7杯目 エミュー戦争
1
「本当にこれを奴らにぶち込むんですか?俺にいわせりゃぁ、馬鹿げてますぜ、実際」
「馬鹿げてるかどうかは我々が判断することではない。文句は国防大臣に言え。さあ、クソ鳥どもを粉々にしてツクネにしてやるのだ」
正式な命令書には「殺害したエミューの死体から羽毛を採取し、兵士の礼装に用いる羽飾りの原料とする」と書かれていたが、これを受け取ったメレディス少佐も、先程憎まれ口を叩いた機関銃手のディック軍曹もその用途については信用していなかった。
エミューがいかに大きな鳥と言えど、このルイス機関銃の大口径弾が当たればひとたまりもなく弾け飛ぶに違いないのだ。
大恐慌はこのオーストラリアにも暗い影を落とした。政府は穀物の増産を国民に奨励してこの苦難を乗り切ろうとしたが、そこに立ちはだかった最大の障害は、敵性国家でも貿易上のライバルでもなく、ファッキンバードことエミューであった。
このダチョウによく似た顔色の悪い飛べない鳥は、大量発生して穀物を食べ尽くしてはその健脚でさっさと逃げてしまう。駆除に根を上げた農民が国防大臣に直訴、国防大臣はパフォーマンスを兼ねて軍を出動させ対処に当たると宣言。虎の子のルイス機関銃二丁と弾丸一万発、そしてメレディス少佐率いるオーストラリア陸軍砲兵隊重砲兵第七中隊が投入されることになったのである。
農民達がエミューをこちらの土俵に追い込んでくれる。程なくして、眼前に黒い塊が見えた。
「敵影を確認!有効射程内です」
「よし、奴らを羽箒にしてやれ!射撃ヨーイ、テェッ!」
ディック軍曹は車載された機関銃の引き金を引く。
しかし、前方に固まった鳥の影は図りすましたかのように一瞬で散った。もうもうと煙が立ち込める。
「やったか!」
「少佐、フラグを立てないでください!」
煙の中から現れたのは、真っ直ぐこちらに向かってくるエミューの群れだった。傷を負っているものすら一羽もいない。そして、エミュー達はいく筋にも分かれて突進してきた。エミューの顔よりも青くなって少佐は叫ぶ。
「退避ぃっ!総員退避せよ!」
結局、そのように追いつ追われつしている内に日が暮れてしまった。一日かかって仕留めたのはわずかに10羽である。
メレディスは放棄された巣に残る巨大なアボガドのような濃緑色の卵を拾うと、苦々しげに投擲した。
ドスッという重い音と共に卵が地面に突き刺さる。割れない。
2
「結局、この初日の体たらくに懲りずに一週間エミューを追い続けた結果、“第一次エミュー戦争”で2500発の弾丸を消費してわずかに200羽を倒したのみ。更に“第二次エミュー戦争”では986羽のエミューを倒すために9860発もの弾丸が消費されました。国民の税金をなんだと思っているのか、“エミュー戦争大臣”!是非お答え願いたい」
野党議員ジェームズ・デュンが口角から泡を飛ばして追求する。
議長が答弁のために挙手をした大臣を呼ぶ。
「ジョージ・ピアーズくん」
「はい、国防大臣ジョージ・ピアーズです。初めに言っておくが、私は国防大臣であってエミュー戦争大臣などではない。かかる侮辱をこれ以上続けるようなら、法廷での闘争も辞さないのでそのつもりで。困難な任務に立ち向かったメレディス少佐の名誉のために言っておくが、最初の戦闘で射殺したエミューは200羽ではなく500羽である」
どうでもいい!という野次が飛ぶ。
「現場の人間に言わせるならば“ エミューは機関銃に戦車の不死身さをもって立ち向かうことができる。まるでダムダム弾ですら止められなかったズールー人のようだ"とのことである。はじめの頃と違って2回目の戦闘では機関銃手の練度も、待ち伏せの成功率も格段に上がっていた。それでいて、1羽を殺すのに10発もの弾丸を消費したのは、単純な話だ。エミューは、機関銃弾が10発当たらないと死なない、とてつもなく頑丈な生き物だったということだ。このような自然の脅威を前に予測が成り立つものだろうか……」
政府は誤りを認めなかった。追求の的となった戦費については諸々の議論の末に、この戦争の発端となった人々に跳ね返ってくることとなった。
即ち、エミュー掃討を訴えた農家に対し、戦費の請求書が送られたのである。
計24ポンドの請求書の内訳は以下の通りである。
軍の食料に要したる費用:9ポンド
軍の移動に要したる費用:10ポンド
運搬車の破損修理等に要したる費用:5ポンド
ちなみに、軍のなしえなかったエミューの駆逐に関しては、バウンティハンター達の活躍によって達成されることとなる。
1932年、エミュー殺害に関して報奨金制度が設けられると、1934年の6ヶ月間で5万7034件の報奨があったとされる。
機関銃よりもエミューよりも恐ろしいのは、欲の力、というところだろうか。