決戦に向けて②
1.それがまた興奮するんだよ
日も昇り切らぬ早朝。
雪がぱらつく庭先で俺は一人、日課の鍛錬をこなしていた。
あれから結局、数時間ぐらいしか眠れなかったが心身は充実している。
昂ぶる心が肉体を活性化させているせいだろう。
「ふっ!!」
虚空を蹴り付ける。
人の身体程度なら余裕で切り裂けるだろうが八俣遠呂智には掠り傷をつけるのが精々か。
まあ決戦ではバフ盛り盛りになるからもっと違うのだろうけど……ん?
ちかちかと首から提げた紫水晶が点滅する。アンヘルかアーデルハイドからの念話だ。
俺を気遣ってか滅多に連絡して来ないと言うのに、こんな時間にかけてくるとは何かあったのか?
「はいもしもし。噂をすれば影が差す、誰が呼んだか暴れん棒将軍カール・YA・ベルンシュタインですけど」
《寂しさ余って彼の寝床でついつい自分を慰めちゃうアンヘルだけど、朝早くにごめんね?》
このノリの良さよ。
つーか……え? マジ? 俺のベッドで一人にゃんにゃんしてるわけ?
「おいおいおい、興奮するじゃねえか。折角鎮めた朝の獣がまた牙剥いちゃうよ?」
世の中興奮することっていっぱいありますけどね。
やっぱり一番興奮するのは彼女が俺のベッドで××××してる時だよね。間違いないね。
《アンヘル! そうじゃないでしょう!!》
脳内に声が響く。アーデルハイドも一緒だったか。
ちなみに君は? 君はどうなん? 俺の居ない寂しさで……?
《そ、それは……まあ、その……はい》
「あの、出来れば俺のベッドのシーツは洗わないでくれる? 帰った時に……ね? その、ほら、ね?」
《いやでも臭うよ?》
「それがまた興奮するんだよ」
《じゃなくて!!》
アーデルハイドが再度、声を張り上げた。
やっぱり何かあったみたいだな。
《……カールさん。そちらで何か変わったことはありませんでしたか?》
「え? そっちで何かあったとかじゃなくこっち?」
《ええ。虫の知らせと言いますか……杞憂ならそれが一番なのですが……》
まあ、隠し事は出来んわな。
心配はかけさせたくはないが素直に話さないとこっち乗り込んで来ちゃう可能性もあるし。
「あったよ。昨日、八俣遠呂智の封印が破れそうになった」
電話の向こうで二人が息を呑むのが分かった。
いや電話か? これ電話ではないよな。
そんなことを考えながら俺は昨日の出来事を二人に打ち明ける。
《…………カールさんの狙いは百も承知ですが、こうなった以上は我々がそちらに行くべきなのでは?》
「ああ、それな。うん、蝦夷に向かってる途中で俺も考えはしたんだよ」
でも、駄目だ。
《どうして? カールくんは優先順位がハッキリしてる人だしここで躊躇う理由はないんじゃない?》
「よく分かってるな」
葦原のためを考えるなら八俣遠呂智との戦いは葦原の人間だけでカタをつけるべきだ。
とは言え、とは言えだ。俺にとっての最優先事項は庵の運命をぶち壊すことでありそれが出来るなら他はぶっちゃけどうでも良い。
予定が狂った以上、最善の形は望めないし二人の援軍を躊躇う理由がないってのは正にその通りだ。
「いや、俺もお前らと話してて気付いたんだけどさ」
蝦夷に向かう前は二人の援軍を視野に入れてたのに、だ。
蝦夷から帰った後は無意識の内にその選択肢を除外していたのだ。
「何でだと思う?」
《えっと……他に考えることが多過ぎて忘れていた、とか?》
アーデルハイドが自信なさげに答えるが、当然違う。
八俣遠呂智討伐が最優先なんだから二人の参戦は真っ先に考えるべき事柄だ。
それを横に置いて他のことを考えるのは間抜けにもほどがある。
《じゃあ何で? 何でカールくんは私達の参戦を除外したの?》
「それじゃ勝てないからだ」
《え》
「誤解のないように言っておくが実力不足とかそういうんじゃねえぞ?」
コイツらメイン火力も補助も両立出来る万能ユニットだもん。ソシャゲで言う人権キャラだ。
俺みたいな近接しか能のないコモンキャラとは訳が違う。
「何でかは俺にも分からない。でも多分、駄目なんだ」
八俣遠呂智と直に対面して俺は無意識に何かを感じ取ったのだろう。
んで理解したのだ。この邪神をぶち殺すためには、アンヘルとアーデルハイドを参戦させるのはまずいってな。
何かについては俺も正確な答えは分からない。一応、幾つか推測は立てられるけど……それもな。
はずれではないがあたりでもないって感じだし――いや、そこはどうでも良いか。
重要なのは俺の本能が勝利のために選択肢を除外したってこと。
「理屈を優先する魔道士にこの感覚は分からないと思うけどさ。
俺らみたいなもんにとってこういう直感は無視出来ないものなんだよ。無視したら大概、ロクでもないことになっちまう」
こればっかりはフィーリングの問題だからな。
納得してもらうのは難し――――
《分かった》
《そういう事情であれば私達も大人しくしています》
「お、おう。俺から言っといて何だが良いの?」
正直、かなりごねられると思ってたんだがな。
《そりゃ本音を言うなら今直ぐカールくんの下へ行きたいよ?》
《ですが、結局のところ私達は素人ですから》
《魔法の腕はともかく戦いという行為においては二流三流も良いとこだもん》
《大概の相手なら魔法でゴリ押せるでしょうが……今回の相手はそのような生易しいものではないのでしょう?》
だから俺の感覚を信じると二人は言う。
《でも、でもだよ? 本当に、本当にどうしようもなくなった時は……》
「分かってるよ」
無駄死に以外の未来が見えなくなったら、もうしょうがない。
速攻でケツ捲くって大陸に逃げて世界中を巻き込んでやろう。
《それと物資の支援程度は認めて頂きたいのですが》
「むしろこっちからお願いしたいぐらいだよ」
《では後でゾルタン先生にお願いしておきますね》
「……悪いね」
葦原行く前も散々酷使したのに、また酷使しちゃうのは……うん、ちょっと気が咎める。
《大丈夫大丈夫。今のゾルタン先生なら大喜びやってくれるから》
「何かあったの?」
《ちょっと、ね》
?
