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復讐を果たして死んだけど転生したので今度こそ幸せになる  作者: クロッチ
第一部 上京物語

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日常①

1.カールの日常(昼)


「う、くっ……ハッ……!」


 喘ぐような声が漏れる。


「ぉ、おぉおおおお」


 身体の芯から熱が帯びていく。


「あ、あ、あ」


 多幸感が全身に染み渡っていく。


「ふ、ふへへへへへ」


 だらりと口の端から涎が零れ落ちる。


「やっぱ効くぜぇ……! 俺はコイツをキメなきゃやる気が出ねえんだ……!!」

「何を薬物中毒者みたいなことを言っているのです兄様」


 やっぱ蜂蜜牛乳は最高やな!!

 俺の朝――つっても、時間的にはもう昼だが、は一杯の蜂蜜牛乳から始まるのだ。


「牛乳で薄めず直接ハチミツをキメるのも良いんだが……刺激が強過ぎてな」

「ハチミツを違法薬物のように言わないでください」


 じと目で俺を見る庵、おいおい、朝から興奮させてどうするつもりだい?


「べ、別にそういう意図はありません! その……そういうのは日が落ちてから……」

「まったく可愛い奴め」


 ぐしぐしと頭を撫でてやると庵は猫のように目を細め俺に寄りかかってきた。


 凶衛をぶち殺してから数日、庵は俺と同じ屋根の下で暮らしていた。

 誰彼構わず手を差し伸べてやるような度量は俺にはない。

 だが流石に自分の女をスラムで寝泊りさせるほど、俺も腐っちゃいない。

 当初は貰ってる給料でアパートでも借りてそこに住まわせようと思ったのだが、


『に、兄様と一緒ではいけませんか?』


 なんて上目遣いで言われちゃね、ロリコンとしてはね。

 もう即日、伯父さんにゲザりましたよ。

 そりゃもう綺麗な土下座で屋根裏に住まわせちゃくれねえかと懇願。

 何なら家賃も払いますと言ったのだが、


『…………分かった、家賃なんぞいらん……お前の……甥っ子の、頼みだからな』


 あっさり承諾。

 俺が甥っ子だからってのもあるんだろうが、この流され易さ。

 改めて俺がしっかりしなきゃと思わせられたよ。


 だがまあ、タダで住まわせてもらうというのは庵としても心苦しかったのだろう。

 せめて下女として店のお手伝いをさせて欲しいと願い出た。

 伯父さん、これもあっさり承諾。

 普通に給料を払おうとしたのだが、それじゃ御恩返しの意味がないとひと悶着。

 最終的には俺が小遣いという形で庵に少しばかりの金銭を渡すことで合意。

 晴れて庵はバーレスクの看板娘となったのだ。


「それにしても……」

「あん?」

「兄様が蜂蜜牛乳なんて可愛いらしいものが好きなのは……何というか……」

「あー……まあ、自覚はしてるよ」


 蜂蜜牛乳なんて子供か女が飲むようなイメージあるもんな。

 だがまあ、好きなもんは好きなんだからしょうがない。

 多分あれだ、ガキの頃からずーっと飲んでたからな。

 蜂蜜牛乳なしじゃ生きられないよう調教されちまったのさ。


「子供の頃から、というのは兄様の母様が?」

「いや、親父だよ。お袋は俺が生まれて直ぐに逝っちまったからな」


 産後の肥立ちが悪かったとか何とか。

 元々身体の強い人ではなかったそうで出産が負担になったのだろう。


「あ……その、ごめんなさい」

「良いよ良いよ。死んだつっても、逝き方が逝き方だったからな」


 こう、切ない思い出に出来ないんだよ。


「それはどういう……」


 あ、これ私死ぬわ。

 そう悟ったらしいお袋は親父や親しい友人を病室に集めた。

 その中には当然、俺もいてその時の光景はよく覚えている。


「お袋な、いきなりベッドの上で立ち上がったこう叫んだんだよ」


 我が生涯に一片の悔いなし!

