モカチーノ
身体が痛い!私はポンコツ具合の増したその肉体を引きずりながら、『イツワ珈琲』に向かっていた。
休日に実家へ顔を出していた私は、姪と甥の遊び相手というまともな親戚っぽいことに興じた。そのために身体の節々に深刻なダメージを受けたのである。
真鍮のドアノブを捻り、ステンドグラスのドアを開けて店に入る。マシューはカウンターでカップを磨いていた。
「いらっしゃいませ」
外見上の見た目よりも、一回り年が上に聞こえる声だ。
「何か甘い飲み物を。おすすめはある?」
「モカチーノなどいかがでしょうか」
「じゃあ、それで」
マシューがカウンター側の照明をつける。壁面に埋め込んだそのランプには、たわわに赤い実をみのらせたコーヒーの木が彫られている。
オレンジ色の明かりの中に、木製のレバーのついた銀のボトルのような物が浮かび上がる。ボトルの左上には目盛りの切られた計器がついていた。
マシューは黒地に赤のラベルが貼られた筒から、粘性の液体をカップに注ぎ、銀のボトルの下に置いた。
マシューがレバーを降ろすと褐色の液体がカップに注がれる。続いて別のレバーをひねると蒸気とともにスチームミルクが注がれる。その上に最初のものとは別のソースが注がれ、砕いたピスタチオが載せられた。
「モカチーノです」
さっそく私は口をつけた。チョコレートの甘さとスチームミルクの暖かな口どけ、コーヒーの苦味が調和して口内に同居している。
「美味しい……けど、これはカフェモカとどう違うの?」
「チョコレート・シロップ等で味付けするのは一緒ですが、ドリップで作ったカフェラテをベースにしたのがカフェモカ、エスプレッソ抽出でエスプレッソをベースにしたのがモカチーノとなります」
「ふーん、エスプレッソってマシーンがないと作れないんだと思ってた」
マシューは銀のボトルに手を置いた。
「こいつもエスプレッソマシーンなんですよ。かなり古いモデルを復元したものですが」
私は自分で自分の肩を揉みながらモカチーノをもう一口飲んだ。
「お疲れのご様子ですね」
「姪っ子達と外で遊んだらもうボロボロって感じ。公園なのに道のない植えこみとかに走っていってしまって」
私は姪の言ったことを思い出して少しにやけてしまった。
「姪はね。私がそこは道じゃないって言ったら、“道じゃなくてもみんなが歩いたら道になるし、ホントの道でも歩く人がいなくなったら道じゃなくなるの”なんて言い返すのよ」
「魯迅みたいなこと言う姪っ子さんですね」
マシューは微かに笑った。笑うとおでこにシワがよる。
「……追加注文で、口碑。中華シリーズ第二弾で」
「かしこまりました。史記において、殷の紂王が業火に身を投じて死んだ後、妲己の最期は処刑されたと簡潔に記されるだけです。しかし、ある書物にはその詳細が記されていて……」