千両役者⑤
1.天下統一の始まり
演説の後、カールは信徒を引き連れ京に帰還した。
十万の民草を連れての道行きは楽なものではなく結構な時間はかかったが何とか昼過ぎには辿り着く。
そして彼らを晴明が臨時で誂えたお白州に連れて行き約束を果たす。
白州の場に現れた帝は自らの口で放免を言い渡し、一般の信徒らを安堵させた。
だが幹部と僧兵は別だ。前者は牢獄に、後者は幕府の預かりとなった。
下手なことをすれば即朝敵認定が下るので僧兵らも諾々と指示に従った。
まあ、事情を知らぬ僧兵らは信徒同様カールの演説に感化されていたのでむしろ望むところと言った感じだが。
やるべきことを終えたカールは最後に門徒らにこう告げた。
『力を貸してくれと言ったが、何も武器を手に戦うことだけが力を貸すということではない。
無論、そうしてくれるのもありがたいがお前達にはお前達なりの戦い方があるだろう?
無理のない範囲で構わない。未だ邪神の狗どもに騙されている各地の憐れな者らを説得して欲しいのだ。
剣や槍ではなく言葉と誠意で以って戦い、少しでも無用な犠牲が減るよう尽力してくれ』
無論、それを快く思わない者も居る。だから重ねて言うが無理のない範囲で構わない。
御優しい将軍様の御言葉に信徒達は感激し、より一層カールへの信を確かなものにしたが――甘い。
分かる者には分かる。カールの打った手は、実に悪辣極まるものだ。
まず第一に、朝敵認定が世に広まれば包囲網に参加するつもりだった勢力の名声はこれでもかと下がる。
家中も割れるだろう。民もこのままではまずいのではと不安に思うだろう。
しかし許しを乞うという選択肢がない以上、徹底抗戦以外の道はない。
来る侵攻に備えるため確実に家中の粛清は起こる。だが自領の民には手を出せない。
ただでさえ下がった名声がこれ以上下がるような真似をすれば民の離散はまず避けられないだろう。
そして民の離散は兵力の低下にも繋がる。
――――そこにカールの悪意が突き刺さるのだ。
今日放免された信徒達は地元で、他国で、カールの“お願い”通りに動くだろう。
自領の人間なら手を出すわけにもいかないし、他国の人間でも非武装の人間を始末すれば印象は悪くなる。
ならば秘密裏に始末するか? 不可能だ。一人二人ならまだしも十万以上の人間が話を広めるのだ。
性質の悪い病原菌の如く感染は広まり、話自体もドンドン膨れ上がって行くだろう。
余計なことを囀る人間を秘密裏に始末するなど出来るわけがない。
手を出しても地獄、出さなくても地獄――もうどうしようもない。時間が経てば経つほど状況は悪くなっていく。
最善は即座に兵をまとめて京に攻め入ることだが、どだい無理な話だ。
事前に分かっていたのなら手も打てただろうが、カールの大立ち回りとその後の一手は完全な不意討ち。満足な対処など出来るわけがない。
仮に京まで攻め込めたとしても京には晴明が居る。
これは単なる権力争いではない。邪神の力を使って朝廷に弓引く者との戦いだ。京の守りを侵攻してきた者らに使う名分は立つ。
仮に晴明が動かずとも幕府の常駐兵力に加え、織田軍、徳川軍、筒井軍の兵士も存在する。守りに徹すれば、まず貫けまい。
「しかしまあ、見事な奇襲だったな。おれの桶狭間が霞んでしまうではないか。んん?」
秘密のお話でお馴染みの謁見の間で腰を落ち着けるや信長がそう切り出した。
門徒に紛れ込むためのみすぼらしい変装のままだが、覇気が隠しきれていない。
よくこれで潜入出来たなと思いつつカールは答える。
「こう見えて、俺ぁ不意討ちが一番得意でね」
正確に言うと得意にならざるを得なかったのだ。