「まあ良いや。とりあえず八俣遠呂智関連の話はここまでにしようぜ」
久しぶりにアンヘルとアーデルハイドと話せるのだ。
どうせならもっと楽しい話がしたい。
《それは……よろしいのですか?》
忙しいんじゃないかと気を遣ってくれてるんだろうが無問題だ。
そりゃこの後、対八俣遠呂智の会議があるけどそれも数時間後だしな。
恋人とイチャイチャした方がモチベも上がるし二度寝するよかよっぽど良い。
「さしあたって俺のベッドでにゃんにゃんしてたことについて詳しく聞きたいんだが? ええ、そりゃもう微に入り細を穿った説明を求めます」
《もう……カールくんはエッチだなあ》
この後、滅茶苦茶セクハラした。
2.元気いっぱい(意味深)
「あれこれ考える前に、決戦の予定について教えておこう」
午前九時半。御所に集まった諸大名(と彼らの重臣達)との作戦会議が始まった。
「時期は年末、場所は関ヶ原だ」
「……関ヶ原? 関ヶ原ってどこだっけ?」
「確か美濃だったような……?」
何でそんな場所で? と皆が首を傾げている。
まあ、分かるよ。元日本人の俺からすれば天下分け目の大決戦が行われた場所と同じ名前だしね。
文字通り、葦原の存亡を賭けた一戦の場所としてはまあまあ……って感じだけど皆からすれば何で関ヶ原? って感じだろう。
「殿下。邪神は蝦夷に居るとの話でしたが……」
「待て待て。ちゃんと説明するから」
関ヶ原が選ばれたのにはちゃんと理由があるのだ。
「良いか? 決戦における皆の役割は露払いだ。八俣遠呂智との殺し合いは草薙を宿す俺以外には無理だからな」
ただ、その露払いの段階でもう糞ゲーなのだ。
「一緒に封印の場所に行った奴なら分かると思うが八俣遠呂智の眷属はほぼ無限だ。
封印されてるから一度に出しておける数には限りがあったが解除されたら何千何万と俺目掛けて押し寄せて来るだろう。
八俣遠呂智に比べりゃ雑魚だが、雑魚は雑魚でも不死身の雑魚だ。草薙の力なしじゃまず勝てない」
封印と大火力って手もなくはないがこちらの消費が激し過ぎる。
短期戦ならまだしも長期戦を考えれば愚策以外の何ものでもない。
「だから先の氏康戦でやったように俺の中に宿る草薙の力を共有する必要があるんだが」
その術を使えるのは幽羅――安倍晴明だけ。
晴明は数百年を生きる大陰陽師で、世界屈指の強者ではあるがコイツにも限界がある。
独力で術を展開し何十万の兵に擬似草薙の強化バフをかけようと思ったら、持続時間は精々半日。
半日でも頭おかしいレベルだが、それにしたって擬似草薙のバフだけをかけるならだ。
他にも全軍に回復を始めとする幾つものバフをかける予定だからリソースが全然足りない。
「だから重要な部分は晴明が担って他は別の術師達にって形を取るつもりなんだが、それでも足りない」
その人で埋められない部分を補うのが土地の力で補おうってわけだ。
「それには美濃が一番適している、と?」
「そういうこった」
霊的な土地ってんなら京都のが優れてるイメージあるんだけど、どうも違うみたいなんだよな。
一番上質な霊脈は不定で時と共に移り変わるものらしい。
その度に遷都するわけにはいかないから首都は変動しない中で一番上等な場所に置くんだとか。
「……で、殿下。一つよろしいでしょうか?」
「おう、言ってみ」
「決戦の地が関ヶ原になるということは……その……進路上の土地は……」
ああうん、そこも気になるよな。
「選択肢は二つだ。一つは民だけを避難させて後は放置。
封印が解けた八俣遠呂智とその眷属に土地は無茶苦茶にされるが代わりに少しでも時間を稼げる。
もう一つは封印が解ける瞬間を狙って八俣遠呂智を関ヶ原に転移させる。被害はなくなるが即、戦闘が始まっちまう。
後者で良いのでは? と思うかもしれないが、これはこれで問題がある」
軍勢を強化する手段は決戦の日取りまでには間に合わせられるらしい。
だが、俺の強化はギリギリでどっちに転ぶかは幽羅にも分からないのだとか。
だからほんの僅かでも時を稼ぎたいらしいが、それはあくまでこっちの事情だ。
