第40話「共に空を」
「いっけえええええええええええええええええええええええええ!」
青島の体が竜巻のように回転し突撃する。
先程はここで手を離した為、翼刃はどこか彼方へ飛んでいってしまったが、今度は真っ直ぐ標的を狙わなければならない以上、手を離す訳にはいかない。
遠心力に振りまわされ左腕に纏ったパワードスーツが軋む。
岩石のような覇奴魔の腕を貫く感触は確かに感じたが、そこからは無我夢中でしがみつくだけで青島は精一杯だった。
成功率は不明、最悪角度を間違えれば、覇奴魔を倒せたとしても地面に激突してしまうだろう。
刃から展開するフォトンエネルギーは覇奴魔の皮を、肉を、骨を断ち切り、血のトンネルをくぐり抜けた青島の視界がふと正常に戻る。
翼刃を離すつもりはなかったが、握力が限界だったのか何十メートルも上昇していた青島よりも更に上空を、きりもみ回転する翼刃が青島の左腕ごと飛んでいった。
ガクガクと痙攣する右手も、痛みを通りこしてほとんど感覚が残っていない。
グチャグチャに引き千切られた腕部から、どれ程の衝撃を抑えつけていたかが想像出来た。
空閃の衝撃が抜け切り、落下し始めた青島がふと辺りを見回すと、そこには昇り始めた朝日に彩られた絶景が広がっていた。
普段は根元から見上げたことしかなった青島は、樹海がこんなにも綺麗だということを知らなかった。
そもそも日光を遮るだけでなく、種類によっては襲ってくることもある植物に対して美しいなど、こうして空から見下ろさなければ決して思わなかっただろう。
「綺麗だ……μと一緒に見てみたかったな……」
既にフォトンは空っぽで、着地を取るだけの気力も体力も残っていなかった。
重力が青島を容赦なく引き摺りおろしにかかる。
覇奴魔の死体の腕に落ちたら、あわよくば即死はしないかもしれないとぼんやり考えるものの、最早指一本動かせない青島は運を天に任せるよりない。
着地の瞬間まで目を閉じていようと、視界が閉じた瞬間背中に衝撃が走る。
いくらなんでも速過ぎでは……そもそも助かる筈がと驚いた青島の眼に映ったのは……伍行の飛行型オートマタ、青の二號だった。
「隊長!?」
目を丸くする青島を、オートマタがゆっくりと降ろす。飛んでいる間は気がつかなかったが、付近に結集していた猿吠を伍行分隊が駆逐し周っていた。
「……どうにか間に合ったようだな」
さらりと言い放つ伍行だが、青島の眼からも肩で息をしているのは明らかだ。どれだけ心配して駆け付けてきてくれたかは、それだけ見れば充分だった。
「すいません……ありがとうございます」
「黒沼は保護した、今はゲートに保護させてある……二十三号はやられたのか。お前と十五号の力でも征服種は手ごわいということか」
空閃で右半身を大きく抉られた覇奴魔と、頭部が全壊したσを見比べて伍行は呟く。
「あの……σだけじゃなくて、μも、もう……」
言いかけて再び落ち込む青島。
σの最後の援護という奇跡は起きたものの、結局μが現れることはなかったようだ。
『タツヤ!』
予想外の叫び声に驚き振り返った青島の前に……σの緋色の拳銃が飛び込んできた。
「えっ」
ほとんど力が込められない右腕でそれを握った青島の目前には、なんと体が半分消し飛んだにも関わらず襲いかかってくる覇奴魔の姿があった。
「う、うわあああああああ!」
パンッ……
同じ武器を使っていても、σの爆雷のような銃声とは程遠い、静電気のような乾いた音が響く。もっともそれですら威力はかなりのもので、青島は今度こそ右腕の限界が尽きたのをひしひしと感じた。しかし覇奴魔の頭を撃ち抜けたのだから安いものだろう。
あと一歩青島に届くことなく、覇奴魔は今度こそ崩れ落ちた。
伍行と一緒に茫然とそれを見つめていた青島は、赤いフォトンの粒子がキラキラと輝きながら飛んでいき、スッと消えていくのを見たような気がした。
咄嗟に反応する事が出来たのはまさに奇跡だった。聞きなれたμの声で叱咤されたような気がしたからこそ……、
『σは立派な戦士でした。同じ機構戦乙女として誇りに思います』
「あぁ……そうだなって、えええええええええええ!?」
赤い粒子が消えていった空を見上げた青島の隣で、さも当然のように並び立つμの声に、青島は腰を抜かし倒れこむ。μが見えない伍行は敵襲かと慌てる始末だ。
『タツヤ、気合いを入れるのは結構ですが、あまり大声を出さないで下さい。私とて感傷に浸りたい時だってあるのです』
赤い瞳を涙ぐませたμが静かに呟く。
「え、だって……え!? お前だって似たように消えていったじゃないか!」