かつて美堂 螢と呼ばれていた頃の彼はカール・ベルンシュタインよりずっとずっと無力な少年だった。
怨敵は笑ってしまうほどに強大で、ちょっとやそっと射撃の腕を磨いたところでは到底届きはしなかった。
怨敵だけではなく、その取り巻きもそう。美堂螢よりもずっとずっと強かった。
それでも諦めるつもりは毛頭なくて、どうにかして刃を――否、弾丸を届かせるためありとあらゆる手段を模索した。
不意討ちもその一つだ。
「“まさかそんなことをするはずがない”――不意を打つ側から見ればこれほど利用し易い思考はねえ」
当たり前のことを言っているようだが、その“まさか”を正確に見極め最高のタイミングでそこを突くのには確かなセンスが必要だ。
美堂螢はそれを狂気とも言える執念によって身につけ、カールとなった今も尚その感覚を宿し続けている。
「まあ、顕如も敵の首魁が単身で殴り込みに来るとは思わんわな」
「ああ。奴さんも水面下で俺が何か動いているだろうと探りは入れてたが探る方向が見当違いだ」
顕如や他の勢力も当然のように諜報は行っていた。
人の動き、物の流れ、見落としがないよう念入りに調べていたが何も見つからなかった。
当然だ。仕込みと言えるのは精々、京と堺の空をスクリーンにするためのものぐらいなのだから。
そして京は幽羅のホームグラウンド。バレるわけがない。
堺に関してもそう。幽羅単独でせこせこやっていたのだからそうそう見つかりはしない。
ぶっちゃけると今回のMVPはカールではなく幽羅だ。
「そして、おれ達にも仔細を教えなかった理由が分かったよ。
信云々の話ではない。確実に奇襲を成功させるためにやるべきことをやっただけなのだな」
「ああ。やると決めたのなら徹底的にってのが信条でね。それでもまあ……黙ってたのはすまなかった」
カールは素直に頭を下げた。
「笑わせてもらったから構わんさ」
「然り。そも大将たるものそう容易く胸の内を見せるわけにはいきますまい」
「どうせなら拙も共に大暴れしたくはありましたが、織田殿の言うように良きものを見れましたので構いませぬ」
「……思うところがないとは言いませんが、お陰で一向一揆が何とかなりそうですし感謝致します」
島津はお忍び二人旅だが信長と家康は違う。共に軍を率いて上洛して来た。
悪しき野望を滾らせるか、日和見の風見鶏を決め込んでいる中、堂々と幕府の忠臣であると世間に示したわけだ。
そんな御方が収める地で一向一揆なんて出来るわけがない。
明確に悪政を敷いているのならまだしも、真っ当に為政者をやっているのなら一揆を起こす方が悪だ。
なら家康は真っ当にやっていなかったのかと言うとそれも違う。
真っ当にやっていてもゴネて譲歩を引き出すのが一向一揆のやり方だ。
そしてそれは一概に悪というわけではない。民衆にとっては数少ない交渉手段なのだから。
とは言えそれも今後は使えない。そうするには事が大きくなり過ぎた。
一向一揆の全てが一向宗というわけではないが朝敵と戦う大義を手にした為政者相手に無茶は出来ない。
これでしばらくは家康も一揆に悩まされずに済むだろう。
「まあ、それはそれとしてです。拙から一つ申し上げたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「良いよ。何だ?」
「此度の大立ち回りを聞けば邪神の走狗に成り下がった愚か者どもはより慎重になるでしょう」
「まあな。それも俺の狙いだよ」
まさかそんなことをするはずがない。
それを裏切ってカールは敵陣に堂々と乗り込んだのだ。
一度あったことは二度、三度と疑うのは自然な流れだ。
