千両役者④
1.時代の節目
「背教背教背教はいきょうハイキョウゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!!
何故何故何故理解なされないのですかかかかかか、こ、こののの素晴らしきちか、ちかかカカカチカラァアアヲ!!!!!」
顕如は最早満身創痍だ。
理性吹っ飛んだケダモノ程度に負けるほど俺はボケちゃいねえ。一対一なら素のままでやった方が苦労したと思う。
漫画とかアニメで力に取り憑かれたって表現をよく聞くけどさ。今の顕如は正にそれだわ。
ここまで来ると怒りを通り越して逆に笑えるぜ。
「何故って? そんな姿じゃ愛する女の一人も抱けねえだろうが。俺は御免被るね」
俺はただの人間で良い。
笑って、怒って、泣いて――心のままに生きて死ぬ、そんなただの人間が良いんだ。
「お前は今の自分が上等だと思ってんだろうが、そりゃ勘違いだぜ」
だって俺の方が幸せだもん。
どれだけ大きな力を手に入れようが、幸せな奴の方がずっと凄いよ。
一つ、二つ、三つ、指折り数える幸せは両手の指でも足りないぐらいだ。
それだけの幸福に恵まれた俺は神様よりもすげえ。
神様よりすげえ俺は神様だって殺すことが出来る――かんぺきなりろんだな!!
「ま、今のお前に言っても分からんだろうがな。そろそろ幕を下ろそう」
お前の汚い面はもう見飽きた。
嘆息。舞台を強く蹴って宙に躍り出て太刀を振り上げる。
「嫌だ嫌だイヤヤヤヤアヤアアアアアア!!! 誰にもももチカラハ渡さ……!!!!」
月光に煌く白刃。
振り下ろされた刃は顕如の脳天から股下までを駆け抜け、その身体を両断した。
「――――成敗ッッ!!」
刃を振るい穢れた血を落とす。
絵面を優先して刀を使ったが……やっぱり駄目だな。素手でやるか銃撃ってる方が性に合ってる。
(モノは立派だが俺には宝の持ち腐れだわ)
この太刀、実は始まりの征夷大将軍坂上田村麻呂が使っていた霊験あらたかな一振りなのだ。
俺が帝の協力を取り付けられた理由の一つでもある。
以前、寝所に忍び込んで全部打ち明けた際、帝は朝廷に保管されていたこれを抜くようにと言った。
何のこっちゃと思いながら普通に抜いたら、
『なるほど。そなたの私情は真実、この国を救うものであるらしい』
とのこと。
詳しく聞いてみると田村麻呂の太刀は選ばれた者にしか抜けないのだとか。
この太刀には田村麻呂の残留思念がこびりついており、それが担い手を選んでいるらしい。
八俣遠呂智を殺す意思と、その可能性を見込み太刀は俺を主と選んだそうで。
まあメインウェポンが素手だから抜いた後は普通に帝に返却したんだけどな。
でも折角の晴れ舞台なのだからニセイメイ経由で帝から正式に俺へと贈られたんだよ。
っと? うん、良い具合に門徒どもの不安が加速し始めているようだしそろそろ次のステージに進もう。
「静まれ!!!!」
太刀を壇上に突き立てそう叫ぶとピタリと喧騒がやむ。
顕如という精神的主柱を失った彼らはどうすれば良いか分からずに居る。
逃げ出せばこの数だ。正直、バレはしないだろう。普通に逃げられる。軍勢が外を包囲してるわけでもないしな。
だが縛られ続けて来た彼らは逃走という選択にすら恐れを抱いてしまう。
求めているのだ。どうすれば良いか教えてくれる強い誰かを。だから俺がその役を務める。
「まず明言しておこう。一般の門徒――お前達を害する気は一切ない。
不死身の肉体を見て仏の加護と勘違いするも已む無し。顕如の煽動に踊らされるも致し方なし」
それをどうして罪に問えよう?
