落ちた先に
光は無い。そこは闇だった。
ただ暗く寒く、静かな音だけが響く場所。
――僕はどうしてここにいるんだっけ。
澄み渡る青い空。古びたぬいぐるみの綿のように千切れた雲。最後に見たのはそんな景色だった気がする。
目が慣れてきても、そこがどこであるかは分からなかった。
ひたすらに奥へ、奥へと穴が広がっている。
ふと、生温かい寒気が背中を這った。
首を返すと、大きな黒い固まりがあった。
なんだ、ただの岩じゃないか。
息をつくと、その固まりが少し動いたような気がした。
ぞわり、ぞわり。嫌な予感を抑えて見上げてみると、暗闇の中で金の光が二つ、僕を見つめている。
「グルル……」
鼻息が聞こえた。虎のような、熊のような。
獣だ。それも僕を敵視している。
僕は奴を刺激しないように、目を合わせながら後ずさった。
突然、金の光は動き出した。
本能で危険を悟ったのか、僕は横へ跳びのけた。
奴の巨大な顎が僕の背中を掠めた。もし避けるのが一瞬でも遅れていたらどうなっていただろう。
ぎょろりと金の瞳が僕を見る。
吐息の熱さが分かるような近さ。逃げなければいけないのに、僕の体は動かなかった。
ただへたりこみ瞳に見入る僕は、奴が頭上に振り上げた爪に気がつかなかった。
ゴォと風を裂く音がして、上を向く。眼前まで迫るそれに、僕は恐怖すら感じなかった。あるのは、理不尽な死に対する諦めだけだった。
「ガァアアアアアアァッ!」
耳を突き抜けるような轟音が響いた。
咄嗟に耳を塞ぎ口を開けるが、狂うほど鳴り渡る音に耐えきれず、僕はその場にのたうち回った。
鼻と耳から血が流れだし、閉じているはずの視界も赤く染まっていく。
苦しい。痛い。
突如、音が消えた。
鼓膜が破れたのかと思ったが、体に響く感じもなくなっている。
わけもわからずのびていると、ドォン……と重く鈍い音がした。
まぶたの外が明るい。光がついたのか。
血のたまった目を腕で擦って、なんとか目を開けた。
そこは、明るくなんてなっていなかった。暗いのに、見えていた。
僕が見たのは、大量の涎を吹きながら倒れたトカゲのような巨体と、血にまみれた腕にまとわりついた、黒く冷ややかな光だった。
――レベルがアップしました。データからスキルを作成します――
【暗視】【緊急回避】【受け流し】【音波耐性】を取得しました。