各勢力の長はカールを警戒し奥で穴熊を決め込むか、そうでなくば戦場には出ても陣頭には立たないだろう。
だが朝敵認定されている状態でそれは悪手だ。少しでも正当性を示すため自らが陣頭に立つのが当然である。
しかし立てない。となれば率いられる側は揺らぎに揺らいで士気は更に下がるだろう。
それもまたカールの狙いの一つであった。
「一石二鳥どころか三羽も四羽も撃ち落とす手腕。見事と言わざるを得ません――が、甘い。
そうするのであれば殿下が拙らを口説き落とした“武勇伝”も衆目に広めるべきでしょう」
カールの島津攻略RTAは事前に話を聞かされていた者と、当事者ぐらいしか知りはしない。
と言うのも島津はカール襲撃の日、精鋭達には真実を伝えていたが他には漏れぬよう情報統制を敷いていたのだ。
事前に城付近の民草は避難させたし、間諜が居ないかどうかも徹底的に調べつくした。
カールを殺してしまった場合、将軍殺害という事実は島津にとって都合が悪いからだ。
先に喧嘩を売ったのがカールとは言え、他所の勢力には関係ない。嬉々として将軍に仇成したという名分を掲げ島津に攻め込むだろう。
それを嫌い義久は情報を伏せたのだ。
そしてカールも攻略が成った後、今回のことは秘密にしておくよう義久らに言い含め彼らもそれを承諾した。
ゆえに島津攻略RTAの情報は殆ど知られていないのだが、義弘はそれではいけないと言う。
「石山本願寺での立ち回りが二度目であったという方が彼奴らはより、警戒を強め深くに引き篭もりましょうぞ」
単独で敵陣に乗り込むことをどうとも思っていない胆力。イカレと評判の薩摩武士を突破する武勇。
島津での出来事を知ればより確実に敵を怯えさせることが出来る。
だからそ武勇伝を広めるべきだと言うのだが、カールの顔は渋い。
「しかしなあ……やった俺が言うのもアレだが、お前らの面子が立たんだろ」
「やはりですか。殿下は身内に対して甘過ぎる――いや、その甘さがゆえの強さですね。
想うがゆえに矛を向けられれば地獄の業火もかくやと言わんばかりの苛烈さを発揮する」
しかし此度に関しては無用の儀に御座いますと言って義弘は兄を見た。
義久は小さく頷き、口を開く。
「我らは殿下に惚れて頭を垂れたのです。であれば、殿下の誉れは我らの誉れ。
島津が軽んじられる? であれば来るべき邪神との戦にて島津の威を示せば良いだけのこと」
「……分かった。ならそこらも広めるよう指示を出しておく」
「それがよろしいかと。我らも帰りしな、道々で語って行くとしましょう。なあ、義弘」
「ええ、安芸や豊後では特に」
ちなみに安芸と豊後はそれぞれ毛利と大友のホームグラウンドである。
「ところでカールよ。奴らはどうすると思う?」
「ん? ああ、氏真と順慶か」
順慶と氏真はこの場には居ない。
まだ真実を明かしたわけではないが、石山での大立ち回りだけでもかなりの情報量だ。
少しは考える時間が必要だろうと別室をあてがったのだ。
「天下獲り自体は協力してくれるだろうが――……っと、噂をすれば影だな」
入室の許可を願う声が聞こえ、カールが許可を出すと順慶と氏真が部屋の中に入って来た。
「落ち着いたか?」
「ええ。流石に邪神だのと予想もしていなかった存在が絡んで来たのには驚きましたが……ねえ?」
「ですな。京までの道中でも考える時間はありましたし、まあ何とか飲み込めました」
「それは結構。だが、お前らも気付いてると思うが俺が演説で語ったことは全てが真実ってわけでもない」
カールの言葉に二人は頷く。
伊達や酔狂で大名をやっているわけではない。当然、彼らもそこには気付いていた。
