最終話「切り進む者たち」
元々この一帯は既に奪還完了していたのだが、一度は奪還した遺跡もさしあたっての使い道がないので封鎖している間に、どこから潜り込んだのか征服種が再び奪ってしまうという事案が数度発生していた。
その所為で青島達はここしばらく、あちらこちらで転戦をよぎなくされている状態にある。
「大した規模じゃなくてよかったけど、まさかほんの数週間目を離しただけで征服種の巣になっちゃうとはな」
「それもずっと西地区で発生していたのが、今回の東地区ですからね。一刻も早く根本的に解決しなくては、市民を危険に晒しかねませんね」
遺跡を出た青島は、ヘッドギアとμの首根っこに刺さっていたケーブルを引き抜いた。
戦闘時以外は、極力ケーブルを外さないとμが拗ねるのだ。まるで首輪のようだと、機構戦乙女の誇り的にどうとかこうとか……。
青島とリンクしていない状態だとμはほとんど目が見えないのだが、そこは天下の機構戦乙女、新宿のマップデータを全てダウンロードし、視覚以外の機能をフル活用することで人混みにすら対応出来るので問題ないらしい。
二人が向かうのはかつて新宿駅と呼ばれていた施設、今は奪還者駐屯所とその名を変えたゲートの中枢である。その中にある基地長室へ報告しに向かっているのだ。
「今回の蜘蛛は楽だったけど、渋谷の植物は獰猛だったな。μがいなきゃ食われたかもな」
「その時は私も一蓮托生ですからね。タツヤのカバーなど慣れたものです」
フフン、と胸をはるμの隣で青島がムッとする。
「おいちょっと待てよ、この間池袋で敵に囲まれたのは誰の所為だっけ? あの時μが退路を確保出来なかったから――」
「私の所為だと言うのですか? そもそもあの遺跡の主をタツヤが仕留めなかった所為で、私が追撃するハメになったと記憶していますが?」
口喧嘩をしながらもピッタリと息を合わせ、突き当たった基地長室の扉を空けた。
部屋の主にしてこの基地を仕切っている伍行祐作は、苦笑いしながら二人の兵士を出迎える。
「相変わらずだな。お前たちがじゃれ合ってると、基地内の活気が三割は増しているように感じるよ」
「……大きなお世話です。誇り高き機構戦乙女である私が、あんな犬の散歩でもしているかのような格好で戦うことが、そもそも間違っていたのです」
「なんだと! 俺だって好きでケーブル繋げてる訳じゃないぞ!」
「……喧嘩なら他所でやってくれないか」
また始まったかと溜息をつく伍行。
「大体タツヤは観察力が高過ぎるのです、私がどれだけの情報を取捨選択していると思っているのですか」
「それを言うならμは動きに余裕がなさすぎるんだよ。お前に合わせて走る俺の苦労を考えたことあるのか?」
μの指示に一方的に従ってきた今までと違い、青島もある程度自分の考えで行動するようになってからは、一歩間違えばすぐ口喧嘩になる有様だった。もっとも今では誰もそれを止めようとはしない。結果が目に見えているからだ。
伍行も口を挟まずお茶をすすりながら、事の成り行きを眺めていた。
「私の足を使っておきながら、追いつけないタツヤが悪いのです……まぁ先行しがちな私を、タツヤが引っ張ってくれているのは自覚しています……そういう意味では、犬はむしろ私の方なのかもしれません」
「あ……いや、俺の方こそμのスペックを引き出せなくて悪いと思ってる……ミスが多くてごめんな」
結局二人はいつも通り、モジモジと互いに俯きながら謝り合う始末だ。やれやれと溜め息をつきながら、伍行は話を切りだした。
「……話しを続けても構わないか?」
「すいません、どうぞ」
■青島〉μ『そういえば、後で露店を見に行かないか? ちょっと欲しいものがあって』
■μ〉青島『相変わらず目ざといですね。それは構いませんが……タツヤ、今月分の我々の給金はそろそろ切羽つまってきていますよ? このままだと五日後に、またいつぞやのようにクロヌマに頭を下げる事になる可能性が高いと推測します』
■青島〉μ『まじか! ……ん~参ったなぁ』
伍行の話しはほとんど聞かず、思念チャットでいちゃつく二人。実は伍行にバレていることは言うまでもない。
■μ〉青島『そもそも何が欲しいのですか? 物によっては、今後の支出計画を再計算してもよろしいですが』
■青島〉μ『……もうすぐ、μがその体になって一年経つだろ? 記念日っていうか……なんかお祝いでもしたいなーって』
その途端、ボッと大きな音を立ててμの顔が真っ赤になる。赤い瞳がカタカタと揺れて、眼に見えて動揺していた。
伍行は再び溜め息をつきながら、諦めたようにお茶をすする。
「そ、そそそそそういうことでしたら……致し方ありません。当分メンテナンスに使うオイルは、安物で我慢するとしましょう」
