トルコ・コーヒー
「いらっしゃいませ………今日は華やかな一段と装いでいらっしゃいますね」
マシューは珍しく午前中に来店した私を見てそう言った。
この日の私は、ミモレ丈のネイビーのドレスにキラキラのビジューが散りばめられたクラッチバッグ、スウェードのヒールという出で立ちだった。
「バチェロレッテ・パーティーってやつからの朝帰りよ。友達が来週結婚するんで、独身最後の女子会?みたいな」
マシューはわずかに顔をしかめ、気遣うような口調で返す。
「バチェロレッテ・パーティーと言いますと、顔にクレープがついていることをからかわれたり、バイト三昧がバレて嘲笑されたりするあの恐ろしい集会のことですか?自分だけ花婿の素性を隠されていたりしませんでしたか」
「ウルトラマンオーブの話はしていない!ほれ、この通り靴も無事よ」
私がヒールを脱いで掲げるとマシューは微笑んだ。私も微笑み返す。
「まあ、要するに二日酔いですわ、私は。気付けになるようなものを頂けるかしら」
「承知しました」
マシューは銅製の柄杓のような物に粉末の珈琲を入れると火にかけた。アラベスクのような模様のカップに入れられたその珈琲からは樟脳のような香りがする。
「薄い、けどスパイシーというか。これはカルダモンが入っているの?」
「こちらはトルコ・コーヒーです。このジェズヴェを使って上澄みだけを注ぐのが特徴です。飲み終わった後にもお楽しみがありますよ。」
この銅の柄杓みたいなやつはジェズヴェというらしい。
「変わった飲み方ね。……いつものも頼もうかしら」
「トルコには“一杯のコーヒーにも四十年の思い出”という諺がありますが、今日の口碑はある英雄の思い出に残らなかった、印象の薄い男の話です」
「それ、私の印象にも残らないやつじゃないでしょうねぇ」