「一般人に聞かせるにゃあ、かなり過激な話になるが……覚悟は良いかい?」
「毒を喰らわば何とやらですよ」
「然り。よろしいと言うのであれば是非、お聞かせ願いたく」
「結構。なら語らせてもらおうか」
覚悟があると言うのならとカールは遠慮なく全てをぶちまけた。
二人は話が進むにつれドンドン顔色を悪くしていったが、それでも何とか最後まで耐えてみせた。
そして、
「ま、そんな事情で俺は葦原に来たわけだ。
八俣遠呂智討伐まで付き合ってくれるってーのは松永姉弟と三好三人衆に晴明、本物信玄と本物謙信。
んで信長と義久ら島津兄弟がそうだな。家康は保留中。まあそう簡単に決断出来るもんでもないし当然だわな。
お前らも話を聞いて思うところがあるだろうし返答は直ぐじゃなくても良い。だが天下統一までは付き合えるんじゃないか?」
今、将軍と敵対しても良いことは何もない。
八俣遠呂智討伐に反対なのだとしてもここで表立って行動するのは悪手だろう。
「天下統一後。俺は改めて諸大名の前で真実を明かし是非を問うつもりだ」
八俣遠呂智討伐の意思を曲げるつもりはない。
だが、背中を預けられない味方を抱えたまま戦いに挑むつもりも毛頭ない。
最後に人間同士のデカイ戦をやって味方を選別してから八俣遠呂智討伐に備える予定だ。
「邪神の狗どもとの戦いで俺も邪神に影響されて頭がおかしくなったとでも言えば大義名分も立つだろう?
まあ敵対する時は俺も全力で潰しに行くが、それまではまあ足並みを揃えて――――」
カールが言い終えるよりも早く二人は口を開く。
「今川氏真は殿下に忠誠を。神殺しがなるその時まで尽力致しますよ」
「同じく筒井順慶も殿下を支持致しますゆえ。如何様にもお使いくだされ」
「……お前ら」
カース抜きでも観察眼に長けているカールだからこそ分かる。
味方になる振りをして油断し、最高のタイミングで後ろから刺すとかそういうつもりは一切ない。
この二人は本気で八俣遠呂智討伐まで付き合おうと言っている。
家康にもそれが分かったのだろう。ギョッとし、声を上げる。
「御待ちを! もう少し考えてからでも……」
「竹……家康殿。もう少し考えるって何だい? こんなの考えるまでもないだろ。ねえ筒井殿」
「然り。最早、手遅れでしょう」
「て、手遅れ?」
「守人の一族とやらが殿下と姫の日常を壊しにかかった時点で殿下の取るべき手は二つしかない」
余計なことをしてくれたものだと氏真は溜息を吐く。
「何せ前任の櫛灘姫は既に殺されている。
しばらくは封印も大丈夫だろうけど先々のことを考えるなら血筋の確保は必須だ。
守人の一族以外で真実を知る朝廷も動かざるを得ない。そのためにも葦原を一つにする必要がある。
まず間違いなく天下を治められそうな器の者に真実を伝え、統一を促すだろうね」
そして将軍となった者は外交で八俣遠呂智の危険性を伝え帝国に庵の引渡しを願うだろう。
「殿下の御国の為政者がどう判断するにせよ、その時点で平穏な日常は望めなくなる。
誰もがいざという時の手段を求めてその血を確保しようとするだろうからね。
だったらもう、殿下は八俣遠呂智を倒すか葦原を滅ぼすしか選べる手はない」
八俣遠呂智を倒し、その血の価値を喪失させるか。
真実を伝えられる前に葦原を滅ぼしその血の価値を知る者を消すか。
そのどちらかでしか愛する人と未来の子孫を守る術はない。
「そ、それは極論でしょう! もっと穏当な……」
「ないよ。あるはずがない。家康殿、君ちょっと近視眼過ぎるんじゃない?
一体誰が人身御供の家系になれと言われて喜んで従うんだい?
