第4話「銀の少女」
青島は食事を終えて一旦宿舎に戻ると、またすぐ出かけブラブラと仮要塞内をうろついていた。クレイドルに比べれば流石にまだまだ人は少ないものの、広大な森の中にぽっかりと穴を空けたように、ゲートは人類圏として確立しつつあるようだ。
もうまもなく消灯時間だ。そうなると開け放たれていたゲートの出入り口は軒並み閉ざされるので、他の遺跡で活動していた者達も次々と帰ってきていた。
特に理由もなくそういった人々をぼんやりと観察していると、ふと視界の端に違和感が引っかかる……ゲートに着く直前に感じたものだ。気配を感じ取ったという方が近いかもしれない。
青島は弾かれるように立ちあがり、違和感を追いかけ始めた。自分でも何故そうしようと思ったのか分からないし、正直なところ正確な位置すら不明だったが、いてもたってもいられなかったのだ。
人波をかき分け、普段通らないような路地に入りこむ。走っても走ってもその“何か”を捕まえる事は出来なかったが、直観的に距離は縮まっている筈だと不思議な確信があった。
後で明日の集合時間を確認しようと思いヘッドギアを持ってきていたので、走りながらでもマップが眼前の視覚モニターに表示されている。これで見知らぬ路地でも迷う心配もない。
「しめた、その先は行き止まりだ」
狙っていた訳ではなかったが、マップを見ると“何か”が向かっている先は行き止まりのようだ。ようやく違和感の正体が分かると青島は小走りに最後の路地を曲がると、
「え!?」
そこにいたのは、美しい銀髪の女の子だった。顔は見えなかったが、すらりと高い背に青いワンピースを着て、研ぎ澄まされたような銀色のショートカットは肩の長さで揃えられていた。
見慣れない格好ではあったが、食事を作る者や施設の建設など、ゲート内には既に非戦闘員は大勢入居しているので、不自然ではないのだろうかと思った途端……少女は壁などないかの様に突き進み、そのまま壁に潜るように消えてしまった。
自分の見た光景が信じられず、ヘッドギアを外し肉眼で確認するものの、そこにあるのはただの厚い壁だけだった。
慌てて壁に駆け寄るも、勿論青島は指一本壁の中に潜り込ませる事など出来はしない。適当に叩いてみるも、壁にしかけがある様子もない。
どうにかして壁の向こう側へ回り込もうとマップを検索しようとしたが、設定しておいたアラームが宿舎に戻る時間を主張し始めた。
消灯時間となり、ゲート内の明かりが警戒に必要な部分を残し消え始める。
やむを得ず、青島は後ろ髪を引かれる思いでその場を後にするのであった。
翌朝目を覚ました青島は、昨夜の不思議な出来事を誰かに話そうかとも迷ったが、結局誰にも言えずにいた。言ったところで誰も信じてくれるとは思えなかったし、無駄口を叩いているところを伍行に見られたらと思うと怖くなったのだ。
改めて自分には後がないのだと気を引き締め直し、青島は集合場所へと向かった。
伍行分隊は旧コクーンタワーの調査奪還を割り振られていた……遺跡泥棒と自分が被った訳ではないが、旧都庁へ配属されなくてよかったと、心の隅で青島は安堵していた。
かつて何かの学校だったというコクーンタワーも、第三・第四次世界大戦を経て軍事施設へと改装されたという歴史を持つ。
ゲートのすぐ近くどころか地下通路越しに繋がっているので、今までも何度か奪還者が足を運び、少しずつ下の階から奪還しているこの遺跡は、たびたび新兵の研修用として使われてきた。その甲斐あって、今では最上部に僅かな空白を残すのみで、そのほとんどが人類の管轄下に取り戻されている。
「俺達は地上45階より奪還を開始する。今更言うまでもないことだが、既に人の足が入っているとはいえ、死にたくなければ油断はするな。三日も放置すれば遺跡が様変わりしているなんてよくある話だ」
地下通路に集まったリテイカー達が、各分隊長の話を黙って聞いていた。
旧コクーンタワーに割り振られたいくつかの分隊のうち、伍行分隊は一番経験値が低い青島でさえ既に何度か調査を経験しているということで、今回は未踏破ゾーンを担当することになっている。
「あの、45階まではどうやって進むんですか?」
日頃質問する黒沼は、隊長達と何か話しあっていたので、青島はこっそりと小此鬼に尋ねた。
■小此鬼〉青島『そりゃーお前、他の新兵もいるからでかい声じゃ言えねーけどよ。ぶっちゃけ、未踏破ゾーン以外はもう見張りの奪還者がいるから安全なんだよ』
肉声ではなくヘッドギアを使った思念チャット通信で、小此鬼は青島の質問に答えてきた。どうやら他の者に聞かれたくないらしいので、青島も慌ててチャット通信に切り替える。
肉声を使わず特定の相手に直接言葉が伝わる思念チャットば、周囲に聞かれる心配がない。もっとも今の技術では、まだ相当近くの相手、もしくは有線で繋がなければ届かないのだが。