 拳を掲げてそう宣言し、お袋は死んだ。

 全員ぽかーん、だよ。え、何これ? ってな。

 良い顔で昇天したお袋の姿を見つめる俺たちはさぞや滑稽だっただろう。


「こう、全員悲しむタイミングを逸したって言うか」

「それは……また、何と言いますか……」

「反応に困るだろ?」


 普通にネタとして話せる程度には俺も親父もお袋の死を引き摺っていない。

 あれは狙ってやったのかどうなのか。

 親父の予想だと九割方素らしいがな。

 曰く、死ぬなら何か最後に面白いことやっておきたかったんだろうとのこと。


 ぼくのおかあさんはげいにんかなにかだったのかな?


「話戻すけど……いや、別にもうどうでも良いか」

「いや良くないです。父様との心温まるお話があるのでしょう?」

「心温まる、ねえ」


 手に持った蜂蜜牛乳に視線を落とす。


 妻に先立たれ男で一つで子供を育てなくてはならなくなった父親。

 料理なんかもロクに出来ず、それでも子供の喜ぶ顔が見たくて。

 そんな一心で作ったのが蜂蜜牛乳だった。

 とかそういう感じのエピソードを庵は期待してるんだろう。


「ないんだな、これが」

「ないんですか?!」

「うん」


 そもそも親父、大工ぞ大工。

 家作れんだから料理だって作れるさ。

 男だから多少雑ではあるが、普通に食えるもん作ってたぞ昔から。


「蜂蜜牛乳も、普通に親父自身が好きだから作ってたってだけだもん」

「え、ええ……で、では、兄様の母様が父様に……」

「親父がお袋からよく作ってもらってたとかそういうあれ? ないない」


 何なら蜂蜜牛乳好きになった切っ掛け、元カノだからな。

 元カノが何となしに作ってくれたのにハマったらしいぜ。


「……」

「現実なんてそんなもんだ」


 カップに残っていた蜂蜜牛乳を一気に飲み干す。

 空きっ腹がかなり刺激されたが、朝の日課がまだだからな。


「おー、今日も良い天気だ」


 店の外に出ると眩い太陽が俺と庵を照らしてくれた。


「庵、これ」

「分かりました」


 脱いだシャツを庵に預け、軽く準備運動をしてから型稽古に入る。

 ここ一ヶ月はジャッカルと毎日のようにやり合っていたからだろう。

 動きが随分と鋭くなったように思う。


「フッ! ハッ! セリャッ!」


 今回が特別だっただけで、もう俺が戦うようなことはあるまい。

 それでも、この朝稽古だけは止められそうになかった。

 習慣ってホント怖いよなあ。


「……兄様」

「ん?」

「兄様は、どうしてその強さを利用して生計を立てようと思わなかったのですか?」

「いや、一度は考えたぜ? 冒険者としてやってこうかってな」

「では何故?」


 親父に言ったことをそのまま庵にも告げると、


「……」


 白い目を向けられた。


「だってオラ、楽してズルしてサクセスしてえから……」


 そりゃ冒険者として普通に食ってける程度にはなれるかもだぜ?

 だがそれだけだ。栄光を掴むには程遠い。

 安心安全にのし上がれるような保証がないなら……ねえ?


「兄様は、もう十分お強いでしょうに」


 まあ、うん。

 俺もね、天覧試合で優勝して思ったよ。

 あれ? これ、俺が思う以上に俺って強いんじゃね? って。

 木葉とやった時はエンタメ重視で実は大した選手いねえのかなと思ったさ。

 だが、新聞やらテレビで俺の強さが語られてるのを見て考え直したのよ。

 俺自身は冒険者になっても中堅どこでうろちょろするぐらいが関の山と思ってたが、

 そこそこ名のある冒険者にはなれるんじゃねえかってな。


 でもなあ、


「庵は俺を強いって言うけどさ。戦績で言えば負けの方が多いんだぜ?」


 ジジイ然り、ジャッカル然り。

 ボコられまくった記憶しかねえや。

 つーか、俺の認識が間違っていたとすればあのジジイ……かなり強いんじゃねえのか?