君が最終的にどちらを選ぶかは分からないけどさ。殿下の敵になるのなら言い訳は出来ないよ?」
民のために現状維持を望むと言うのなら、だ。
それは庵とその子孫に人身御供になれと言うも同然だ。
仮初の平穏を選んだ以上はそれを維持し続けていく責任がある。
「ッ」
「犠牲を強いる代わりに生贄になるまでは良い生活をさせてやるかい? 酷い欺瞞だねえ」
氏真が家康をせせら笑う。
妻との幸せを第一に考える氏真だからこそ、この場の誰よりカールに共感しているのだ。
「無関係の民が血を流すことになると言うのなら姫君も同じだろう。
何故、慎ましく暮らしていただけなのに母をくだらない欲望で殺されねばならない?
何故、愛する男と生きていたいだけなのに生贄になどされねばならない?」
庵だけではない。庵の子もだ。
人身御供になると言うことはその子もまた生贄になる未来が定められている。
それだけでも酷いが、カールが死ねば望まぬ男の子を生まねばならないのだ。
これを惨いと言わず何と言う? 氏真は怒っていた。
「第一、無関係の人間などこの葦原には居ないだろ。一体誰のお陰で今日まで生きて来れたって言うんだ。
僕も君も姫君の御先祖様達が犠牲になってくれたお陰で今日この場に居るんだよ?
そんなことは知らなかったって? じゃあ知ってたなら犠牲になるのを止めたのか? 止めないだろ。
誰しも我が身が可愛い。そこを責めるつもりはないけど結果は同じなら無関係とは言えやしないよ」
家康の顔は真っ青になっていた。
若さゆえの視野の狭さで見落としていたことを突きつけられたせいだ。
「だから僕は選んだ。僕のため妻のため、まだ見ぬ子らのため。僕は八俣遠呂智討伐に力を貸す。
機は今しかない。こうなった以上、殿下の次に期待するのは無理だろう。確実に話が拗れるからね。
ならカール・YA・ベルンシュタインという破格の人に賭けるしかない。殿下には何としてでも八俣遠呂智を倒してもらうさ」
「はは、言うねえ」
思わずカールが噴き出す。
見れば信長や島津兄弟もくつくつと喉を鳴らしている。
自分のために八俣遠呂智を倒してもらう、こうも堂々と言われてしまうと逆に気持ちが良いと言うものだ。
「良いよ、倒してやるさ。だがそのためにはお前も力を貸せよ?」
「そりゃもう。こうなった以上、僕ものほほんと蹴鞠やってるわけにもいきませんからね。何だってしてやりますよ。無理のない範囲で」
「頼もしいこった。ちなみに順慶、お前はどういう理由で俺に力を貸してくれるんだ?」
話を振られた順慶は咳払いをして、語り始める。
「氏真殿が語ったような理由もないと言えば嘘になりますが、一番は葦原の今後を考えてのことに御座います」
「って言うと?」
「八俣遠呂智と殿下。どちらを敵に回す方が葦原のためになるかを秤にかけたのです」
そして順慶は八俣遠呂智を倒す方が最善だと判断したのだ。
「まず八俣遠呂智を敵にした場合。まがりなりにも神。その力は強大で勝てる可能性は低く勝てても甚大な犠牲を払うかもしれませぬ」
「ならば……」
「しかし勝てたのなら希望が生まれる」
家康の言葉を遮るように順慶は断言する。
八俣遠呂智という爆弾は消え、どん底の状態であっても後はもう上がるだけ。希望に満ちた未来が手に入るのだと。
「では殿下を相手取った場合は如何か。八俣遠呂智よりは勝てる可能性はあるでしょう。しかし、勝てたとしても残るのは暗澹とした未来だけ」
あっさりと勝敗がつくのならまだ良い。
だが信長や島津兄弟のように諸大名の中にはカールに味方する者も一定数居るだろう。
泥沼の戦いはまず避けられない。
「加えて此度の殿下のやり方です。人心を操ることに長けた殿下のこと。ただでは負けぬでしょう」
