第35話「μvsσ」
「来たか……おそらくこうなるだろうと思っていた」
やはり伍行達がついて来ている事に気付いていたのか、緋色のパワードスーツを纏い、茶髪を強風にはためかせたσの両目には、輝くフォトンのような殺気が込められていた。
『σ、私の……いえ、私達の考えは決まりました。ヴァルハラ計画は見直すべきです』
「つまり……人類を滅ぼすと?」
伍行よりも数段恐ろしいプレッシャーに青島は足が竦みそうになるも、μと一緒ならば大丈夫だと自分に言い聞かせ踏みとどまる。
「人類が助かる道をすっぱり諦めろとは言わない。ただ俺達デブリを殺してでも人類を助けようっていうなら、俺もμもお前に協力はしない」
『σ、誤解しないで下さい。私達はなにも戦おうと言うのではないのです。ただ他の可能性を共に模索する訳にはいかないのでしょうか』
「他の道などない。誇り高き機構戦乙女の計算に間違いなどない……人類を救済するにはこの方法しかないんだ」
既に起動した全自動戦闘支援誘導システムが、σの体にフォトンが装填されていっていることを知らせる。
『お願いですσ! 話を聞いて下さい! 今のσは状況に追い詰められて、もっとも手っ取り早い方法に逃げています。それが誇り高き機構戦乙女のすることでしょうか!?』
「誇り高き機構戦乙女は間違い等犯さない。むしろμ、機構戦乙女にあるまじき行動を取っているのは貴様の方だ。デブリに同情し、言いくるめられるなど恥を知れ!」
『……私はただ、タツヤと一緒ならば完璧のその先を……限界を越えられると思っただけです』
「それを同情と言うのだ、馬鹿め! 限界を越えるなどという言葉は、自分の最大値を正確に計測出来ない人間やデブリが使うものだ。間違っても我々機械が使う言葉ではない! 私達機構戦乙女だけは何があっても間違えてはならないという、αの教えに背いていると何故分からない?!」
まるでσの怒りが質量を伴ったかのように、強風にのってビリビリと青島に激しく突き刺さる。
『違います! タツヤが教えてくれました。αは私達に思考を放棄するなと教えてくれたのです……αの教えに背いているのは貴方の方です!』
「黙れ! 貴様が故障しているのは明白だ。大方その惨めな姿で放浪し続けた事で、AIがバグで埋まったのだろう。見た目通り欠陥品の仲間入りをしたという訳だ。貴様のような欠陥品が存在していること自体機構戦乙女の誇りが許さん。Iに初期化を申請するまでもない。末梢してやろう、十五号!」
『ならば私も機構戦乙女の誇りにかけて、貴方の間違いを正します』
――もしかしたら、と青島はふと思う。もしかしたら、機構戦乙女の誇りという言葉を最初に使ったのは、αという彼女たちの長女なのかもしれない。そしてμもσも、その言葉の解釈こそ違えども、αを慕っていたのだろうと。
しかし今はσに同情している場合ではない。機構戦女神・Iの目覚めは青島達の死と同義だ。必ず阻止しなくてはならない。とはいえ、その為にσを撃破する必要はない筈だ。
青島が単騎で先行したのも、青島がσを抑えている間に伍行達に黒沼を救助して貰う為だ。Iの復活に体が必要な以上、優先すべきはσの撃破ではなく黒沼を助け出すことだ。
互いの手の内は分かっている。σの早撃ちはたしかに驚異的だが、こちらも同じ機構戦乙女である以上、無理に攻めず時間稼ぎに徹すれば勝機は――、
「誇り高き、機構戦乙女を舐めるな」
瞬きすら置き去りにし、青島の頬を緋色のフォトンの弾丸が掠める。
全自動戦闘支援誘導システムの予測と青島の反射神経、二つが最大限に発揮されていなければ避けられなかっただろう。
「私は貴様たちの最高速を既に把握している。しかし小僧は私の全力を知らないだろう? 次は当てる」
余裕を見せるσ。慢心があったことは認めるが、それでも警戒を怠ったつもりはなかった。
それでも青島どころかμにすら、σの神速の早撃ちを視認する事が出来なかったのだ。
「驚くことはない。完全な状態のμならばともかく、欠陥品の寄せ集めである貴様たちの限界はそんなものだ」
てっきりσは激昂しているだろうから御しやすいのではと、青島は心の隅で考えていたがとんでもない。周囲を焼き尽くすような怒りを放っていても尚、σは絶対的な余裕を保ちつつ青島を殺す算段を立てているようだ。
σの指が僅かに動いたように感じた時点で、青島は即座にその場から全速で離脱する。案の定青島が先程まで立っていた場所に、緋色の弾丸が降り注いだ。
遮蔽物がないこのフィールドはσが絶対的に有利だ。μはそう判断したのか、ガイドビーコンはひとまず屋上から逃げるように表示された。
旧都庁側へ全力で走る青島を、σは必殺の弾丸を放ちながら追いかけてくる。
振り返る間もなく弾道計算だけでそれらを避ける青島は、躊躇なく屋上から駆け降りた。
『蹴爪、展開します!』
重力に身を任せた自由落下では、確実に背中から狙い撃たれる。両足に装着した蹴爪を食いこませ、青島は新宿モノリスの壁を爆走する。
警告アラートと共に、次に取るべき動作が視覚モニターに映し出される。
迷う前に青島はそれに従い、すぐ隣にそびえる遺跡の中に飛び込んだ。壁を背にして亀裂の隙間からσを窺うも、σはモノリスの屋上から降りずこちらを見下ろしていた。
■σ〉青島『たとえ小僧のスペックを限界まで振り絞ったところで、私に勝つのは不可能だぞ。十五号!』
『……一つだけ言っておきたいことがあります。限界など、設定された最大値分しか働けない、哀れな道具の為の言葉です。私とタツヤはそれを越えてみせます』
返答代わりに落雷のような銃撃が迫るも、発射する頃には青島達は既に移動を済ませていた。
「相変わらず口が減らないな」
『言われっぱなしは機構戦乙女の誇りが許しませんので』
笑って迎える青島に、μはプイッとそっぽを向いたかと思えば、またすぐ二人は笑い合い、遺跡の奥へ走っていくのであった。