 もしそうなら俺の認識が狂ったの、あのジジイのせいじゃん。

 くたばりかけのジジイに日々ボコられまくって誰が思い上がれるんだっつの。


「そう、なのですか?」

「おう」


 まあ認識が改まったとしてもやっぱり冒険者やる気はねえがな。

 名のある冒険者になれたとしても、そいつは歴史に名を残すほどではないだろう。

 拳帝のように伝説となるには、やっぱりカースだよカース。チートがなきゃね。


「つーか何だよ急に?」

「……」


 さっと目を逸らす庵。

 どことなく不安げな表情を見て、俺は何となくその気持ちを察した。


「俺が帝都を出てそういう道に行くんじゃないかって不安になったのか」

「それは……」


 庵の目に映る俺の力は、

 酒場の店員なんぞをやるよりもよっぽど栄えある道を進めるものに思えたのだろう。

 それで不安になったのだ。俺が離れて行ってしまうかも、と。

 一緒に着いて来れば良いじゃんとは思うが、

 この子のことだから足手纏いになりたくないとか考えてんだろう。


「安心しろ。俺はどこにも行きゃしないよ。

今の生活を気に入ってるし、自分の女をほっぽってでもやりたいことなんざありゃしない」


「兄様……」

「もし仮にそういうことがあったとしても庵を手放す気はないよ」


 アンヘルも、とは言わない。

 流石にこの場面で他の名前は口には出来んです、はい。


「だから安心しろ……ットラァ!!」


 シメの殺戮刃を放ち、朝稽古を終える。

 軽く柔軟をして、さあ飯でも食うかってところで丁度良く伯父さんが出勤。

 俺と庵でも軽いものは作れるが、どうせ食べるなら美味い食事の方が良いもんな。


「おはよ、伯父さん」

「おはようございます、ラインハルトさん」

「ああ……おはよう……今日も、元気そうで何よりだ。食事は、これからか?」

「うん、期待して良い?」

「フッ……任せろ。リクエストはあるか?」


 ハンバーガー、ハンバーガーが食べたい。

 チーズとかトマトとかガン乗せしたボリュームたっぷりのハンバーガー。

 あとポテト、フライドポテトも忘れないで。

 ああ、ポテトはストレートカットね、これ大事。


「何て注文が多いのでしょう」

「そういう庵はリクエストないのかよ」

「私は、特には。ラインハルトさんの作るお食事はどれも美味しいので」


 それは同感。


「ハンバーガーにポテト……だな……分かった。庵も、遠慮は、しないで良いんだぞ……」

「あ、ありがとうございます」


 三人で店に戻り、伯父さんは厨房、俺と庵はカウンターに。

 ピッチャーから注いだ水を流し込みながら新聞に目を通す。


「あ、これ……兄様、兄様これ!」


 庵が隅の方に書かれている新たな孤児院の設立の記事を指差す。

 場所はスラムの近辺だそうで……ああ、そうか。俺の願いを聞いてくれたんだな。

 天覧試合の賞金で孤児院を建てること自体は容易いだろう、

 だがそれを維持していくとなれば話は変わってくる。

 だから、そう期待していたわけでもないのだが陛下はキッチリと願いを聞き届けてくれたようだ。


「良かったな、庵」

「……はい」


 自分だけスラムを抜け出したことに内心罪悪感を抱いていたのは俺も気付いていた。

 ただ、こればっかりは自分の中で折り合いをつけるしかない。

 なので俺も特に言及するつもりはなかったのだが……これは嬉しいサプライズだ。


「……カール」

「どしたん?」

「その……お前、野球の経験はあるか……?」


 ぺったらぺったらハンバーグを捏ねてる伯父さんから突然の話題。

 異世界で野球? 俺も最初は驚いた。

 だがまあ、異世界でも人間は人間。

 同じスポーツが生まれるのも、そう珍しいことではないのだろう。

 まあそれはともかく野球の経験ねえ。


「ないよ」


 郷里の幼馴染はどいつもこいつも血の気が多い奴ばっかだからな。