現状維持派が勝っても、そのまま葦原を一つにすることは難しいだろう。
人心は乱れ、カールによって統一されたはずの葦原は再度乱世を迎えることは想像に難くない。
「更に殿下を殺せぬ場合はどうでしょう?」
カールは葦原の人間ではない。敗色濃厚となれば大陸に逃げることも出来る。
八俣遠呂智討伐を第一とする晴明がカールの味方をしているのだ。逃げられてしまえば最悪だ。
「大陸で力を蓄え、殿下は葦原を滅ぼすでしょうな」
殺せたとしてもまだ問題はある。庵だ。
八俣遠呂智封印が可能な最後の血族である庵を確保出来ねば、遠い未来の破滅は確定する。
大陸に渡って確保しようにも足元がゴタついている状況ではそれも難しい。
「小娘一人、どうとでもなると考えるのは危険です。殿下が万が一を想定していないわけがない」
順慶はちらりとカールを見る。
カールは意味深に口元を歪めるだけで何も言わないが当然、対策は考えてある。
「それでもまあ、生きているのならか細くとも可能性は繋がるでしょう。しかし姫君が殿下の後を追ったのなら?」
「……十分あり得るな。会話をしたのは一度だけだが、あの姫さん。カールの女だけあって中々に苛烈な気性の持ち主と見える」
母を殺され、この上愛する男まで葦原の人間に奪われたのなら、だ。
その復讐心は決して消えぬだろう。
自ら命を絶つことで八俣遠呂智への対抗手段を失わせ、葦原を滅ぼすというのは十分あり得る。
信長の推察に彼女同様、庵と言葉を交わしたこともある家康は更に顔色を悪くした。
「八俣遠呂智を敵にした場合と比べて、あまりに問題があり過ぎる。
殿下を敵に回せば勝てても葦原の滅びる可能性が高いと、そう思ったからこそ私は殿下に御味方することを決めたのです。
幼子に犠牲を強いる卑劣漢になりたくないという理由もありますが……まあ、これは個人的な理由ゆえ置いておきましょう」
久秀に散々汚い手を使われただけに順慶は正道を好んでいた。
カールに味方すると決めたのも、それが大きいのだがまあそこは見てみぬ振りをするべきか。
「ゆえに殿下」
「おう」
「この順慶、骨身を惜しまず尽力致すゆえ何とぞ葦原の未来を掴み取ってくだされ」
「任せろ。まあ、俺の個人的事情の結果そうなるってだけだがね」
「結果が同じならばそれで結構。我らを如何様にもお使いくだされ」
話を聞き終えた家康は難しい顔で黙り込んでいた。
気付かされたことを含め再度、どうするべきかを考えているのだろう。
「なあ竹千代」
「……何で御座いましょう?」
「カールを擁護するってわけじゃないが、コイツはもう随分と葦原に譲歩してるのに気付いてるか?」
「え」
あくまで自分の願いを叶えるために好き勝手しているだけ。
そう言って憚らないカールだが、それは違うと信長は言う。
「カールは手段を選ばないとか言ってるが真っ赤な嘘だ。十分選んでるぞ。
だってそうだろ? コイツ一番勝率が高いであろう選択肢を除外してるんだからな」
「そ、それはどういうことですか?」
そう、ただ庵との平穏を守るだけならもっと簡単な方法があるのだ。
「こんな派手に動かなくても、こっそり葦原に乗り込んで守人の一族を皆殺しにして八俣遠呂智の封印を解けばそれで良いだろ」
八俣遠呂智によって葦原は滅び、八俣遠呂智は大陸へ渡るだろう。
世界全てを敵に回せば葦原単独で当たるより、勝率はぐんと高くなる。
「姫さんのことを隠してカールが戦いに参加すればどうだ?」
理由は分からないがカールには八俣遠呂智を傷付ける方法があると諸国の指導者が知ったらどうする?
全力で援護するだろう。そうなればかなりの確率で勝利出来るのではないか?
