、どうしたの?’
’ベルンシュタインさん、何かあったのですか?’
お、繋がったな。
「ああ、ちょっと話したいことがあってな。今暇? 暇なら店に来て欲し――――」
い、と言い切るよりも早く二人が転移で出現する。
レスポンス早過ぎだろコイツら。どんだけ俺が好きなんだ。
「それで、話って?」
「いや実はね」
伯父さんが師匠の訃報を聞いて一週間は店を閉めること。
暇になったから里帰りをすること。
それを伝え、良ければ一緒に来ないかと誘いをかけてみたのだが、
「行く。絶対行く。親が危篤でも行くよ」
「兄弟姉妹が死んでいたとしても予定を空けます」
いや、そこは身内を優先してやれよ。可哀想だろ。
だがまあ、すんごい乗り気だなコイツら。
理由は庵と同じなんだろうけど……参ったな。
(…………何か恥ずかしくなってきた)
三人にうちの親父を紹介して良いのか?
良い親父だけど、アホ親父でもあるんだよな。
デリカシーないこと平気で言っちゃうし……やれやれ、紳士の俺を見習って欲しいもんだ。
(でも、今更なしなんて言えやしないし……はあ)
しゃーないか。
「それで、何時行くの? 今直ぐにでも行けるけど」
「ああ、待て待て。まだお詫びの貼り紙も書いてないし、シャルにも伝えてないんだ」
この前のめりっぷりが怖い。
「シャルさん? そっちには私から伝えておこうか?」
「良いの? じゃあ頼むわ」
俺って未だにシャルがどこに住んでるかも知らんのだよな。連絡先も同じ。
今日も店に来るのを待ってから伝えようと思ってたから助かるわ。
「ああそうだ。ついでに、シャルも一緒に来るか聞いてみてくれよ」
「ん、ちょっと待ってね」
目を閉じ、黙り込むアンヘル。
多分、念話を送っているのだろう。
「ストー……んん! 用事が”出来た”から一緒には行けないって」
「了解」
それなら、後は貼り紙書いて準備するだけだな。
でも今の時間からだと列車があるか微妙だな。
まあ、それならそれで行けるとこまで行って途中で一泊すりゃ良いか。
「すまん、誰か紙と書く物を頼む」
アーデルハイドが頷くや、テーブルの上に紙とペンが出現する。
貼り紙にするには丁度良いサイズだ。
「えーっと、勝手ながら店主不在により少しの間臨時休業致しますので……」
とりあえずは一週間。
一週間経っても伯父さんが帰って来ないなら……その時は俺が店開けるかな。
この店の売りである料理は何時もよりランクの下がるものしか出せんが、
酒に関してはこないだ仕入れ終わったばかりだし店をやれないことはないだろう。
「庵、俺はこれ表に貼って来るからお前は先に上で準備しとけ」
「分かりました」
「アンヘルとアーデルハイド……は大丈夫か」
手ぶらで旅行に行っても問題ないからな。
着替えは家から取り寄せられるし、何なら旅行先で一時帰宅だってできる。
「はい。ですので、それは私が表に貼っておきますね」
「いや良い。これは伯父さんに頼まれたことだからな」
扉を開けるとむわっとした空気が俺の身体を包み込む。
顔を顰めつつ分かり易いところに貼り紙をペタリ。
「……すんませんね、ホント」
これを見るであろうお客さんに向け、頭を下げる。
何というか、俺も少しは客商売ってものの心構えが出来てきたのかな。
(伯父さんはそりゃ確かにコミュ障だけどさ)
そこにある誠意は本物だ。
少しはその背を見て学べたと思いたいものだ。
(……そう考えると、帰省するのは丁度良かったのかもな)
親父は伯父さんの助けになればと考えていたのだと思う。
だが同時に、伯父さんから学ぶことも期待してたんじゃねえかな。
もしそうなら、立派になった息子を見せてやらなきゃなあ。
「なーんてな」
さっさと俺も支度を整えよう。
二階に上がると庵は鼻歌交じりに鞄に荷物を詰めていた。
こないだのバカンスのために買った旅行鞄、気に入ってるようで何よりだ。
(…………後ろから抱き着いて思いっ切りセクハラしてえな)
いや、我慢だ我慢。
雑念を振り払い俺も旅行鞄に着替えを詰めていく。
実家にも服はあるが、
(多分、もう入らないだろうしな)
美味い物食ってるのと、日課の鍛錬以外にも時たま激しく鍛えていたせいだろう。
身長も体重も増えてやがる。
サイズが自動的に調整されるアンヘル謹製のコスプレはともかく、
普段着とかは結構買い換えてるんだぜ俺。
「ん? これは……」
箪笥の中から黒光りするブツを発見する。
以前デリヘル明美にカチコミをかける際に使った拳銃だ。
いや、正確には拳銃っぽいもの……か。
(何せこれ、分類的にゃアーティファクトだし)
詳しい説明もしてくれたが殆ど覚えてない。
覚えてるのは刻み込まれた複数の術式が、
銃から弾丸が発射されるまでの過程を全て代用しているということぐらいだ。
(でも結局、本命には使わなかったんだよな)
元は凶衛を確実に仕留めるため、一番手に馴染む武器を。
そう考えて求めたのがコイツだった。
いや、最初は無い物強請りで期待なんかしてなかったんだけどな。
アンヘルがどうしてもって言うから知る限りの情報吐いて、そしたらガチで作ってくるんだもん。
まあ結果だけを見れば、コイツは必要なかったんだがな。
(でもそうか、何か見かけねえなと思ったら箪笥の奥に放り込んでたのか……)
しげしげと手元の拳銃を見やる。
特に手入れはしていないのに、今からでも問題なく使用できそうだ。
(しっかし不思議だな)
現代のレベルに近い銃器ならともかく、その前段階。
マスケット銃とかそういうアレが造られててもおかしくはないと思うんだがな。
食事やセックスなんかの本能に根付いたものに関係する文化は発達が著しい。
もっと美味い飯を、もっと充実した気持ちの良い性生活を。
誰に言われるでもなく突き詰めちまうのが人間って生き物なのだ。
だからこそ、不思議に思う。
食事やセックスと同じく本能に根付いた闘争。
それは必ず”より楽に”人を殺せる物を求めるはずだ。
魔法で代用してるとはいえ列車や家電なんかもあるんだぜ?
マスケットの一丁や二丁、技術的には造れると思うんだがな。
実際、この拳銃も時間さえあればアーティファクトにする必要はなかったみたいだし。
「兄様、何をボーっとしているんですか?」
「ああすまん、何でもないよ」
何となく疑問に思っただけで、答えを欲してるわけでもない。
浮かんでいた疑問を蹴り飛ばし荷造りを再開する。
(仕舞いっぱなしも悪いし、偶には使ってやらんとなあ)
…………特に用途は思い浮かばないけど。