■青島》分隊員『あれ、でも俺も前にコクーンタワー行きましたけど、なんかでっかい虫とかいましたよ?』
■熊野〉青島『そいつは新兵の訓練用に生け捕りにしたやつだな。それと青島、チャンネルが個人じゃなくて分隊全員になってるぞ』
予想外の熊野からの返信に慌てた青島は、チラリと伍行達を見るとたしかに分隊員全員がこちらを見ていることに気がついた。小此鬼だけに送信したつもりが間違えてしまったようだ。
途端に頭部に重い衝撃が走る。間違いなく小此鬼の拳骨だろう。ヘルメット越しにも関わらず、小此鬼の拳骨は芯まで衝撃が走ってとても痛かった。
■小此鬼〉青島『馬鹿野郎気をつけろ! ……まぁそういう訳だから、俺らはさっさと未踏破ゾーンまで突っ切れちまうってことだ』
■青島〉小此鬼『なるほど……どうもッス イテテテ』
■小此鬼〉青島『戦場で下手こいたら、そんなもんじゃ済まねェんだからな、このボケ』
青島は頭を抑えつつ小此鬼と熊野に会釈で礼をすると、旧コクーンタワーの入口を見やった。既に数度訪れた事があったのでどこか慣れた気でいたが、以前自分がおっかなびっくり倒した敵が訓練用に用意されていたものなのだと知ってしまうと、後がないとは思いつつも余計に気が抜けてしまう。
「伍行分隊は最後に突入する、無駄話をしている暇があったら装備の点検を済ませておけ」
伍行が黒沼と共に分隊員のもとへ近寄ってきて指示を出してくる。ヘルメット越しでも突き刺さるような伍行の視線が耐えがたかったので、青島は言われた通りに武器の点検をしようとすると、まるで電気信号を受けたかのようにハッとコクーンタワーの入口を再び凝視した。
一瞬のことだったが、青島はたしかに遺跡の奥へと消えていく少女の姿を目撃した。
青島につられて伍行も入口を見たようだが、どうやら伍行は何も気付かなかったらしい。
「どうした? 何かあったのか?」
「今あそこに! ……いえ、なんでもありません」
昨夜のこともふまえて相談しようと思ったが、青島は思いとどまった。よくよく考えてみればいくらゲートの近くとはいえ、この場のフォトンチッド濃度は人体に影響を与えるレベルだ。そんな危険区域に非戦闘員がいる訳ないと言われるに決まっている。
そうこうしているうちに他の分隊が次々に遺跡内へ突入していったが、誰一人として銀髪の少女を目撃したという報告は入れてこなかった。
「そろそろ行くぞ、遺跡内では思念チャットのみで肉声は出すな」
伍行が合図すると分隊員たちはぞろぞろと遺跡内へと足を踏み入れていく。
先輩隊員たちも最低限の警戒しかしていない様子を見るに、自分達がまだ安全圏にいるというのは本当のようだ。
暗視モードが作動したことから、遺跡内の照明はまだ復旧していないことが分かる。
所々虫食いのように植物が根を張っているが、おそらく訓練の為に演出として最低限は残されているのだろう。よくよく見れば、確かに邪魔な瓦礫や生物が隠れていそうな死角は見当たらない所から、ここが人の手が入った領域だということが見て取れた。
どこか遠くで銃声がわずかに聞こえる。他の新兵たちが以前の青島と同じように、訓練用にあてがわれたとも知らず必死に戦っているのだろう。
視覚モニターの隅にはマップも表示されているが、青島は既にネタばらしされている所為か、以前来たときよりも詳細なマッピングデータが映し出されている。それによると、伍行分隊が向かっている先はエレベーターのようだ。
■伍行》分隊員『ひとまず25階まで上がる、そこから更に安全が確保されている40階までは一気に進むぞ』
伍行の指示に先輩達に続き青島も『了解』と通信を入れる。
やがて伍行分隊は、施設内だというのにかなり背の高い植物で塞がった通路に辿りつく。
これも恐らくエレベーターを隠す為にわざと生やしているのだろう。
そもそもエレベーターが動いているということは、電気が通っているということになる。
思い返してみれば以前の探索で、青島はなんの気なしに探索した部屋の照明をつけようとして怒られた覚えがある。あの時は勝手な行動を咎められたのかと思ったが、電気が点くことをバラされたくなかったのだろう。
安全圏にいる所為か、青島はぼんやりとそんな事を考えながら先輩達についていく。性分なのか、歩きながらもチラチラとあちらこちらを観察していたが、結局目標地点に辿りついても銀髪の少女は影も形も発見出来なかった。
■伍行》分隊員『いよいよ未踏破ゾーンへ入る。ここからは気を引き締めていけよ』
伍行の合図に合わせて、分隊員たちの視覚モニターに陣形が映しだされた。伍行分隊は陣の中心に伍行を据え、その後ろに青島と黒沼、その後ろに毒島が続き四人を囲むように八人の先輩隊員たちがひし形状に陣形を組み、遺跡の奥深くへと足を踏み入れていった。