第41話「新たなる絆」
四月十日 関東防衛の要として十体の機構戦乙女を受領。北部・西部絶対防衛線を中心に配備。
六月十八日 東北の人類圏が消失。福島奪還の為新潟に派遣した兵団も全滅。
十一月二日 新潟陥落。近畿も落ちて久しく関東包囲の噂から逃亡兵が多数発生。
十二月二十日 上層部に行方不明者続出。ヴァルハラ計画という謎の言葉が漂い始める。
十二月二十八日 群馬ゲリラ部隊が大敗。さらに機構戦乙女が二体大破。修繕の見込み無し。
三月三十日 富山・石川を放棄。この日、謎の人工衛星が打ち上げられる。
九月三日 北部・西部防衛線後退。フォトンチッドの蔓延からマスク着用が義務付けられる。
一月九日 連絡が取れなくなっていた太平洋連合の壊滅が発覚。海側からも敵襲が増え始める。
五月十三日 備えの薄かった千葉・神奈川が奪われる。残った機構戦乙女を東京に集結。
七月十七日 機構戦乙女五体を犠牲に埼玉防衛戦に辛勝する。所属不明の兵士が現れ始める。
二月二十一日 整備士と機構戦乙女を残し東京撤退開始。事実上の日本滅亡である。
八月七日 機構戦乙女を修理ポットに封印。後世の人類に回収されることを祈る。
――――回収した破損データを一部復元したものより
新宿……ほんの一年前までは植物に埋め尽くされ、凶暴な獣が闊歩していたこの地も、周囲を強固な壁に守られ要塞都市が建設された今では、人が関東を取り戻すための橋頭保となっていた。
かつての主要都市というだけあって、新宿に立ち並ぶ巨大な遺跡はどれも探せば探すだけ貴重な情報が出てくるまさに宝の山である。新宿遺跡を飲み込んでいた樹海は四方5㎞が伐採され、征服種はそのほとんどが森とともに撤退していった。
未調査の遺跡は危険なため未だ立ち入りが禁じられているものの、民間人も多数在住して活気に満ちた今では、かつての呼び名を捨て天国門と呼ぶ者もいた。
新宿遺跡東側に残る未調査遺跡の一つ、旧伊勢丹ビルの奪還調査に数人の奪還者が入りこんでいた。
二つの大きなビルが繋がっている遺跡は、元々は商業施設だった為壁が少なく部屋数が少ない。そんなフロア内にひしめいているのは、巨大な蜘蛛型の征服種である。
駆除に訪れた奪還者も相当苦戦しているようで、粘着性の糸に絡めとられる者が後を絶たず、今まさにネット状に形成された巣に捕縛された兵士が一人、食われようとしていた。
「うわあああああああああああ、助けてくれええええええええええええええ」
叫び声も虚しく、大蜘蛛の毒々しい牙が刺さろうとしたその瞬間、大蜘蛛の頭部を一発の青いフォトンの弾丸が吹き飛ばした。
頭部を失い暴れ悶える大蜘蛛の体が、巣に囚われた兵士の上に倒れこみそうになるものの、一陣の青い疾風が巣ごと大蜘蛛を斬り飛ばす。
「た、助かった……?」
呆気にとられた兵士の目に移ったのは、両手両足を鋭利な青いパワードスーツにカスタムしている兵士と、緋色の重厚な鎧のようなパワードスーツを身に付けた二人組だった。
傍から見れば奇妙極まりない二人組である。
何故なら緋色の兵士は、人類の生命線である筈のもマスクを装備していないのだ。
ヘッドギアは装着しているものの、頭頂部を守るヘルメットをわざわざ外しているようで、暗闇でも鋭く光る銀髪を惜しげもなく晒している有様だ。
もう片方の兵士も、両手両足に明らかに規格が違うパワードスーツを着けているだけでも妙なのに、首筋の見慣れぬ装備からは一本の細いケーブルを伸ばしていて、しかもそのケーブルが向かっている先は緋色の兵士の……それも首筋に直接接続しているではないか。
明らかに普通の兵士ではない。だがしかし、新宿所属の奪還者でこの二人組を知らない者はいないだろう。
新宿奪還の英雄・青島竜也とそのパートナー、機構戦乙女μの名を知らない者など、一人だっている筈がない。