八俣遠呂智の進路上にある土地を治めている者からすればそう簡単には割り切れまい。
「一応、補償はちゃんと出すつもりだが……だからって直ぐには決断出来ないよな? だから議論は後回しにする。考える時間も必要だろうしな」
「……御配慮、感謝致します」
「早急に決めなきゃいけない問題でもないからな」
ここまでで何か質問は? と問うと神経質そうな男が手を挙げる。
「その、殿下が宿す草薙を別の……あー、えっと」
「俺より強い奴に渡せないのかって? まあ出来るよ。ただ、宿主である俺が死ぬ必要があるんだよね」
俺を殺して一旦、天照に返却。
その上で庵が祝詞を挙げて再度、別の誰かに宿す必要があるんだが……。
「兄様を殺すなど私は認めません」
隣に座っていた庵が口を開く。
「兄様が死ぬのなら私もその後を追います。
仮に捕らえられて如何な拷問陵辱を受けようとも絶対に草薙は渡しません。これ以上私から何かを奪う世界など滅びてしまえば良い」
「あー……落ち着け庵。俺も死ぬつもりはないから」
庵が酷い目に遭うような未来を許容するわけないだろ。
そもそも俺が戦ってるのは庵を幸せにしたいからだしな。
「昨夜も言いましたけど今、封印を維持しとるんは庵はんの御母上や言うことお忘れなく」
少しでも正気を保つため、おっかさんは庵と繋がっている。
娘に何かあれば一瞬で封印は崩壊するだろう。
庵と幽羅の言葉で質問をした男の顔が青を通り越して白に染まり、周囲からも余計なことをと厳しい目を向けられる。
「も、申し訳ありませぬ! け、けけ決して……決してそのようなつもりでは……」
「分かってる分かってる」
そんなつもりがなかったことぐらい俺にも分かってるから頭上げろ。見てて気の毒になるから。
こんな状況で内ゲバしようとする馬鹿はそもそもこの場に居ないしな。
そういう状況の見えないカスはそもそも北条攻めに呼んでねえし。
空気を入れ替えたいので誰か質問しろと目で促すと隆元が手を挙げた。
「殿下は大陸からやって来られたわけですが……そのぅ、何か伝手のようなものは……」
「……人的資源についてはない。が、物資については期待してくれて構わない」
ゾルタンは帝国の御偉いさんだからな。
アイツがやる気を出しているってんなら物資についてはかなりの量が確保出来るだろう。
「そういう毛利殿も大陸に伝手はないので?」
「商いに関しては多少。しかし、人となると……いや、頼めば傭兵を手配するぐらいはやってくれるでしょうが」
「おれは反対だな。八俣遠呂智の存在は我ら葦原の者にとっては正しく死活問題だが大陸の人間にとっては違う」
葦原人は後がないから死に物狂いで戦うしかないが傭兵は違う。
他国の問題だし本格的にやばくなれば逃げ出すだろう。そうなればこちらの士気にも影響する。
ただの戦ならばともかく葦原存亡を賭けた戦いでそれをやられると致命に繋がりかねないという信長の言はよーく理解出来る。
士気は本当に重要だ。そこを上手いこと操ったからこそ楽に天下統一出来たわけだしな。
「加えて八俣遠呂智についての情報を知られた場合も面倒なことになる」
「それな」
俺もそこは危惧するところだ。
葦原と友好関係にある国家は帝国ぐらいで、帝国もちょっと貿易をしている程度で友好国とまでは言えない。
そんな大陸の王様達が八俣遠呂智の存在を知ったらどうなる? 良からぬことに利用するであろうことは明白だ。
何せ話で聞いただけだからな。八俣遠呂智を甘く見積もって利用出来ると勘違いする輩は確実に出て来る。
この場に居る面々も直接八俣遠呂智を見たのは俺と蝦夷に乗り込んだ連中だけだが問題はない。
帝が直接その危険性を説いたからな。危機感については心配ないだろう。
「ゆえに外から人を招くのは避けたいが、皆は如何か?」
特に反対意見はないらしい。
「そいじゃあ本格的に話を詰めて行こうか。この場では上下の区別はない。思ったことがあれば遠慮なく発言してくれ」
勝てるかどうか分からない。負ける可能性の方が高い戦いだ。
だが上等。これまでそんな戦いばかりやって来たんだ。今更ビビる理由はない。
(勝つ。絶対に、絶対にな……!!)