 中には人斬りになった奴もいるぐらいだぜ。

 そんな連中とつるんでたもんだから健全なスポーツとか縁がなかったんだよなあ。


「……そうか」

「うん。でもどうしたの急に?」

「いや……その、町内会対抗の草野球大会があってな……」


 ああ、誘われたのか。

 伯父さん、ガタイ良いもんな。見るからにスポーツ出来ますって感じだもん。


「これまでは断ってきたんだが……今年は、うちの町内会の主力が腰をやってしまって……」

「断り切れなかったと」

「ああ……それでお前に代打を頼めないかと思ったんだが……」

「良いよ。俺が伯父さんの代わりに出場する」

「…………良いのか?」

「うん、まあ活躍出来るかどうかは別だけどね」


 ただ、乱闘になった場合は任せてくれ。

 自慢じゃないが俺は素人相手でも容赦なくイキれるタイプの人間だからな。

 まとめてボッコボコにしてやんよ。


「本当に自慢じゃないんですけど。何堂々と恥ずかしいこと言ってるんですか」

「乱闘とか……そ、そういうことは……多分、ないから……」


 そう? じゃあ、普通に頑張るよ。


「た、頼む……っと……庵、頼んでいたものは……」

「あ、はい。私が知る限りのことは。少々お待ちください」


 ぱたぱたと二階に上がっていく。

 はて、伯父さんは庵に一体何を頼んだのだろうか?


「……葦原の、食文化についてな……」

「ああ、そういう」


 鎖国しててあんま情報流れてこねえからな。

 国を飛び出し国外で生活する葦原の人間がいないわけでもないが……。


(伯父さんにはハードルたけえよなあ)


 そういう人らにわざわざレシピを聞きに行くコミュ能力を伯父さんに期待するのは酷だろう。

 ああでも、前より成長はしてるんだぜ?

 俺の女という前提があるにしろ庵にちゃんと聞くことが出来たわけだし。

 俺やシャルロットの存在は良い方向に働いている――と、そう信じたいものだ。


(今度親父が帝都に来たらきっとおどろ……ん?)


 キョロキョロと周囲を見渡す。

 当然のことながら、俺の想像する人物はどこにもいない。


「? どうした……カール……」

「ああいや、何でもない」


 またアンヘルの匂いがしたのだ。

 うーむ、やっぱり欲求不満なのかな。

 最近アンヘルとイチャついてねえからなあ。

 いや庵ともイチャイチャしてるけどさ、アンヘルはまた別腹って言うの?

 どっちが本命とかそういうのじゃないんだよ?

 庵には庵の、アンヘルにはアンヘルの良さがある。

 それぞれが違う俺の心のツボを十六連射してるんだ。


 ああ、アンヘルのこと考えてたらムラムラしてきた。

 いやだが我慢だ我慢。これがアンヘル欠乏症なのだとすれば、


(クフフ……今夜、今夜だからな)




2.カールの日常(夜)


「だからね、分かるでしょ?」

〈私は悪くないの! 悪くないわよね!?〉


「分かるわ。アンタ、全然悪くないもの。悪いのは男の方よ。

空気を読めよ、なんて台詞典型的なBのそれじゃない。身勝手すぎるわ」


 夜、俺はウエイターの仕事をシャルと庵に任せ客の愚痴に付き合っていた。

 今日の御相手はローラさん(アラサー)である。

 ローラさんはバリキャリで本人の気質的にも隙を見せたくないのか常日頃気を張っているせいで、

 酒が入ると我慢していたものがドッと噴き出して愚痴っぽくなるのだ。

 この店で静かに飲むことが密かな楽しみの一つだったらしいが、

 やたらうるせえ声が聞こえてたから話を聞いてみたら……すっかり饒舌になってしまった。


「あの……兄様はどうして、女性のような口調で?」

「何か相手によってああなるらしいよ。本人曰く、カールDXモードだとか」

「意味が分かりません」

「私も」


 にしてもローラさん、アンタ、ホントロクな男と付き合ってないわね。

 アンタならもっと良い男見つけられるんじゃないの?


