シグリ
真鍮のドアノブを掴んで扉を開く。カウンターでは、マシューがマグカップを磨いている。私はいつもの席にどっかりと腰をおろした。
「失った大切な人を取り戻すために戦う「快盗」 、世界の平和を守るために戦う「警察」 、君はどっちを応援する?」
私が問いかけるとマシューはチベットスナギツネのような顔になった。
「お客様、ルパパトは終わったんです。リュウソウジャーを応援しましょう」
「そんな悲しいこと言わないでよ!もっと私をいたわってよ!大人になればなる程、切り替えが上手くいかないんだから。……それでどっち派?」
「私はザミーゴ派です」
「ギャングラー派かよッ!」
「ギャングラー派ではありません、あくまでザミーゴ・デルマ個人が好きなのです。怪人好きは一人一派ですからね」
「フェミニストか何かみたいなこと言いだして……普通のコーヒーで何かおすすめはある?」
ありますよ、と微笑んだマシューは後ろの団栗のような容器からコーヒー豆を取り出した。やがて挽いた豆の芳しい香りが私の鼻孔に届いた。
「シグリでございます。これはパプアニューギニアのコーヒー豆で、私のイチオシです」
カップを口に運ぶ。果実のような爽やかな味わいと優しい酸味が口内に広がった。
「フルーティー?みたいな感じかな。確かに美味しい」
「パプアニューギニアのシグリ農場の豆は、有名なブルーマウンテンと同種の豆から派生したものです。高価な上に紛い物も沢山出回っているブルーマウンテンよりも、こちらの方が安定しています。お気に召したならご自宅でも気軽にお楽しみいただけますし」
やや早口になるマシューを見て私はニヤついてしまう。私は、他人が好きな事を語るときに饒舌になるのを見るのが好きだ。
「口碑もいただこうかしら。そうね……今上陛下の譲位儀式も始まったことですし、外国で三種の神器みたいな話とかある?」
「ありますよ。期せずしてまた中国ですが……」