闇の中、一人
「ルガァァアアアアア!」
けたたましい咆哮が寝耳についた。
【敵意検知】に反応はない。狙われているのは僕ではない。
僕は走り出した。この鳴き声はきっと黒い豹のような獣だ。肉は硬くてあまり美味しくはないけれど、血はさらりとしていて飲みやすい。
だが、僕が走る理由はそこではない。黒豹が声を上げているということは、 奴らが狩りをしているということだ。僕はそこに踏み込み、ハイエナになろうというのである。
獲物はなんだろうか。猿か、大蜘蛛か。後者だといいんだけど。
猿は臭みがとびきり強くて、しかも肉が筋ばっている。それに比べて蜘蛛は美味しい。見た目はゲテモノと言う他ないが、硬い殻の内側はトロリとして魚の白子のような風味がする。足の肉も蟹みたいでうれしい。
僕は舌なめずりをした。もちろん気付かれるようなヘマはしない。
【気配遮断】――――この間獲得したスキルだ。
以前から何回もレベルが上がっているし、そのまま突っ込んでも平気だとは思うが、やはり用心するに越したことはない。喉に食らいつかれでもしたらその時点で終幕なのだ。
見つけた。黒豹は四……いや五匹。一頭は小さい。しめた、若い奴は身がやわらかくて旨いんだ。
岩影に身を隠し、そっと奴らを見た。
奴らが狙う獲物は一匹。逃げの一手を辿っている。
猿……? いや、違う。動きに野性味がない。それに一匹でいるにしても、猿があんなに一方的にやられるだろうか。
まぁ、どうでもいい。
僕は奴らの背後から飛び出した。
一頭ずつお尻を撫でて回る。奴らが気付いた時にはもう手遅れだ。
「フギィイイイアアッ!」
嫌な音だ。死ぬ間際の声にはいつまでたっても慣れない。
五頭目に触れ終わり、そのままの勢いで最後に残った一匹に手をかざした。
「……助けて」
僕は手を止めた。
獣の声じゃない。
「嘘」
僕が今まさに手をかけようとしていたのは、僕が求めてやまなかった、僕と同じ人間だった。