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そして僕は死者を抱く  作者: 貧弱眼鏡
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人との遭遇

「助けて……」


僕は目を疑った。夢じゃない。触れることはできないけれど、確かに目の前に人がいる。


「あ、あの!」

僕が声をかけると、その人は肩をビクリと震わせ、恐る恐る顔を覆った手を外した。


「……人?」


その人は(ひど)(おび)えていた。

「そうです! 人です!」

「あの、モンスターは……」

モンスター……黒豹のことだろう。モンスターと(くく)られているのか。

「大丈夫です、倒しました」

「えっ?」


その人は目をぱちくりさせると、辺りを見回して「ほぇ~」と呟いた。


久しぶりに人間に会った喜びで舞い上がっていたが、よく見るとこの人すごくかわいい。

こんな獣臭い、洞窟だか何だかよくわからない所にいるのが信じられないほど、彼女はやわらかそうに見えた。久々に見る人間なので贔屓目(ひいきめ)もあるかもしれないが、やっぱりかわいい。


「あなたは大丈夫ですか?」

「はっ、はい! 私はこれくらいじゃ負けません!」

ふわりとした髪を揺らして、彼女は胸をはった。しかし、そのまん丸の目には涙が(にじ)んでいた。


「そうじゃなくて、怪我(けが)とかは」

「えっ? ああハイハイ! 元気です! 大丈夫です!」

彼女はそう言って腕をブンブンふって見せた。


……なんだか、子供みたいな人だ。元気ならいいけれど。

「大丈夫……そうっすね」

「ハイ! それよりも、あなたは大丈夫ですか? あのモンスターってけっこう強いと思うんですけど」

「もう何回も戦ったことあるから平気ですよ」

まともに戦ったことはないけれど。


「おお~……。お強いんですね」

彼女は僕の顔を見ると、もう一度「ほぇ~」と息をついた。


「そうだ、助けていただいてありがとうございます! 私はイレーヌ、イレーヌ=バトンと言います!」

そう名乗って少女は笑った。

「あ、ええと、僕は緒方(おがた)海里(かいり)です」


「オガタさん! よろしくお願いします!」

イレーヌは僕の手を握ろうとした。僕は「どうも」と言いかけて、すんでのところで体をのけぞった。

「……なんで、逃げるんですか?」

「いや、ちょっと触れない事情がありまして」


危ない。やっと出会えた話の通じる相手をみすみす殺してしまうところだった。


「もしかして私、臭います!?」

「ああイヤイヤ! そんなことはないです!」

「ならどうしてそんな離れてるんですか!」

イレーヌはじわじわと僕に近づき、僕もじりじりと後退(あとずさ)った。

「やっぱり私から逃げてるじゃないですか!」

「すみません! ちょっと近づくのは無理です!」


「……私、そんなに汚いですかね?」

「そうじゃないんです! ただ僕があなたに(さわ)れないだけなんです!」

「触れない?」


僕は辺りに転がっている獣、もといモンスターに目を移した。

「どうしてだか、僕が触った相手はああなってしまうんです」

泡を吹いて倒れている豹を見て、イレーヌもごくりと(つば)を飲んだ。

「あれ、狙ってやったわけじゃないんですか?」

「違うんです。勝手になるんですよ」


僕が腕を振ると、僕を包む黒い光もゆらりと揺れた。

「それは?」

「分からないんです。気がついたらなんかモヤモヤしてて」

「うーん……魔法か、呪術の類いでしょうか」


「そういえばイレーヌさん、ここがどこか分かりますか?」

「え?」

「恥ずかしながら、迷子なんです。いつの間にかここにいて。多分1ヶ月くらい歩いたんですけど、一向に外に出られなくて」

「あ、そ、そうなんですか!」

イレーヌは一瞬戸惑ったようだったが、すぐに取り繕った。


「……きっと、オガタさんは転移術式か何かでここに飛ばされたんだと思います。そうでなければ、こんな所に来る人いませんもの」

「こんなところ?」

「はい」


「ここは世界の淵(ギンヌンガ)、地下世界と地上世界を分ける最果ての地です」


「ギンヌンガ……最果ての地……」

なるほど、分からない。


「その地上世界と地下世界ってのは何です?」

「えっ? 地上世界と地下世界ですか? それはそのまま地面より上と地面より下って意味ですが……」

「いや、そうではなく……。地上にある世界と地下にある世界について教えてほしいんですが」

「そっ、そうでしたかすみません! えっと、地上世界っていうのは私たち人間種が暮らす世界で、地下世界っていうのは……すみません! あまり知りません!」

「いや、十分参考になりました」


人間種が住む世界……つまり地下世界には人間はいないってことか。通りでモンスターしかいないはずだ。


「でも、なんでイレーヌさんはこんな所に?」

「それは……ええと……」

彼女は言うべきか言わざるべきか迷っているように見えた。

「言いたくないなら無理に言わなくても大丈夫ですよ」

「いえ、いいんです。恩人に隠すようなことでもないですから」


さっきまでとは違う切ない顔で、イレーヌは笑って言った。

「私、ここへは()(にえ)になりに来たんです」


「生け贄?」

「はい。私の村では毎年捧げているんですよ」

「……誰に」

地龍(ニーズヘッグ)様です。いつもは世界の淵(ギンヌンガ)で眠っていらっしゃるんですが、この季節になると魔力(マナ)の高い(えさ)を求めて動きだすんです。村は昔、何度も荒らされたそうで」


餌を探しに出てくる前にご飯を差し出している、ということか。えげつない。


「そのニーズヘッグ? って奴は退治できないんですか?」

「昔はそうしようとしていたらしいのですが、あれは獰猛(どうもう)です。何人もの豪傑(ごうけつ)が勇み挑んでも、結果は悲惨なものだったと聞いています」

「どうしようもないってわけですか……」


「それに、今は地龍(ニーズヘッグ)神格化(しんかくか)している輩もいます。下手に手をだそうものなら、生け贄になって食べられるよりも前に彼らに殺されてしまいます」

「神格化って……」

「たしかに信じられないですよね、神のような怪力を持っているとは言っても、所詮はトカゲですのに」


「……トカゲ?」

なんとなく、思い当たる節がある。


「い、イレーヌさん……。ニーズヘッグって、どんな奴です?」

「え? えっと……伝承だと岩のような巨体と何物も通さない黒く強靭な肌、鋭く太い牙と爪は鋼の鎧さえも――――」

「ありがとうございます! もう大丈夫です!」

予感は的中した。おそらくニーズヘッグとは、僕が最初に倒したあのトカゲだ。


「あの、もしニーズヘッグが死んだらどうなります?」

「うーん、多分普通に死ぬぶんには問題ないと思いますけど」

「けど?」

「誰かに倒されたとあったら、村の人達は黙ってないと思いますよ」

「……そうなんですか」


どうしよう。どうしようもない。


「オガタさん? どうかしましたか?」

プラスに考えよう。イレーヌさんが死ななくてもよくなった。それでいいんだ。たとえ僕が恨まれようが大丈夫。

「ちなみに、村の人達が黙ってないってどんなことされるんです?」

「それはまぁ……」




彼女は困ったように笑った。

(さら)し首でしょうね」

たらりと延びた汗が、僕の体を伝っていった。

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