闇に囲まれて
――レベルがアップしました――
無機質なアナウンスが頭の中に木霊した。
……レベル? 何を言っているんだ。
夢? こんなに冷や汗の出る夢があってたまるか。
確かにレベルと聞こえた。ゲームのプレイヤーレベルのようなものだろうか。俺はゲームの中にいるのか。そんな馬鹿な。
「誰か、誰かいるのか!? 教えてくれ! レベルって何だ!?」
叫びが反響しても、答えは返ってこない。
「何だってんだ……」
そもそもここはどこなんだ。この体についた黒いモヤは何だ。
分からない。分からないことだらけだ。
僕は傍らに倒れている巨体を眺めた。
トカゲのような、と思ったがどちらかというと恐竜のようだ。
「なんなんだよ、こいつも……」
触ってみると硬い。とてつもなくゴワゴワしている。知らない感触だった。
ギュリギュリギュリ……不気味な小音が耳にあたった。咄嗟に辺りを見回し、音に意識を集中した。
何かいる。隠れている。
先ほどまでは黒だけだった視界は青く晴れ、今では暗闇の中の岩の影さえ見てとれる。
気味の悪い音は、その岩の後ろから聞こえていた。
獲物を定めるように、奴らはちらちら顔を出した。
たくさんいる。毛が見えたが、全体がつかめない。
声を上げれば追い払えるだろうか。いや、奴らはきっと僕が叫んだのを聞きつけて狩にきたのだろう。大声で逃げるとは思えない。
じゃあ僕が逃げるか。逃げるにしても、完全に囲まれている。もしさっきのトカゲみたいなのがたくさんいるとしたら、逃げきれる気がしない。
気がしない……にしても。
「ただ殺されるよりは」
僕は走り出した。文字通り闇雲だが、目がきく分トカゲから逃げた時よりは走れている。
「ウケェェェェエエエ!」
影の中の一体が吠えた。それにつられて周りからも喉を絞めるような鳴き声が上がり、合わさり、耳を塞ぐほどの騒音になった。
五月蝿い。けど、さっきのトカゲに比べたらマシだ。
「ウキィイイイアッ!」
僕に飛びかかる姿が見えた。今度はよく見える。かわせる。
鋭く尖った爪が僕の横を過ぎていく。
猿だ。それも酷く人相の悪い猿だ。
どうやらこいつらは猿の群れで、僕を食べようとしているらしい。
だとしたら厄介だ。猿は賢い。トカゲのようにむやみやたらと突っ込んではこないだろう。
再び飛びかかってきた猿を避けると、今度は別の猿が避けた先に攻撃を仕掛けてきた。案の定だ。
まだ予測がついている分かわすことはできるが、次々に襲いかかかる奴らにいつまで対応できるかどうか。
こちらが動きを見ていることを察したのか、奴らは数匹、数十匹のかたまりで一斉にかかってきた。
まずい。避ける隙間がない。
諦めかけた時、体が動いた。
目の前の猿を蹴り、踏み台にして、奴らの小隊を跳び越えたのだ。
どうしてこんなことができたのかは分からなかった。だが、窮地をとりあえず乗り越えた僕は走った。奴らが周りを大勢で固める前に。
「ウキュアイィィィィィケッ!」
猿の声が響いた。先ほどまでとは違う、悲鳴のような声。
思わず立ち止まり振り向くと、さっき僕が蹴った猿が苦しんでいる。喉を抑え、泡を吹き、白目を向きながら暴れ、痙攣したかと思うと、そのまま動かなくなった。
死んだソイツの体には、僕の体に這っているのと同じ、黒い瘴気のような光がまとわりついていた。
ギュリギュリ……と奴らが歯を軋ませる音がした。威嚇じゃない、僕が奴に何かをして、奴が死んでしまったことへの復讐の音色だ。
「ぐぁッ!」
僕がどうするか考えるよりも前に、一匹が僕の足に噛みついていた。
「くそ、放せッ!」
振り払おうとしても力が強く、顎を外すことができない。
そして、足を止めている僕を奴らが待ってくれるはずもなかった。
次々に奴らは牙を剥き出しにして、僕の体めがけて突き立ててくる。腕に、足に、いくつもの痛みが走った。
その時、黒い光が蠢いた。
僕を包んでいたそれは猿たちの体を巡るように広がり、噛みつかず様子を見ていた周りの猿たちまでも包み込んだ。
直後、数えきれないほどの断末魔が耳をうった。
「な、なんだ……ッ!?」
泣くような、助けを請うような酷い声。まるで地獄だった。
目を開けると、猿はみな死んでいた。
立っていたのは僕一人で、他にあるのは亡骸だけだった。
言葉を失った僕の耳に、聞き覚えのある無機質なアナウンスが響いた。
――レベルがアップしました。データからスキルを作成します――
【予測】【緊急回避Lv2】【音波耐性Lv2】【回避】【生存本能】【敵意検知】を取得しました。
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