『消えた? 私が? あぁ、σの体にダイブした時ですね』
さらりと言い放つμ。言葉を失い呆然とする青島を尻目に、やれやれと言った具合にその場を後にする伍行。青島の護衛は他の者に任せて、自身も猿吠の殲滅を手伝いにいったようだ。
「σにダイブ? ……てっきり死んだのかと」
『頭部が半壊して尚意識を保つσの精神力は、たしかに称賛に値するものでしたね』
「そっちじゃねぇよ! μの方だ!」
『先程からよく分からないのですが、タツヤはもしかして私にいなくなって欲しいのですか?』
困惑するμは、まるでこの世の終わりのような顔で落ち込んでいた。
そんな泣き顔を見せられては、なんだか青島が悪いことをしたような気持ちになってしまう。
「いやいやいや、そうじゃなくて……俺、てっきりμがあの時いなくなっちゃったのかと」
『電脳幽体である私がですか? 何故?』
μは心底理解不能という顔をするが、青島にだって分からない。
「……一応確認したいんだけど、さっき覇奴魔を撃ったのって」
『勿論私です。完璧なタイミングだったでしょう? やはり二人一緒ならば、限界を越える事など容易いですね』
あっけらかんと言い放つμ。ようやく事の次第を飲み込み始める青島。
『……わざわざダイブする前に、先程と同じ合図をしたではありませんか』
「だ、だって……まさかσの体に入れるなんて」
『σの亡骸を辱しめたのはたしかに不本意でした。しかしσからの提案でしたし、なによりあの場はああするより他に……』
「σの?」
驚く青島に、μは寂しそうに頷く。
『自分はもう助からないから体を譲ると……とはいえ、自分の体に戻れなかった私がσの体を使えるかは賭けでしたが。彼女は最後まで気高い戦士でした』
σが逝った空を見上げるμ、青島も同じく空を見上げた。
一度は敵対したもののσは終始自らの誇りを貫き、そして最後は借りを返すかのように青島の命を助け逝ってしまった。
『再調整する為に一旦体を抜けようとしたら、覇奴魔が再び動き出した時は驚きました。私の射角からでは即死させることが出来なかったとはいえ、満身創痍のタツヤに任せてしまい申し訳ありません』
「死なずにすんだだけマシだよ……」
覇奴魔を倒し、自らも助かったばかりかμも生きていて、ついに気が抜けきったのか、青島の意識はストンと落ちるようにブラックアウトした。
そこからは激動の連続で、一日が一瞬に感じるような日々を青島は送る羽目になった。
まず感覚が戻った両腕の激痛で、意識が二度三度吹っ飛びかけた青島を大至急コクーンタワーに運び、μの両腕を移植したが、前回と違い全身傷だらけで移植すれば全部解決という訳にもいかず、それからしばらくはゲートの医務室で呻き続ける羽目になった。
次に、青島が昏睡している間に伍行が話を進めていたのか、ひとまずクレイドル、ゲートに住む人々に、世界の真実を伝えるのは見送る形で奪還者上層部は決定したらしい。
フレイヤギア・Iも危険ということで、結局新宿モノリスに封印され続けることとなった。μの言を借りるならば、あれは兵器というよりもシステムそのものに近いので、説得は不可能ということらしい。
しかしσの意向を完全に潰したのかと言えば、そういう訳でもない。
クレイドルよりも遥かに整備が行き届いている日本の要塞都市総本部、富士要塞都市・通称富嶽に事の成り行きを説明したところ、意外にもあちらは機構戦乙女とデブリが良好な関係を築いているらしく、今後はクレイドルもその一員となり相互協力していく関係となったのだ。
一安心したところで最後に、σの体とμの意識を完全に融合が行われた。これは群れの主である例の巨大な覇奴魔を討伐したことで、完全に奪還完了した都庁内のσが眠っていた白い部屋で行われた。
破損した頭部を始め故障した部品は、σとμの予備パーツを総動員することでどうにか間に合わせたらしい。
μは丸一日棺桶から出てこず、ようやく出てきた時は青島は感極まって周囲に伍行達がいるにも関わらずμを抱きしめた。照れたμに突き飛ばされて、しばらくの間拗ねたのは言うまでもないだろう。
μは新しい体と実に千年ぶりの実体に中々馴染めなかったようだが、最近ではすっかり自分好みにパワードスーツをカスタマイズする有様である。
σの装備はどうやら大事にとっているらしく、たまにσを真似て早撃ちをしてみるも「σには敵わない」と笑うばかりだ。もっともそれでも人間離れしている辺りは、流石機構戦乙女といったところか。
そして季節は巡り、青島がμと出会ったあの秋の日から一年が経とうとしていた。




