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斬機走甲/´スラッシュダッシュ  作者: 石川湊
五章/矜持´真実
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第35話「μvsσ」

「来たか……おそらくこうなるだろうと思っていた」


 やはり伍行達がついて来ている事に気付いていたのか、緋色のパワードスーツを纏い、茶髪を強風にはためかせたσ(シグ)の両目には、輝くフォトンのような殺気が込められていた。


σ(シグ)、私の……いえ、私達の考えは決まりました。ヴァルハラ計画は見直すべきです』


「つまり……人類を滅ぼすと?」


 伍行よりも数段恐ろしいプレッシャーに青島は足が竦みそうになるも、μ(ミユ)と一緒ならば大丈夫だと自分に言い聞かせ踏みとどまる。


「人類が助かる道をすっぱり諦めろとは言わない。ただ俺達デブリを殺してでも人類を助けようっていうなら、俺もμ(ミユ)もお前に協力はしない」


σ(シグ)、誤解しないで下さい。私達はなにも戦おうと言うのではないのです。ただ他の可能性を共に模索する訳にはいかないのでしょうか』


「他の道などない。誇り高き機構戦乙女(ヴァルキリーギア)の計算に間違いなどない……人類を救済するにはこの方法しかないんだ」


 既に起動した全自動戦闘支援(ブリュン)誘導システム(ヒルデ)が、σ(シグ)の体にフォトンが装填されていっていることを知らせる。


『お願いですσ(シグ)! 話を聞いて下さい! 今のσ(シグ)は状況に追い詰められて、もっとも手っ取り早い方法に逃げています。それが誇り高き機構戦乙女(ヴァルキリーギア)のすることでしょうか!?』


「誇り高き機構戦乙女(ヴァルキリーギア)は間違い等犯さない。むしろμ(ミユ)機構戦乙女(ヴァルキリーギア)にあるまじき行動を取っているのは貴様の方だ。デブリに同情し、言いくるめられるなど恥を知れ!」


『……私はただ、タツヤと一緒ならば完璧のその先を……限界を越えられると思っただけです』


「それを同情と言うのだ、馬鹿め! 限界を越えるなどという言葉は、自分の最大値を正確に計測出来ない人間やデブリが使うものだ。間違っても我々機械が使う言葉ではない! 私達機構戦乙女(ヴァルキリーギア)だけは何があっても間違えてはならないという、α(アルフ)の教えに背いていると何故分からない?!」


 まるでσ(シグ)の怒りが質量を伴ったかのように、強風にのってビリビリと青島に激しく突き刺さる。


『違います! タツヤが教えてくれました。α(アルフ)は私達に思考を放棄するなと教えてくれたのです……α(アルフ)の教えに背いているのは貴方の方です!』


「黙れ! 貴様が故障しているのは明白だ。大方その惨めな姿で放浪し続けた事で、AIがバグで埋まったのだろう。見た目通り欠陥品(デブリ)の仲間入りをしたという訳だ。貴様のような欠陥品が存在していること自体機構戦乙女(ヴァルキリーギア)の誇りが許さん。(アイ)に初期化を申請するまでもない。末梢してやろう、十五号!」


『ならば私も機構戦乙女(ヴァルキリーギア)の誇りにかけて、貴方の間違いを正します』


 ――もしかしたら、と青島はふと思う。もしかしたら、機構戦乙女(ヴァルキリーギア)の誇りという言葉を最初に使ったのは、α(アルフ)という彼女たちの長女なのかもしれない。そしてμ(ミユ)σ(シグ)も、その言葉の解釈こそ違えども、α(アルフ)を慕っていたのだろうと。


 しかし今はσ(シグ)に同情している場合ではない。機構戦女神(フレイヤギア)(アイ)の目覚めは青島達の死と同義だ。必ず阻止しなくてはならない。とはいえ、その為にσ(シグ)を撃破する必要はない筈だ。

 青島が単騎で先行したのも、青島がσ(シグ)を抑えている間に伍行達に黒沼を救助して貰う為だ。(アイ)の復活に体が必要な以上、優先すべきはσ(シグ)の撃破ではなく黒沼を助け出すことだ。

 互いの手の内は分かっている。σ(シグ)の早撃ちはたしかに驚異的だが、こちらも同じ機構戦乙女(ヴァルキリーギア)である以上、無理に攻めず時間稼ぎに徹すれば勝機は――、


「誇り高き、機構戦乙女(ヴァルキリーギア)を舐めるな」


 瞬きすら置き去りにし、青島の頬を緋色のフォトンの弾丸が掠める。

 全自動戦闘支援(ブリュン)誘導システム(ヒルデ)の予測と青島の反射神経、二つが最大限に発揮されていなければ避けられなかっただろう。


「私は貴様たちの最高速を既に把握している。しかし小僧は私の全力を知らないだろう? 次は当てる」


 余裕を見せるσ(シグ)。慢心があったことは認めるが、それでも警戒を怠ったつもりはなかった。

 それでも青島どころかμ(ミユ)にすら、σ(シグ)の神速の早撃ちを視認する事が出来なかったのだ。


「驚くことはない。完全な状態のμ(ミユ)ならばともかく、欠陥品の寄せ集めである貴様たちの限界はそんなものだ」


 てっきりσ(シグ)は激昂しているだろうから御しやすいのではと、青島は心の隅で考えていたがとんでもない。周囲を焼き尽くすような怒りを放っていても尚、σ(シグ)は絶対的な余裕を保ちつつ青島を殺す算段を立てているようだ。

 σ(シグ)の指が僅かに動いたように感じた時点で、青島は即座にその場から全速で離脱する。案の定青島が先程まで立っていた場所に、緋色の弾丸が降り注いだ。

 遮蔽物がないこのフィールドはσ(シグ)が絶対的に有利だ。μ(ミユ)はそう判断したのか、ガイドビーコンはひとまず屋上から逃げるように表示された。

 旧都庁側へ全力で走る青島を、σ(シグ)は必殺の弾丸を放ちながら追いかけてくる。

 振り返る間もなく弾道計算だけでそれらを避ける青島は、躊躇なく屋上から駆け降りた。


蹴爪(ラプター)、展開します!』


 重力に身を任せた自由落下では、確実に背中から狙い撃たれる。両足に装着した蹴爪(ラプター)を食いこませ、青島は新宿モノリスの壁を爆走する。

 警告アラートと共に、次に取るべき動作が視覚モニターに映し出される。

 迷う前に青島はそれに従い、すぐ隣にそびえる遺跡の中に飛び込んだ。壁を背にして亀裂の隙間からσ(シグ)を窺うも、σ(シグ)はモノリスの屋上から降りずこちらを見下ろしていた。


■σ〉青島『たとえ小僧のスペックを限界まで振り絞ったところで、私に勝つのは不可能だぞ。十五号!』


『……一つだけ言っておきたいことがあります。限界など、設定された最大値分しか働けない、哀れな道具(兵器)の為の言葉です。私とタツヤはそれを越えてみせます』


 返答代わりに落雷のような銃撃が迫るも、発射する頃には青島達は既に移動を済ませていた。


「相変わらず口が減らないな」


『言われっぱなしは機構戦乙女(ヴァルキリーギア)の誇りが許しませんので』


 笑って迎える青島に、μ(ミユ)はプイッとそっぽを向いたかと思えば、またすぐ二人は笑い合い、遺跡の奥へ走っていくのであった。


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