「加えてカールの器量なら邪神討伐の英雄として磐石の地位を築くことも出来るだろう」
まあ、問題がないわけではない。
英雄になればやっかみを買い、良からぬ者に狙われることもあるだろう。
カールのみならずカールの愛する女である庵が危険に陥る可能性は十分にある。
だがそれ込みでも悪い選択肢ではない。
「なのにカールは葦原を統一し将軍として皆を率いて八俣遠呂智を討ち取るという回りくどい方法を取った。
何のためだ? 葦原の人間に将軍様と共に自分達の未来を掴み取ったという意識を植え付けるために決まってる」
そうすることで葦原はより強く団結するだろう。
自負と共に新たな未来へ力強く歩いて行ける。
乱世が終わり、開闢より続く呪いを打ち破った葦原に待つのは輝かしい未来だけだ。
「田村麻呂の子孫を騙ったのも、自分を単なる異人ではなく葦原の人間でもあると思わせるようにするためなんじゃないか?」
家康がカールに視線を向ける。
カールは困ったように笑うだけだが、それが何よりもの答えだ。
「……――我が身の不明を恥じ入るばかりです」
家康は項垂れ、搾り出すように言った。
「殿下、これまでの無礼を改めてお詫び致します。そのようなつもりではなかったとは言え……いえ、これも言い訳ですね」
「良いさ。お前の判断に任せると決めたのは俺だしな」
「かたじけのう御座います。皆々様も、竹千代の狭い視野を広げて頂き感謝の言葉もありませぬ」
「良いよ。君と僕は昔からの付き合いじゃないか」
「それで? 竹千代、お前は結局どうするんだ? まだ保留か?」
「いいえ」
すぅ、と息を吸い込み家康は覚悟を決めた顔で告げる。
「氏真殿、筒井殿、信長殿仰ることは御尤も。
真に葦原のためと言うのであれば殿下と共に八俣遠呂智を討つべきと判断致しました。
殿下さえお許しくださるのであれば、どうか徳川も末席に加えて頂きたく」
「許すも何もない。頼りになる味方が増えるのを断る馬鹿がどこに居るんだ?」
そもそも口説き落とすつもりで家康を抱え込んだのだ。
拒否する理由はどこにもない。
「ありがたく」
「なら、ここらで一度きっちりやっておくか」
信長の言葉にそれぞれの家の当主らは頷き、声を揃えた。
「「「「「我ら五家。改めて殿下に忠誠を誓いまする」」」」」
「その忠誠、確かに受け取った」
カールはふっ、と笑い皆を見渡し告げる。
「んじゃまあ――――天下を獲りに行こうか」
「「「「「はっっ!!!!」」」」」
カールになった今は武を修めているのでバリバリ正面から戦いますがその本質はアサシンかテロリストみてえなものです。
前世で敵の幹部を始末するためにその家族(子供)を人質に取って
飲めるレベルの要求(自身の四肢切断、四肢がなくても前世カールを真正面から殺すぐらいは出来るので)をして
それを見届けた後で人質を解放、子供が親に抱き付いたところでその身体に仕込んでいた爆弾を起爆。
爆破のダメージと目の前で我が子が挽肉になった精神的ダメージで徹底的に敵を弱らせ激昂した幹部を始末。
人質が通用しないタイプ(大義がためなら肉親の犠牲さえも断腸の思いで受け入れる)の幹部は
キスがコミュニケーションの一つとして根付く文化圏の人間(そもそも怨敵からして外人)だから
恋人の綺麗な死体でも送りつけてやれば映画か何かみてえに涙ながらにキスをして大願成就を誓う
お寒いシーンでもやるんだろうなと推測し死体に猛毒を仕込んで弱体化させてから始末。
みたいなことを平然とやってたので武術を修めず前世とステータス変わってないなら
信長が作中で口にした“もっと簡単な方法”を平然と選んでました。
「武はお主を縛る枷となる。そう思ったからこそ、わしは教えを授けたのよ」という師匠の台詞は正しかったわけですね。
あ、連続投稿は今日で終わりです。
良ければブクマ登録、評価、よろしくお願いします。