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アルグレリス記  作者: aqua
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序章

 大陸アルグレリス。

 その広大な大地の中央に天まで届くといわれる霊峰アルグレリスがそびえる。山の周りは内海になっており、内海を挟み、東西南北にそれぞれ国がある。

 国同士は陸続きで繋がっているが、それぞれの国の間には霊峰ほどではないが山脈が連なっており、山を越えての互いの国への移動は容易なことではなく険しい。

そのため危険を伴う山越えを行う者は少なく、各国への移動は一部を除いて主に内海を渡航するしかなかった。


 その東側に位置する国の片田舎ナルライ村は、北と東を森林に囲まれ、村の西側には北の森から続く南に向かって川が流れており、南には耕作地が広がっていた。

 一年を通して温暖な気候に恵まれる比較的災害の少ない土地なのだが、なぜか手を掛けても改善されない痩せた土地で、豊作のない、必要最低限の収穫しか見込めない「呪われた村」として有名だった。贅沢せずに暮らすには困らないが、農業や狩人の職を好まず、煌びやかな生活を求める若者は、都会に旅立つ者も多い。

 そういう若者は村を出ていったきり戻って来ない者が大半ではあるが、家業を継ぐために都会で技術を磨いた若者や、伴侶を連れて戻ってくる者、都会の喧噪に疲れ果て戻ってくる者もそこそこにいた。


 そんな平和な片田舎のナルライ村にひと組の若い夫婦が移住してきた。どちらも見た目に若く、二十歳は過ぎていないだろう。男は短めの金髪で薄い茶色の瞳、身長はそこそこ高い。ひょろっとしているが筋肉があり、がっしりしている。垂れ目の眉が人の良さを醸し出している。名をグレンといった。

 女は艶やかな白銀の長髪で碧眼、身長はグレンの顎あたりくらいしかないが、こちらもおっとりとしていて落ち着いた物腰であり、どこかの令嬢を思わせた。名をアリアといった。

そして、その胸元には可愛らしい赤子が抱かれていた。


 出身者を除く移住者は数年ぶりで、夫婦は村総出で歓迎されることになった。とくに村長と村の教会の管理を任されている老婆の喜び様はすさまじく、仕事そっちのけで、村の東端にある空き家を村人総出ですぐさま修繕し、夫婦を住まわせた。

 グレンとアリアが村に馴染むのにそう時間はかからなかった。グレンは見た目通りの柔和な物腰で、器用で何でもそつなくこなせたうえ、東の国では珍しい火術法の使い手だったので、野営や狩りの際にも村の男衆に頼りにされた。

 アリアも編み物が得意で、物珍しさと赤子をあやしたいという村の女性達に囲まれるようになった。さらには高位の水術法の使い手というのもあり、重宝されたのだった。


 世界には術法というものが存在する。

この術法というのは奇跡の技の総称で、全ての人が最低でも1つの属性の適性をその身に宿す。適性がなくとも会得した術法を使うことはできるが、習得にかかる時間は雲泥の差であり、高位の術法については会得できないだろうとされている。早ければ3歳位で、遅くとも5歳までには発現するといわれており、属性については産土神が大きく影響する。

 例えば、東の国トウライの産まれであれば、木属性を司る神ラヌーと土属性を司る神ヒメアウラの加護が強いため、木属性と土属性が発現しやすい。両親が同じ適性持ちならば、その子供も同じ適性である確率が高いとされている。稀に2種類の適性を持つ者も居るが希少で、3種類持ちは奇跡といわれている。

 また、術法には術位段階があり、最高位は8段階であるとされている。

これは北の国ホクリの国史に記されており、遙か昔、霊峰から飛来したとされる巨竜サザナリオスを討伐した、北の英雄アルデ・オルタシアが使用した火術法が8段階であったと記述されていることから、世界共通認識になっている。

 この村では5歳になる子供は村の教会に集められ、属性の適性を調べるようにしている。これは一般に「適性の儀」と呼ばれている。調べるといっても、虹色に鈍く輝く水晶玉に両手を添えるだけ。触れていると、ぼんやりと頭に浮かぶ。

