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斬機走甲/´スラッシュダッシュ  作者: 石川湊
二章/邂逅´共闘
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第9話「μ」

  再び眼を覚ました青島の目の前を、見知らぬ天井が塞いでいた。

  重い音をたてて天井が開くことで、自分が棺桶の中にいたのだと思い出す。


「ミユ、どういう……あ!」


 段々と目覚めていく意識が、棺桶の中にミユの体も入っていた事を思い出させ、慌てて飛び退く(・・・・)も棺桶の中にいるのは自分だけだった。


「あれ?」


『お目覚めのようですね』


 ゾクリと声のする方に振り向く青島だが、目の前にいたミユが五体満足でホッと息を吐き安堵した。


『どうやら問題なく動く(・・)ようですね。成功したようで私も安心しました』


 μ(ミユ)の言葉にハッと気がつく……自分に健全な両足がついていることに。

 しかしよく見ると、自分のつけていたパワードスーツと細部が違うようだ。

 応急処置をする時点で、既にグチャグチャになっていたので修理するのは不可能だろうとは思っていたが、別のパーツがあったということなのだろうか?


「別の……パーツ?」


 そういえば、ミユが奇妙な事を言っていたことを思い出す。たしか……、


『お察しの通り、今貴方の体についているのは私の両足です』


 衝撃的な言葉に思わず腰が抜ける青島。その目に映るは自分の足……ミユのものだった足だ。


「どうしてこんな……」


『質問の意図が不明です。貴方も私もまだ戦いたかった。その為に最善を尽くした、それだけのことです』


 視覚モニターに映るミユは、あくまで淡々と答える。そこに一切の感情が見出せず、青島はここにきてようやくミユが人間ではなく、兵器なのだという認識を得た。


『自壊するなどヴァルキリーギアとしての誇りが許しません。しかし電脳幽体(サイバーゴースト)の身では戦いたくてもどうする事も出来ない。貴方という存在は渡りに船でした。そして貴方だって、あのままでは必ず死んでいたでしょう?』


「自分の足を渡してまで戦いたいだなんて……」


『どの道すでに動かせない体でした。これくらいしか用途が見つからないのですから、仕方ありません』


 用途という単語が青島の胸にグサリと刺さる。道具としてただ使われることに疑問を持っていた自分が、命令無視して死にかけた末、兵器の足で生き延びるのだからなんとも皮肉な話である。自嘲気味に笑うと少しは冷静になれた気がした。


「聞かせてくれよ、ミユが何者で……これからどうしたいのか」


 青島は空っぽになった棺桶の淵に腰を降ろしてミユを見つめる。

 μ(ミユ)はどこから語ればいいのか悩むように、しばし目を伏せた後ぽつぽつと語り始めた。


『私達ヴァルキリーギアは、西暦末期に貴方達が征服種(レックス)と呼んでいる存在と戦う為に造られた自律機動兵器です。私も数体の姉妹と共にここ東京の防衛任務にあたり、戦って……破壊されました』


「じゃあ、ここで修理されていたのか?」


『恐らく……回収されたボディは、ここの秘密ラボで修繕されていたようですが、私が機能停止している間に人類は東京を放棄したようですね。やがて偶発的に意識だけ覚醒してしまい電脳幽体(サイバーゴースト)となった私は、修復を終えたボディに戻ることも出来ず、膨大な時をあてもなく過ごす事となったのです』


 思わず青島はゾッとする。言葉そのものにも戦慄したが、なによりもそれを平然と言ってのけるミユに恐怖したのだ。

 ミユがどのタイミングで目を覚ましたのかは分からないが、征暦が始まってから千年……ミユが一人で過ごした期間は、青島には想像もつかない程長く果てしなかったことだろう。

 人間ならば確実に発狂するだろう。兵器だから……機械だからこそ、今こうしてミユは青島の目の前で平然としていられるのだ。


「でもちょっと待ってくれよ、どうして今まで誰にも回収して貰おうとしなかったんだ? ヘッドギアを着けてれば見えるんだろ?」


 青島の質問に、ミユは何の感慨もないように無表情で首を振った。


『原因は分かりませんが、私の行動出来る範囲は新宿近辺に限るようです。またこれも原因不明ですが、今まで誰一人として私を視認出来た者はいません……貴方を除いて』


 ジッと見つめるミユの赤い瞳に、青島は思わず怯んでしまう。


『しかし、どうして貴方にだけ私が見えたか等どうでもいいことです。まずはここから出る事を考えましょう、今後の事を話すのはそれからでよろしいかと』


 返事を待たずにスタスタと……もっとも足音など出ていないのだが、部屋を出ていくミユの後を青島も追う。棺桶から降りて両足に地面を踏みしめる感覚を味わい、再び今の自分は他人の足で歩いているのかと嫌な感覚が背筋を這った。

 二人が部屋を出るとひとりでに重い扉は閉じていき、周囲は再び闇に飲まれた。それに合わせてヘッドギアの暗視機能が動き出す。


「ここの装置はどうやって動かしてるんだ?」


『あの部屋は私の体の一部のようなものですから。貴方達がゲートと呼ぶ施設内で色々試してみましたが、他の機具に干渉する事は基本的には不可能のようです』


 横に並び歩くミユにふと触ってみようとするものの、視覚モニターに映る青島の腕はミユの体を捉えることなくすり抜ける。


「基本的ってことは干渉出来る機械もあったってことか?」


『単純な構成のものであれば。しかし私は元来電脳戦を想定されていないので、AIを持つ機械は基本的に不可能ですし、駆動系に干渉するには私の意識を一旦インストールする必要があります。つまり……』


 ミユがこちらをチラリと覗いた途端、ミユの体を触れようと動かしていた青島の手……正確には腕のモーターが勝手に動き出し、青島の手の甲は自身の顔をピシャリと(はた)いた。


「いって!」


『誇り高きヴァルキリーギアの体を、気安く触らないで貰いたい』


 ツンと顔を逸らすとミユは足早に空洞へ先走っていった。兵器であり機械なのだと認識したと思ったら、途端に人間のようなことをするミユに、青島は戸惑うばかりなのであった。

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