「ホント? ホントにそう思う?」

〈その通りかもだけど、アイツには私しかいないし〉


 めんどくさい子ねえ。

 典型的な仕事ができる女がダメな男にハマるタイプじゃないのよ。

 でもまあ良いわ、アンタの自由だもの。

 あたしが背中を押してあげる。


「そうよ! でもまあ、アンタが離れちゃったらその男が可哀想ではあるけどね」


「アンタみたいなお人好しじゃないと面倒見切れないわよ、そんな馬鹿男」


 そう言ってやるとローラさんは表面上は億劫そうな表情になるが、

 あたしはしっかり見たわよ、アンタの口元が緩んでるの。

 これじゃどっちが入れ込んでるんだから分からないわね。男の方も大変だわ。


「今はお酒と一緒に飲み込んじゃいなさいな。女の度量ってもんを見せ付けてあげれば良いのよ」

「女の度量……」

「そう、それであっちが態度を改めるなら良し。そうじゃなきゃ……その時考えれば良いわ」

「そうね……そうよね」

「そうよ」


 吹っ切れたのだろう。

 ローラさんは晴れ晴れとした笑顔でこちらにグラスを差し出してきた。

 あたしもそれに応じるようにグラスを手に取り、軽く口付けるように互いのグラスを打ち鳴らした。


「乾杯」

「何に?」

「馬鹿な男と、それを見捨てられない馬鹿な女に」

「もう、カールちゃんったら」


 それからしばしの間、お酒に付き合ってから退席。

 カールDXモードを解除する。

 何かノリでカールDXモードとか名付けちゃったけど、これ案外楽しいんだよな。

 使える客が限られてるから多用はできないけど……いやだからこそ、か。


「お疲れ様、カール」

「おーう。そっちも悪いな、仕事代わってもらって」


 本来は最初にパパっと注文持ってったら、

 後はテキトーにお喋りしてても問題はないぐらいに暇なのだ。

 しかし、どうもここ数日客が増えてるんだよな。

 劇的に! ってわけじゃないけど、ちらほらご新規さんが。

 この春上京してきた連中がって感じではなさそうだし……何なんだろう?


「兄様目当てなのでは?」

「は? 俺? いや確かに俺は帝都イケメンコンテストが開かれたらトップ3入りは間違いないだろうけど……」


 流石の俺も優勝間違いなし、と言えるほど自意識過剰ではないのだ。

 そんな俺の謙虚さに感心するかと思いきや庵とシャルはアホを見るような目をこちらに向けていた。


「話の流れからしてどう考えても天覧試合でしょ」

「はぁ? 何言ってんだお前」


 カール・ベルンシュタインとしてではなく、

 謎の詩人仮面として出場したんだからバレるわけないだろ常識的に考えて。

 今度はこちらが呆れたようにシャルを見つめることとなった。


「あの仮面で隠れてるのって鼻のあたりからオデコぐらいまでじゃん。

声だって変えてるわけじゃないしさ。探そうと思えば探せなくはないでしょ」


 ば、馬鹿な……パーフェクトな俺の変装がバレバレだったとでも?

 いやだが待て、おかしいだろ。


「だ、だってルパレンはバレてなかったし……」


「るぱれん? よく分かんないけど、あのマスクでも華美な衣装とか着てたら話はまた違うわよ?

そっちにも目が行って注意が分散されるし、素の部分がぼやけるからね。

でもカール普通だったじゃん。白のシャツと黒のパンツってすごくラフな私服だし印象に残らないでしょ」


 ふ、服か……服か……!

 俺に足りなかったのは服か!

 仮面だけで良いやとケチったのが間違いだったか!


「お前、天才かよ……」

「いえ、あの、シャルさんが天才なのではなく兄様が深刻な馬鹿なのではないでしょうか?」


 深刻な馬鹿!?