 そしてそれは本人が喋らなければ他人はわかりはしない。しかし5歳程度の好奇心旺盛な子供がそれを喋らないわけもないので、大抵は大騒ぎになる。発現の早い子だと「適性の儀」前に自分の適性が分かるので、そこまで騒がないが。


 5歳になると子供は学塾に通い始める歳でもある。この村に学塾はないが、村長は昔、首都エンライで教鞭を執っていた経験があり、村の子供達に勉強を教える先生をしている。村長の奥さんがこの村の出身で、一目惚れして婿入りし、そのまま帰郷した。

 子供の数はそんなに多くなく、村長宅でほんわかと行っているので、そこまで厳しくない。

教材などは村長夫妻の手作りである。

 もう少し大きい町ならば、それなりの規模の学塾があり、教材などもちゃんとしたものが揃えられ、子供はそこに通う。富裕層や貴族ならば、子供の適性を加味して、術法専門の家庭教師を招くところも多い。


 術位段階は、例外を除いて、だれでも努力すれば4段階まで到達できる。これは適性がなくとも到達できるのが4段階までということの意味でもある。それ以上は高位術法といわれ、適性があっても習得が難しく、扱えないという。

 例外というのは天才や秀才、賢者といわれる希有な存在のことや、東西南北の産土神に由来しない光と闇の術法のことである。東西南北の各国は産土神の加護を受けており、東は木と土、西は雷と聖、南は水と氷 、北は火と風となる。

 光と闇は霊峰に加護があるとされているが、記録もなく、そもそも霊峰で子供を授かるということがまず無いので、この2属性が発現した場合、神の御技とされることが多い。

 また、この2属性を発現した子供は、総じて2つの適性を持つことが多いとされているのも、神の御技とされる所以である。

 8属性の術位段階は、伝承により8段階までといわれているが、現代の高位術者でも6か7止まりである。7に至っては両親が同じ属性で、その属性の土地産まれという限定条件でしか存在しておらず、世界でも数人しか認められていない。この数人は大賢者の称号を贈られ人々に称えられている。

 光と闇の術法に関しては、固有術法とよばれ、適性がなければもちろん扱えない。適性があっても個人個人で使える術が違うので、適性持ち同士が情報を持ち寄っても、同じ術は使えなかったとされている。過去の文献を調べても、光と闇の段階は記されず、光については回復や屈折の術、闇については目潰しや捕縛が存在していたと記されているのみであった。


 時は流れ、グレンとアリアの娘、ソフィアが5歳の誕生日を迎えた。成長したソフィアはアリアに似て、村始まって以来の美少女と囃し立てられるほどで、その瞳は碧眼、親譲りの綺麗な白銀の髪を肩まで揃えて伸ばしていた。

 ソフィアの洋服は、薄い山吹色の可愛らしいワンピースだ。背中の腰の部分に大きめの赤い花があしらってある。お気に入りのぬいぐるみを右手に抱き、もう片方の手は母と繋いで、ソフィア達は村の北側にある教会に向かっていた。グレンは手持ち無沙汰で付いてきている。アリアとの戦いに負けたのだ。

 今日は教会で「適性の儀」が行われる。しかし、ソフィアの適性は既に発現しており、アリア譲りの水の術法が使えるということが分かっていた。

 ただ、その術位段階は、出せる水の量や回数から1であろうと判断されていた。

しかし判明していても、通過儀礼でもあるので一応儀式は受けなければならない。ごく稀にではあるが、複数の適性持ちである可能性があり、それを本人が自覚していない場合もあるからだ。親としてはその後の学塾に関する大事な話にも重きを置きたいところだった。


 最初に水の適性があるのではないかとアリアが思ったのは、幼児にしては明らかに発汗が多いからだった。これは同じ水の適性を持つアリアだからこそ気がついたといっていい。

 アリア自身は記憶にないが、成長した際に母親から発汗の量があまりにも多くて洗濯が大変だったのよ、と告げられていたのを思い出したからだ。火の適性を持つグレンでは気がつかなかっただろう。