■青島〉μ『μ、声漏れてるぞ。まいっか』
「いや、そこまでしなくても……μのプレゼント買うのに、μに我慢させちゃ意味ないんじゃ」
青島もどうせバレているかと諦めて肉声に切り替える。
伍行は最早バカップルに目もくれず、手元の書類に判子を押していた。
「私が良いと言うのだからいいのです! それともなんですか? タツヤにとってそれ程大事な日ではないということですか?」
「いや、そんなつもりは……」
「そうでしょう、そうでしょうとも……私は家計簿を計算し直しますので、一旦戻ります。申し訳ありませんが、次の作戦概要はタツヤが聞いておいて下さい。それでは失礼します」
矢継ぎ早に言うだけいうと、μはそそくさと退室していった。後に残された青島はポカーンと立ちつくす。
伍行は書類を片づけながら、部屋の入口に待機していたオートマタを操作してμが開けっぱなしにしていったドアを閉めた。
「仲がいいのも結構だが、まさか俺にもう一度最初から説明しろなんて……言うつもりはないよな?」
書類から目を離さないものの、伍行の威圧感が青島をチクチクと責める。
この一年でさらに出世して前線から退いたとはいえ、未だ伍行の人を殺しかねないプレッシャーは健在である。
「も、勿論ちゃんと録音しておきました! 今度の池袋奪還における北関東の連中との連携についてですよね!」
緊張感からピッと背筋を伸ばして答える青島。もし万が一にも間違っていたらどうなるかは、想像もしたくなかった。
「分かっているなら結構だ。こっちの仕事も終わったことだし、少し話そうか……なに、時間は取らせん。十五号が戻ってくるまでの暇つぶしと思え」
「え、あっ……はい。了解っす」
珍しく伍行が青島にお茶をすすめてきた。青島は面喰いながらも、たしかにどうせμが戻ってくるまで露店に行く訳にもいかないしと、頂くことにした。
「去年まで除隊処分寸前だったお前が、機構戦乙女を手に入れたとはいえ、今や英雄だなんて呼ばれるようにもなった。十五号がお前にどんな影響を与えたのか、ふと気になったもんでな」
「そうっスね……μと出会って、あと隊長とも出会って、俺はやっと兵士の務めってものが分かったような気がします。今まで妹を否定した世の中を否定してただけの俺に、目的意識が出来た……んだと思います」
「目体?」
「今更何をしたって妹は生き返りません。ただ……妹が生まれてきたことが間違いだったなんて、皆に思って欲しくはないんです」
「ほう、それをどう証明する?」
「簡単ッス、俺が征歴を終わらせればいいんです。もし妹がいなかったら、俺は征歴を終わらせてやろうなんて思わなかった……死んだ妹がそれでどうなる訳じゃないんスけど、少しは俺も納得出来るかなって」
他人の間違いを指摘するのは簡単だ、しかし思考を止めてただ否定するだけでは何も生まれない。μと出会い、伍行や黒沼に教わり、σと戦って青島が辿りついた答えがこれだった。
「征歴っていうのは、言わば真人類どもの失敗の結果だ。お前はその間違いすら正そうっていうのか? 並大抵の苦労じゃないぞ……お前の人生をかけても終わらないかもしれん」
「大丈夫っスよ、俺にはかけがえのないパートナーがいますから。それにもし俺がダメでも、σが俺とμに託してくれたように、俺も誰かに想いを託せば、消えることはありません。そうやって一歩一歩未来を切り進んでみせますよ」
「そうか。未来へ切り進むか……まさに今のお前を表す言葉だな」
珍しく笑う伍行にキョトンとする青島。その時勢いよくドアが開け放たれてμが現れた。
「お待たせしましたタツヤ! さあ行きましょう、今すぐ行きましょう。再計算した結果余剰資産は……」
「ちょ、ちょっと待ったμ。まだ隊長と話が」
「元々大した話しではない、さっさと行ってしまえ」
目の前でいちゃつかれるのはうんざりだとばかりに、伍行は手をふり追い払う。
μに引き摺られて退室する途中で、ようやく青島は伍行の言葉の意味に気がついた。
「切り進む……か」
「何か言いましたか?」
「いや、なんでもない。いい加減降ろしてくれって……自分の力で歩かないとな」
笑いながら立ちあがる青島は、窓の向こうに広がる新宿の町並みを眺める。
まだちっぽけながらも逞しい人類の息吹が、そこかしこに芽吹き始めていた。
征歴が始まって千年、この星の多くは未だ征服種の支配圏である。
地上で戦い続ける新人類と、宇宙で眠り続ける真人類、双方が共に歩んでいける未来も未だ見えてこない。
これからも青島は、そんな未来を目指しμと共にどこまでも走っていく。
戦いを終わらせる為の戦いは、まだ始まったばかりなのだから。




