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『歴史喫茶 イツワ珈琲』  作者: 称好軒梅庵
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2杯目 妲己の最期

 既に紂王ちゅうおうの首は小白旗のもとに懸けられている。その目は大きく見開かれ、眺める者を地獄から睨みつけていた。

 創子手、つまり処刑役人が引き据えられたもう一人の巨悪に対してゆっくりと近づいた。妲己だっきは後ろ手に縛り上げられて、その柳のように細い身体をくねらせて、片袖を地についていた。その弱々しい姿は、この美しい女性がこのような目にあっているのは不当な事のように見る者を錯覚させる。

 妲己。この美姫こそが紂王に嗜虐的な刑罰や悪逆な振るまいを吹き込んだ張本人なのである。罪人をとろ火で焼かせ、忠臣の心の腑を抉らせ、正妻を拷問にかけさせた悪女。しかし、引き据えられたこの女性はそのような悪女には到底見えない。

 処刑人が背後から刀を振りかぶると、妲己は首をまわして彼を見た。均整の取れた輪郭と、やや額を狭くする程に豊かに生えそろった濡れ羽色の髪、長く艷やかな睫毛の下には潤んだ瞳、純白の肌には花のように咲いた小ぶりな唇。それらの中心で全てに調和をもたらしている鼻梁。

妲己が微笑みかけると、処刑人は雷に打たれたかのようにその身を強張らせ、刀を取り落としてしまった。


「何をしているッ!やらずばお前を斬るぞ」


 太公望たいこうぼうが一喝するも、処刑人はぶんぶんと首を横に振る。妲己が片目で瞬きをすると、処刑人は刀を取り、自らの首に押し当てて引き切ってしまった。鮮血が地を染めた。

 太公は別の処刑人を差し向けた。しかし、妲己が宝石のように燦めく涙を目元から零すと、処刑人は踵を返して走り出し、いきなり太公に斬りかかった。

 処刑人は刀を持ったまま、上半身と下半身が泣き別れて太公の前で崩折れた。

 一人の壮士が、巨大な斧を血振りして太公望の前に立っている。


「妲己は我が母の仇。処刑の任は、この殷郊いんこうにお任せあれ」


 殷郊は紂王の実子だが、生母が残虐に殺された事等から周の軍に身を投じ、ともに攻め上ってきた勇者である。

 殷郊は白絹で目を隠し、妲己に近づいた。一切の躊躇なくその頭上から斧を振り下ろす。一筋の嬌声が響き、斧が地面を抉った。殷郊がしゃがんで確かめると、妲己を縛っていた縄だけが残っている。

 太公は懐から小さな青銅の鏡を取り出した。


「噂は真実であったか……妖魔よ、正体を見せよ!」


 太公が鏡を宙空にかざすと、“それ”が姿を現した。

“それ”は金色に輝く身体と九本の尾を持ち、白い顔を持っていた。その白面は狐や犬のように長く尖っている。だが、そこに張り付いた両の目は知性あるものの妖しい光を放っている。

 “それ”は女童子のような声で嗤うと、空を両手で掻き、上昇しようとした。

 太公は懐からさらに竹簡を取り出し、それを読み上げた。竹簡に記された降妖の章は見えない鎖のように“それ”を掴んだ。土煙をたてて、 “それ”は地面に叩きつけられた。


「逃すなよ、絹を持ってこれを包めッ」


 白絹の大きな布が“それ”に被せられ、縄で雁字搦めにされた。太公は壮士達を使ってそれを臼におくと、杵で散々に突かせた。若い女性のような甲高い悲鳴が響いて、急に布の中身が厚みを無くした。

 殷郊が布を開けると“それ”の姿はなく、どす黒い血だけがべったりとこびりついていた。

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