俺がそう告げると門徒らは安堵したように息を吐いた。
しかし、勘違いしてる奴も居るらしい。俺が言ったのは一般の門徒――つまりは民百姓のこと。
僧として特権を貪っていた者をただで許すつもりは毛頭ない。
今、舞台に閉じ込められている派手な僧衣の屑どもとかは特にな。
「だが、この場で直ぐに無罪放免にして解散させるというのは難しい。
何せ邪神の力を得た顕如に従い帝の殺害と帝位の簒奪に加担しようとしていたわけだからな。
事が事だけに正規の手続きを踏まずに帰してやるわけにはいかんのだ。
後に朝廷から正式な発表が出るが一向宗、並びに顕如が挙げていた勢力は朝敵認定を受けることになる」
朝敵という言葉に大きなどよめきが起こるが、手でそれを制する。
「害する気はないという言葉を嘘にはしない。お前達と共に京に赴き帝から直接、放免の言葉を頂戴するつもりだ。
何、安心しろ。帝は優しい御方だ。事情を知らぬまま振り回されていた者を罪に問うことなどあるまい。
しっかりとした手続きを経た上でなら必ず許してくださる。だが、逃げ出せば帝に叛意ありと見做されるゆえ気をつけて欲しい」
釘を刺す。これでやましいところのない連中は大丈夫だろう。
壇上に居る顕如の裏を知っていた幹部っぽい坊主達は逃げ出そうとしているが無駄無駄。
「さて。お前達の不安を拭うためにも今直ぐここを発つべきなのだろうが、しばし時間を貰いたい」
一体何が起きているのか。
何故、俺がこの国に来たのか。
何故、帝より将軍の地位を授けられたのか。
何故、不死身の顕如を殺せたのか。
「皆も疑問に思っているだろう。それについて少し、語らせてもらいたい」
信徒らがごくりと喉を鳴らした。
この光景が放映されている地域でも皆、似たようなリアクションをしているんだろうな。
「事の始まりは先代将軍足利義輝にある」
あ、と誰かが声を漏らした。
天道に叛く行いをした義輝を義によって討ち果たした――俺はそう世間に伝えた。
具体的には何なのか分からなかったが、今この状況を見れば見当もつこうさ。
「義輝は葦原開闢の折に封印された古の邪神の力を以って帝を殺害し、この葦原を支配するという大逆を企てていたのだ。
どうやって邪神の存在を知ったのかについては未だ判明していないがそこは置いておこう。
だが、晴明の目すら欺き邪神の力を手にしたのは揺るぎない事実だ
彼奴は手にした力を秘密裏に集めた有力者に分け与え着実に葦原支配の準備を進めていた。その有力者の一人が顕如だ」
真実を語るつもりはない。
だが、虚偽の中には幾らかの真実も混ざっている。
上手な嘘のつき方ってやつだな。
「晴明が企みを察知したのは義輝が有力者に力を分け与えた後だった。
純粋な人間同士の争いなら朝廷、ひいては陰陽寮も手を出すことは出来ないが邪神なんてものが絡んでいる以上、陰陽寮の領分だ」
話の都合上、晴明sageになってしまうが晴明(本物)と晴明(偽物)の許可は貰っている。
八俣遠呂智を倒すために必要なことなら幾らでもどうぞ、とのことだ。
「だがしかし、相性が悪過ぎた。義輝達は邪神の力のみならず軍事力も有している。
朝廷は権威の象徴ではあるが直接的な軍事力は殆どない。本来、朝廷の剣となるべき将軍が敵に回っているわけだからな。
それでも陰陽寮を総動員すれば軍事力の面でも対抗出来なくはないがそれはそれで問題がある。
京の守護のみならず葦原に存在する霊的な土地の鎮護も担っている陰陽寮を戦に駆り出せばどうなる?
例え勝つことが出来ても葦原は今後、数百年は荒廃することになるだろう」
無論、虚偽である。
霊的な土地の鎮護も職務の内だし、放置すればまずいことになるのは事実だがそうならぬよう晴明は手を打っている。
まあ秘中の秘ゆえ知っている者は数少ないが。
「ならば信頼出来る大名に勅を出し軍事を担ってもらえばどうか?
それなら軍事力を確保出来るし、晴明も邪神の走狗に成り下がった者らに専念出来る――が、駄目。先ほども言ったが相性が悪過ぎる」
優劣ではない、相性だと強調する。
「この相性と言うのは軍事力の話だけではない。
晴明と邪神の力の相性も含んでいるのだ。皆も見ただろう? 顕如の不死身さを。
邪神と、その力を扱う者を殺せるのはさる“特別”な血を引く者だけなのだ。
その血の始祖とも言える御方こそが始まりの征夷大将軍――坂上田村麻呂」
嘘ではない。櫛灘姫は麻呂の妹だからな。
田村麻呂自身も最終的に九頭竜に成り果てたとは言え、それまでは自らに封じ続けていたわけだし妹と同じことが出来て当然。
いやむしろ妹よりもその力は強かったのかもしれない。
「田村麻呂は帝と共に葦原を築かんと邪神に戦いを挑むが力及ばず、結局は封印することしか出来なかった。
表で語られている歴史において田村麻呂に子は居ないが、それは誤りだ。
何時かの未来において邪神が復活することを予見していた田村麻呂は敢えて自らの血筋を影に潜ませたのよ」
邪神の存在は決して知られてはいけない。
愚かな権力者がその力を利用しようなどと考えれば葦原は滅んでしまう。
ゆえに何もかもを闇に隠し、何時かの未来に備えることを決めたのだ――と自分で言っておいて何だが、わりと間違ってはいないな。
実際、庵が死んでたらマジでこの国詰んでたんじゃね?