「あ、でも待てよ。俺目当てな割に全然そっち関係の話、振られねえぞ」


 後、正体バレてるってんならもっと客が来ても良いのでは?

 いや、あんまりうるさくなるようなら全員蹴り飛ばしてお帰り願うつもりだがな。

 当店は常連さんのお陰でやって来れたのだから当然である。

 そんな常連さんを困らせるような真似をする奴は、そらもう即殺戮刃よ。


「兄様が怖いからでは?」

「は? 俺が怖い? こんな愛想の良い男が?」

「いや、確かに愛想は良いですけど……」

「決勝であんな真似をした男に気兼ねなく話しかけられる人間は稀だと思うよ」


 ……? あ、あー、はいはい。そういうことか。

 確かによく考えたら心バッキバキに圧し折るためえぐい真似した挙句、

 最後は丸焼きにして一握の灰も残さすこの世から消し去ってやったからな。

 うん、普通に危ない奴だわ。俺だったら絶対関わり合いになりたくねえよ。


「ああでも、天覧試合だけが原因ってわけでもないかな」

「ん?」

「いや、前に職場で噂を聞いてね。とある酒場にとても聞き上手な青年がいる、と」


 あー……言われてみれば、ご新規さんの中にも結構話を聞いてもらいたそうな人らが結構いたな。

 何も考えずに対応して、気持ち良く帰ってもらってたが、そうか。

 そっち方面でも微妙に名が売れ出しているわけね。

 天覧試合関連で人が寄って来るよりも、ずっとずっと嬉しいや。


「私の教え子も噂を聞いてバーレスクに行こうか、なんて言ってたけど……」


 連れて来てやれば良いじゃん。

 シャルが複雑そうな表情をしている理由が分からない。

 あ、いや待てよ。


「そんな可哀想なことは流石に、ねえ。……様は……ルに夢中なわけだし……」


 そうかそうか、そういうことか。

 最近忘れがちになってたが、コイツ変装してるんだよな。

 俺は素の格好見たことないからすっかり忘れてたよ。

 ”キャラじゃない”格好してる姿を知り合いには見られたくなかろうさ。

 バレる可能性だってあるし、そりゃあ避けたいわ。


「だが、そうか。そういうことならちょっと考えないとな」


 客が増える、売り上げが増えるのは店としては嬉しい。

 だがそれで今まで当店を支えてくださったお客様を蔑ろにしてはサービス業の名が廃る。

 この店の暗黙の了解的なものをどこかで示す必要があるな。

 手っ取り早いのは空気を読まずウェイウェイするアホがポップしてくれることなんだが……。

 そしたら問答無用で蹴り飛ばして示しをつけられる。

 夜の静寂を侵す者は俺に蹴られて地獄の底――ってな。


「はて?」

「どうしたよシャル」

「ああいや、今日はアンヘルが来ないなーって」


 ああ、それか。

 クフフ……いや、そうだな。いつもなら大体、これぐらいの時間に来てるものな。

 だがまあ、アイツだって暇じゃないんだ。

 毎日のように足を運べるわけじゃないってことだろ。


「……兄様がイヤらしい笑みを浮かべています」

「気のせいだ――っと、お客様だ。いらっしゃいませ」

「いら……うげ」


 新たに入店した赤毛のナイスミドルを見た瞬間、シャルのアホが呻き声を漏らした。

 アンヘルに続き、二人目の知り合いのようだ。

 だが少し気になるな。変装を見られた云々というよりこれは……まあ良いや。


「おいゾルタン、君、何しに来たんだよ」

「酒場に来たんだ。酒と食事を楽しみに来た以外に目的などあるまいよ」

「よく言う……まあ、追い出しはしないけど妙な真似をしたらただでは済まさないよ」

「ふむ、肝に銘じておこう。ああ君、案内を頼めるかな? 出来ればテーブル席が良いのだが」

「かしこまりました。どうぞ、こちらへ」


 空いているテーブルへゾルタン氏を案内する。

 その間も、シャルがげんなりとした視線を向けていたのだが……お前、これ客商売だぞ。