 ソフィアが4歳になり、初めて指の先からちょろちょろと水を出したとき、両親は確信とともに舞い上がったのであった。当の本人は、なぜ2人が涙を流して喜んでいるのか分からないという体で首をかしげて呆けていたが、普段は食べられないような豪勢な食事が食卓に並んだので嬉しかった。


 天の陽が中天を過ぎ、春らしい風そよぐ教会にソフィア達が到着した。教会にはすでに2家族が来ており、談笑していた。もちろんどちらも見知った仲である。

 1人目の少年はアルウェイ。

 彼は両親の畑仕事を手伝うのが好きで、両親が農作業をしているあいだ、作物がよく育つようにと畑の脇に木の棒でお日様の絵をひたすら描きまくる子だった。

 畑の中には入らないが、お日様の力があれば、万事上手くいくという謎の確信を幼いながらに持っており、そして何より、この年で生涯の仕事は畑仕事と決めているような聡い子だった。

 両親はそんなアルウェイを心配していたが、土の適性があれば、植物の生育に干渉できるので、大成するだろうと思っていた。

 2人目の少女はリーゼ。

 品のある様々な色の花模様が刺繍された艶やかな着物を着ていて、長めの紫色の髪を後ろでひとつまとめに巻いていた。着物と相まって凄く愛らしい。彼女は両親と手を繋いで来ていたが、頭を垂れ、可愛らしい服を着ているのに、なぜか元気がなかった。すごく疲れているようにも見える。

 しかし、普段の彼女はとてもやんちゃで、ソフィアと共に年上の男の子達と森や川で泥だらけになって遊ぶ子なので、その温度差が凄かった。

 一体何があったのか、ソフィアは目を丸くしてリーゼを見ていたが、リーゼはソフィアが来たことに気がつくと、苦虫を噛みつぶしたような笑顔で手を振ってきたので、ソフィアも笑顔でぬいぐるみを乱暴に振って応えた。グレンとアリアは軟膏をたっぷり塗ったであろうリーゼの両親の姿を見て、苦笑いをしつつ、なんとなく察したようだった。


 そうこうしているうちに教会の中からシスターのマーベルが、長いスカートの裾を少したくし上げ、小走りで近づいてきた。マーベルは教会を任されている老婆であるが、頑健で、とても60歳を越えているようには見えない丈夫さを持っている。

 彼女は木の術法を得意とし、薬の調合を担う薬師としての顔も持っている。

熱を出したときや具合の悪いとき、怪我をしたときは、村のみんながお世話になっているのだ。

「お待たせしました。準備が整いましたので中へお入りください。」

 優しい声音で、マーベルは3家族を教会に入るように促した。小走りで来たのに息切れは全くなかった。

「シスターマーベル、今日はよろしくお願いします。」

 アルウェイの母親がお辞儀をしながら謝辞を述べた。遅れて他の大人達もお辞儀をする。

「そんなに堅くならないで。さぁ、どうぞ。」

マーベルはにっこりと微笑んで、右手全体で教会の入口を指し示した。笑顔にほぐされて、それぞれの家族は教会の中に入っていき、最後にマーベルが続いて入り、ゆっくりと扉を閉めた。

 教会の中は40人くらいは楽に入れる広さで、天井の明かり取りには綺麗にガラスが嵌められ、赤い絨毯が敷き詰められた床に斜陽を落としていた。真ん中の通路を開けて、左右を挟むように長椅子が前向きで順番に並んでいた。通路の奥はちょっとした広間になっていて、中央に講壇が設置されている。その手前にいくつかの丸椅子が置かれていた。その講壇には、赤い布に護られるように丸い石が大事に置かれている。

 親達はその丸椅子におもむろに腰を下ろした。ソフィアはグレンに抱えられ、その膝の上にちょこんと座った。こちらの役得はグレンが勝ち取ったようである。

「ではこれより、適性の儀を行います。すぐに済みますから緊張せず落ち着いてゆっくりね。」

 講壇の前に立ったマーベルは皆の着席を確認して、優しい口調でそう言った。



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