幽羅は最初、世界を巻き込んで八俣遠呂智をどうにかしようと考えてたけど葦原を守るとは一言も言ってない。
帝さえ無事なら国が滅んでも良いと思ってた可能性は十分にある。
「しかし、その邪神討伐の使命を背負った血族も義輝の姦計によって滅ぼされてしまった。
晴明ですら所在を知らぬ彼らの居場所が割れたのは恐らく、邪神の導きによるものだろう。
だが、誇り高き田村麻呂の血族は最後の最後にか細い希望を残した――それが俺だ」
おぉ、と声が上がる。
騙してる俺が言うのも何だが、ちょっと怖いわ。
閉鎖的な国で学ぶ機会もなければ人間はここまで盲目の羊になるんだな。
「過去、血族の男児が一人海を越え大陸に渡ったと言う。
邪神との戦いが自分の代で訪れずとも備えをしておくべきと修行の旅に出たのだ。
そこでまあ、若さゆえと言うか。とある街で一人の女と愛し合った。
女は使命など捨てて自分と共に生きてくれと願ったが男はそれは出来ぬと涙を呑んで断った。
ならばせめてあなたの子を、女の願いに答えて生まれた子供こそが俺の祖先だ」
無論、虚偽である。
だがそれを糾弾出来る者は居ない。だって帝がそうと認めてるんだもん。
仮に守人のカスどもが喚き立てても意味はない。
ヒッキーと帝、どっちの言葉を信じるんだっつー話よ。
それに俺自身も、今こうして将軍としての名声がもりもり高まってる状態だからな。やっぱり社会的な立場って大事。
「血族の者が最後の力を振り絞って届けた情報を頼りに晴明は密かに大陸に渡り、遂に俺を見つけ出した。
晴明は俺に事情を説明し地面に頭を擦り付け、何とぞ! 何とぞ! と助力を乞うた。
俺はこの身に宿る血の運命を知り、滾る使命感のままに快諾した――――わけじゃあない」
煽るような物言いをしてから梯子を外したせいだろう。
皆がえ、という顔をしている。堺と京でこの光景を見ている連中も似たようなリアクションしてんだろうな。
「生憎と俺はそこまで高潔な人間じゃない。だって俺、大工の息子として十数年生きて来たんだぞ?
庶民だぞ庶民? 庶民にいきなり邪神との戦いがどうたらって言われても困るわ。
困る以前に普通は何言ってんの? ってなる。どこの与太話だよってさ」
だが、と言葉を強く区切る。
「不思議なもんだな。まるで現実感のない話だってのに……血が、どうしようもなく熱くなったんだ。
邪悪を許すな。皆を守れってよ。うるさいぐらいに魂が叫びやがる」
胸を押さえ目を閉じる。
「俺の意思なのか? 御先祖様の意思なのか?
分からねえ、分からねえからそれを確かめるために俺は海を越え葦原にやって来たんだ。
そんなだからよ。最初は正直、そこまでやる気もなかったんだわ。けどよ、京に向かう道すがら……俺ァ、色んなもんを見た。
商いに励む狸みてえに丸いおっさん、野良仕事に精を出す若夫婦、仲間と酒を飲んで楽しそうに笑う兄ちゃん、友達と仲良く遊んでるガキども」
指折り数え、笑う。
我ながら大した役者ぶりだと思うわ。今度から千両役者って名乗ろうかな。
「特別なことなんて何もねえ。だが俺はそんな有り触れた日常の風景が好きなんだ。何かよ、見てるだけで嬉しくなるんだわ。
そんで俺は気付いたのさ。俺が何もせずに国に帰ったのなら、義輝達を放置しちまったら……これ全部壊れちまうんだなって」
さあ、そろそろクライマックスだ。
「その時、ハッキリと分かった。俺が何をすべきかを。
血の運命なんざ関係ねえ!! 俺は俺の守りたいもんを守るために戦う!!!
何でもない日々を懸命に生きるお前らが好きだ! 守りてえって心から想う!!
だがよォ! 敵は強大だ! 頼りになる仲間は居るがまだ足りねえ!! だから、お前らの力も貸しちゃあくれねえか!?」
すぅ、と大きく息を吸い込む。
「――――頼む、俺と一緒に戦ってくれ!!!!」
限界にまで達した熱が一気に爆ぜる。
《うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!》
あーいむうぃん! ぱーふぇくと!!
血統詐称は乱世の嗜み。