 幾ら好ましい知人じゃないからって露骨な態度は取るなっての。


「それではご注文がお決まりになられましたら、お手元のベルで……俺の顔に何か?」


 興味深そうに俺を見つめるゾルタン、

 不躾な視線というわけではないが初対面の人間にこんな視線を向けられるのはちょっと擽ったい。

 天覧試合絡みか、シャルの知り合いだからか、もしくは聞き上手な青年って噂のあれか。


「ああいや失敬。シャルから色々話を聞いていてね。

君は随分、他人の心を軽くする術に長けているとか」


 三番目だったか。

 だが見た感じ、ゾルタンから差し迫った悩みとかは感じないんだがな。

 カースがONになることもないし。


「…………相当の、ものなのだろうね。その目は」

「はあ、どうも?」


「はは、いきなりこんなことを言われても困るか。すまないね。

実は僕の教え子――ああ、二人いるんだがね?」


 教え子、教師なのかこの人?

 貴族の次は教師とはシャルの人脈って地味に謎だよな。


「どちらも相当な悩みを抱えててさ。

一人はもう解き放たれて今じゃすっかりお転婆に……いや、あれはそんな可愛いもんじゃないな」


 ぶるる、と身体を震わせるゾルタン。

 よくは分からないが随分と苦労しているようで。


「ま、まあ兎に角解決した方の教え子……ヴァイスとでも呼称しようか。

ヴァイスの方が何とかなって、僕としては長年の荷が降りたような気分なんだがもう一人。

シュヴァルツと呼称しよう。シュヴァルツの方は全然目途が立たなくってさ」


 悩ましげに溜め息を吐かれても、俺にはどうしようもない。


「こう、上手いこと心を軽くしてあげられるコツみたいなのはないかなあ?」


 俺の場合はカースだしなあ。

 だがそれは他のお客さんのためにも墓まで持っていくと決めた秘密だ。

 誰にも言うつもりはない。

 だからまあ、ちょいとぼかさせてもらおう。


「その方が何を望んでいるのか。まずはそれを知るべきではないでしょうか?」

「あの子が何を……か。ああ、やっぱり僕には無理そうだな」

「申し訳ありません」

「いや、君が謝ることではないよ。でもそうだな、もしあの子と会う機会があればこの店を勧めてみようかな」


 君ならどうにかしてくれるかもしれない、と悪戯な笑みを浮かべるゾルタン。

 話はここで終わりのようで、彼はメニューを手に取り視線を巡らせ始めていた。


「大丈夫かいカール? 奴に何かされなかった?」


 所定の位置に戻った途端、シャルが詰め寄ってきた。


「別に何もされなかったけど……何なんだお前? 流石に失礼だぞ」


 軽く話しただけだから断言はできないが、ゾルタンは悪い人間ではないと思う。

 むしろその逆、割と人間が出来てるって言うかちゃんとした大人って印象を受けた。

 俺がそう言うとシャルは溜め息と共にそれを肯定した。


「まあ確かに悪い奴じゃないし、人間が出来てるってのも頷けはするよ」

「じゃあ」

「でもね、欠点があるんだ。それも割りと深刻な」

「欠点?」


 こくりと深刻そうに頷きを返される。

 聞きたいような、聞きたくないような……いや、やっぱり聞きたい。

 こんな前振り聞かされてふーんで流せねえよ。


「奴はホモなんだ」


 いや、それだけなら別に良くない?

 同性愛を差別する気はねえぞ。本気で好きになったのなら別に問題な――――


「しかも、寝取られ好きを併発してる」


 …………聞くんじゃなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヴァイスシュヴァルツ… 後半はカードゲームしか頭の中に浮かばなくなってしまった。 [気になる点] 寝取られ好きのゲイはマイノリティオブマイノリティだから、生きづらいだろうな… 愛に殉じてい…
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