向き合って
日の落ちた後、夜の明かりが灯る酒場で、ごきげんな声が響いていた。
「ガッハハハ! まったく、やるじゃねぇか坊主! あんな獲物を獲ってくるなんてよ!」
酒場の主人――ドルカが海里の肩をバシバシと叩く。
「コカトリスは獲れませんでしたけどね……」
「いいんだよンなこたぁ! あの緑蜥蜴の肉でお釣りがくるぁ!」
皆はそう言うが、僕はそんな気分良くなれない。あのトカゲは僕が蒔いた種なのだ。
明らかに僕の失態だった。
あんな巨体が通るような穴を開ければ、他の奴らも上に出てくるに決まっているじゃないか。
「オガタくん、大丈夫? すごい辛そうな顔してるけど、酔った?」
ナーミンが心配そうな顔で僕の顔を覗きこんだ。
「大丈夫です。というか飲んでないですよ」
「そっか、まだ成人してないんだっけ」
酔えるなら、酔ってしまいたい。嫌なことを考えなくなるように。
忘れたい。嫌なことみんな。
――脳裏に一瞬、イレーヌさんの顔が浮かんだ。
「ちがう!」
喧騒の中、声が聞こえた数人が僕の方に目を移した。
「え、え、えぇと、ちがった? ごめんね子供扱いして」
「あ、あぁ。違うんです。こっちの話です」
僕の中の嫌なこと、忘れたいことの中に彼女がいた。
きっと僕は彼女から、彼女を殺した自分の責任から逃げたがっている。
今日だって、昨日だってそうだ。僕は調査や依頼を理由にして、彼女のもとから離れようとしていた。冷たい彼女のもとから、暖かい人のところへ。
今日は心が充実していた。だからこそ、この暖かい場所からあの冷たい宿に帰りたくない。
最低だ。人を殺しておいて、自分だけ生きている人の所へ逃げようだなんて。
「すみません、僕はもう帰ります」
「えぇ、もう?」
「なんでェ、お代なら気にすることないぜ。カリンカにツケとくからよ」
「いや、すこし眠くなったので。もう今日は宿に帰ろうかと思います」
ドン、と目の前に皿が置かれた。
「これだけ食ってけ!」
「……これは?」
「コカトリスの腿の素揚げだ! お前この肉美味しいって言ってたろ」
「ありがとう、ございます」
温かい。暖かさに溺れてしまいそうだ。
「コカトリスの肉は魔力が豊富で疲労回復にももってこいだからな。ついでにこれも食べろ、ウチで採れたトマトゥルだ」
「これも美味しいです。甘くて……」
じん、と体の中が熱くなるのを感じた。
「ごちそうさまでした。今夜はぐっすり寝れそうです」
「おう! お粗末様さん!」
ドルカはぐっと親指を立て、僕も少しだけ笑顔になった。
「あれ? オガタくんもう帰ったのー?」
テルモッタがだらりとした目を向けた。いっしょに飲んでいたサルサラとマグはすでにつぶれており、グラピーも寝落ちしたヤカンをいじって遊んでいるので、手持ちぶさたという状況だった。
「うん。眠いんだって」
「ふぅん。ねぇナーミン、あの子なんか変じゃなかった?」
「変って?」
「なんとなく、全部かな」
「なーにそれ」
彼女はクイ、とグラスを空けた。
「いや、だぁってあの子、まず格好が変じゃない。フード付きのローブにグローブまでしちゃって、まるで体を見られるのを嫌がってるみたい」
「あの服は魔法使いだからなんじゃないの?」
「だったら魔法使うでしょフツー。あの子の戦い見た? 片手で大牛の首へし折ってたわよ」
「それはそうだけど……」
「それにあの子、なんか怖いのよ。腹に一物抱えてるーっていうか」
テルモッタの話を聞いて、隣のテーブルでグラピーも考えていた。
――確かに、オガタくんには何か違和感があった。話している時は丁寧で優しそうな印象を受けるが、モンスターとの戦いとなると、彼はどことなくイキイキしているように思う。
「もう、せっかく助けてもらったんだから疑うようなこといっちゃあダメだよ」
ナーミンがグラスに口をつけようとした時、ドンという音がして、店が軋んだ。
「また……地響き?」
明かり一つ点いていない暗い部屋。二つあるベッドの内、片方には海里の荷物。もう片方にはイレーヌが眠るように横たわっていた。
「ただいま、イレーヌさん」
穏やかで、綺麗な顔。僕に負い目を感じさせまいとして笑って死んでいった、あの時の顔そのままだ。
「ごめんなさい、もう迷いませんから。あなたが骨を埋められる場所につくまで、僕はあなたと向き合います」
彼はそう言って、ベッドの上に倒れた。あまり眠る気はしなかったが、瞼を開いたままではいられなかったのだ。
「オ……サ……」
不意に聞こえた声に、海里は思わず目を開けた。
「オ……ガ……サン……」
彼は疑った。目を、耳を、今目の前に広がる光景を。
「……イレーヌ、さん……?」
彼女は動いていた。立って、這って、海里に迫っていた。
瞳は黒茶色に濁り、唇を薄く吊り上げながら。
その顔に、生は無かった。




