第6話「兵士の用途」
■青島〉黒沼『遺跡の高層って、たしかあまり植物は生えないって教わった気がしたんですけど、全然そんなことないッスね』
■黒沼〉青島『あら、珍しく講義の内容覚えているのね。一般的にはそれで正解だけど、軍隊蜂がコロニーを作る過程で、花粉とか種を運んできちゃったんでしょうね』
さらに上の階に上がった伍行分隊の眼前に広がっていたのは、大量の毒性植物だった。
巨大でグロテスクな花弁が所狭しと広がる光景は、とても先程までと同じ遺跡内にいるとは思えない。
ただ毒性があるだけではなく、こうも視界を遮るとなると危険極まりない。軍隊蜂の前にまずはこれらの植物の伐採から始めなくてはいけないようだ。
■伍行》分隊員『燃焼する可能性もある、間違っても銃器は使うな。フォトンブレードなら問題ないが、念の為黒沼は青島の面倒をみてやれ』
■黒沼》分隊員『了解です』
■黒沼〉青島『そういう訳だから、気をつけてね』
青島に近づきながら黒沼は構えていたスナイパーライフルをしまい、腰からサバイバルナイフを取り出した。青島も黒沼に続きサバイバルナイフのスイッチを押すと、内蔵されたフォトンが刃に装填され薄く輝きだす。黒沼のナイフは黒、青島のは青色に光り出した。
■青島〉黒沼『これは覚えてるっスよ、フォトンは白、青、黒、赤、緑の五色に発光するけど、どうして同じ武器を使っても、使う人で色が変わるのかはまだ不明なんスよね?』
■黒沼〉青島『正解。捕捉するなら五色に加えて無色もあるんだけどね』
半ば講義めいた雑談を交わしつつ、伍行に指示された部屋の植物を片っ端から切り捨てていく。壁を突き破った根などは、流石に今はどうしようもないので、ひとまずそれ以外の部分を切り裂いては窓から放り捨てていた。
襲撃を警戒しなければならないので中々ばらけて行動出来ず、一階層丸々除草する頃には日が傾きつつあった。
■伍行》分隊員『残念だが今日はここまで……敵襲! 散開しろ、各自発砲!』
伍行の通信を聞いた青島たちが、受け持っていた部屋から出てきたのと同時に、かつての空調のダクトを突き破り軍隊蜂が再び襲撃してきた。
新た現れた個体は先程と違い、羽が退化している代わりに肢は何倍も太く刺々しい。また尻尾の針に加え鋭利に発達した顎を持ち、蜂というよりもほとんど蟻に近い容姿をしていた。
今日ほぼ丸一日従事したおかげで、フロア内に発火性の植物は残っていない。青島はライフルの安全装置を外し目前の軍隊蜂を撃ち抜いた。
ギチギチと顎を鳴らしながら突進してくる軍隊蜂を避けながら、こんな顎を持つ相手ではフォトンシールドも破られかねないから、伍行は隊を固めなかったのかと遅れて思い至る。
陸戦型軍隊蜂は先程と比べれば大した数ではないし、動きも直線的なので青島でもどうにか対処は出来ているが、倒しても倒しても後から湧いてくるので、徐々に集中力が途切れかけてきていた。
■伍行》分隊員『退却するぞ! 青島のカバーは小此鬼がやれ。ひとまず40階まで逃げるぞ』
■小此鬼〉青島『行くぞ青島、こっちだ!』
小此鬼が高周波フォトンブレードを振りまわし敵を蹴散らしながら、青島の手を引き走る。
青島は追走しながら適当に目につく軍隊蜂を撃ちまくるが、思わず足を止めてそれを凝視してしまった。
軍隊蜂の突進が引っかかり尻もちをつく黒沼。追い撃ちをかけるように後続の軍隊蜂が流れ込むも、伍行は反対側を見ている……あれでは指示が間に合わない!
「黒沼さん!」
■伍行》分隊員『黒沼のカバーは熊野が――青島やめろ!』
命令にはなかったがそれどころではないと、青島が黒沼の元へ駆けだすと同時に通信が入った。どうして反対を向いていた伍行がこちらを把握しているのかは分からなかったが、既に勢いは止まらなかったし、熊野より自分の方が近いのだから判断は間違っていないと思ったのだ。
「青島君、逃げて!」
「馬鹿野郎青島! 黒沼は他のやつに任せろ!」
倒れた黒沼にさらに追撃をかけようとする軍隊蜂に、青島はライフルもかなぐり捨ててナイフにありったけのフォトンを灯して突撃する。そのまま腰に据えたナイフごと、軍隊蜂に体当たりをして軍隊蜂を黒沼から遠ざけた。
たしかな手ごたえを感じて安堵するも、勢い余った青島は軍隊蜂ごと丁度ぽっかりと壁に空いていた巨大な亀裂に突っ込んでしまった。
不幸なことに亀裂の先は軍隊蜂が食い破った所為か空洞になっていて、咄嗟に亀裂に手を伸ばすものの間に合わず、助けに入ろうとした小此鬼の手も届かず、青島は下へ下へと落下していった。
どうやら空洞はかなり大きいようで、あちこち壁に激突しパワードスーツが火花を散らしながら、青島はどこまでも落ちていった。
役に立たない者は処分される……兵士の用途は指示に従う事……。
もしかして伍行はここまで計算した上で、青島に指示を出さなかったのだろうか。だとするなら自分がこうなるのも当然の結果なのかもしれないと、自嘲気味に笑いながら青島の意識はフッと途切れていった。