■青島》分隊員『大丈夫か!? 遅れてすまない、すぐに片づけるからな!』
■青島〉μ『それじゃあ、いきますか!』
『了解。即時戦闘共感システム、起動!』
μのヘッドギアから溢れだした青いフォトンの輝きが、ケーブルを伝い青島のヘッドギアへと流れ込む。
■μ〉青島『接続完了。戦闘開始』
遺跡の奥へと走り出す二人。向かう先には、捕まえた奪還者を遺跡の奥へと引きずり込もうとしている大蜘蛛がいる。
二人を結ぶケーブルの長さは僅か二メートル半、それほど密接した状態で瓦礫や蜘蛛の巣だらけのフロアを爆走しても尚、二人は全く激突することなくむしろ更に加速する。さらに並走する二人の脚は、征暦の技術を遥かに上回る機構戦乙女のそれ、数十メートルの距離を一瞬で埋め、先行し始めたのは青島だった。
『転送完了。翔竜剣・翼刃』
青島の手に青いフォトンの渦が展開し、巨大なフォトンブレードが召喚される。
一年前は召喚シーケンスに莫大な時間を要した為、常に青島が持ち続けなければならなかったが、実体を手にしたμが保存・召喚を受け持ち、ケーブルを伝い青島に転送する事で、本来の機構戦乙女同様、武器を一瞬で出し入れ出来るようになったのだ。
青島が手にした翼刃にフォトンを灯すのと同時に、後ろを走るμがこれまた一瞬で転送した緋色の拳銃で、大蜘蛛の退路を塞ぐように牽制する。
青い閃光に大蜘蛛が足を竦ませている間に、青島は両手に持った翼刃の柄を連結させた。その時点でμの手に既に拳銃はなく、青島の背に抱きつくのと同時に、青島は翼刃の必殺技・空閃を発動した。
フォトンの暴風雨を楽々と操る青島は大蜘蛛に直撃せず、飛び越え擦るように斬撃を浴びせた。すぐに空閃を解除して、青島とμの体はつむじ風のように回転しつつ遺跡の奥に躍り出る。
着地と同時に再び拳銃を展開したμが、とどめとばかりに大蜘蛛に銃弾を叩きこんだ。
この間僅か数秒、二人のコンビネーションは最早息が合っているというよりも、一心同体と言った方が近いかもしれない。
それもその筈。二人がケーブルで違いを繋いでいるのは、何も武器の展開速度を上げる為だけではない。
一年前、同型機σの体を得て再起動したはいいものの、破損した頭部を補う為にμ本来の頭部を使った所為か、脳に部分的にエラーが発生してしまったのだ。
その解決策として、青島のヘッドギアに残るμの意識と、σの体を使っているμの意識を一時的にリンクすることで、視覚や聴覚のみならず全ての感覚を共有したのだ。
それが全自動戦闘支援誘導システムに代わる新たな二人の絆、即時戦闘共感システムなのだ。
青島はμの、μは青島の死角をカバーし互いに情報をラグ無しで伝えあう。
勿論ただヘッドギアを繋げれば誰でも出来る訳ではない。二つの体に残ったμの精神をきっかけとして、互いが互いを信頼しているからこそ可能な荒業だ。
この一年間、二人はこの力で新宿中の征服種を瞬く間に倒していった。
卓越した戦闘力を持ちながらも、機構戦乙女がかつて征服種に勝てなかったのは、各々に絶対的な誇りと自信を持っていた彼女達は、最低限の協力はあっても連携がなかった所為なのかもしれない。
しかし互いに尊重し合い理解し合った二人は今や、征暦において最強ともいえる絆を手にしたと言えるだろう。
フロア内の大蜘蛛を全滅させた所で、二人を結ぶ光が収まる。
μが青島に干渉しているのは、今やヘッドギアとそれを結ぶケーブルのみだ。
パワードスーツのアシストがなくても、今の青島はμの意を察し動く事が出来るのだから当然である。
■青島》分隊員『こんなもんか。それじゃあ、後始末はよろしく頼む』
救援に感謝する兵士達に手を振ると、青島は一足先に遺跡を出た。




