第31話「デブリ」
黒沼に連れられ独房へと向かう中、青島はここ数日の状況をかいつまんで聞いていた。
なんでもσは大人しく牢に入ったものの、それきりこちらのあらゆる質問に黙秘し続け、また先月μを検査しようとした時同様、検査しようにも計器が全く役に立たないらしい。
「要するに、彼女たちとの橋渡し役にはやっぱり青島君を頼るしかないんだけど、信用ならないから私に説得してこいってところね」
「なんかすいません……俺の所為で黒沼さんにまで迷惑かけちゃって」
「気にしないで。私も機構戦乙女には興味があったし、上の人達の青島君の扱いにも不満があったから。さ、ついたわよ」
連れられた部屋はとても狭く、小さな机の上と椅子が二つ入れたらスペースはほとんど残っていない。三方を囲んだ壁は一面だけマジックミラーとなっていて、独房が監視出来るようになっている。
マジックミラーの向こう側には、案の定σが椅子に座り銅像のようにじっとしていた。
こちら側の机の上には、見慣れた青島のヘッドギアが置いてある。青島は席に着くとヘッドギアをゆっくりと装着した。
「どう? 十五号機……μさんはここにいるのかしら?」
黒沼に促されて周囲を見回してみるものの、肝心のμはどこにも見当たらない。青島のヘッドギアから離れる事が出来ない以上、近くにいる筈なのだが……?
■青島〉μ「μ? どこにいるんだ?」
『タツヤ……』
声のした方に青島が振り返ると、σがいる部屋の方から鏡をすり抜けμが現れる。青島にとっては最早見慣れた光景なので今更驚かないが、状況が分からない黒沼は少しうろたえていた。
「青島君どうしたの? μさんはσさんと一緒にいるの?」
「あ、いえ……今はこの部屋っす」
■青島〉μ「よかった、無事みたいだな。μ、大事な話があるんだ」
『タツヤ……私も大事な話しがあります。聞いてくれますか?』
μはふわふわと浮きながら、今までのどの時よりも神妙な顔で青島を見下ろしていた。黒沼は青島を信頼しているのか、それきり黙って見守っている。
■青島〉μ『あ、あぁ……そんな顔してどうしたんだ?』
深く輝く赤い瞳に吸い込まれそうだと青島は思った。
μは何か言おうとするも迷っているようだったが、ただごとではない気配を察し青島はμの言葉を待ってみる。やがて意を決したμは重い口を開く。
『タツヤ、大事な話しがあります……とてもとても大事な話しです』
■青島〉μ『処分の事なら心配しなくても――』
青島の言葉を遮るように、μは悲しそうな顔で首を横に振る。
■青島〉μ『あ、だったら例の完璧以上のって話か? それだったら――』
これにも首を振るμ。これ以外となると心当たりがさっぱりなかったので、青島はそのまま黙ってμの言葉を待つ事にした。
しかし再び迷うように黙ってしまうμに首を傾げた青島は、どうしたものか黒沼に指示を仰ごうとすると――、
「μ、いつまで時間をかけている。貴様が言えないのなら、私が言ってやってもいいのだぞ?」
壁越しに割って入ってくるσ。どうやら大事な話とやらは、σも関係あるらしい。
しかもσにはこちらの様子が分かるらしく、μが片手を挙げ制止すると、σは不承不承立ち上がりかけていた椅子に座り直した。
σが話に絡んでいるのは予想外だったのか、黙って見守っていた黒沼がこちらの様子を窺い始めた。
『いえ、タツヤには私に言わせて下さい…………タツヤ、貴方には話さなければならない。私達機構戦乙女の真の役割、そして……貴方たち人造人間、デブリについて』
デブリ……その単語を聞くのはこれが数度目の様な気がする。しかしその言葉を自分に向けられた事は今までただの一度もない……筈だ。
「デブリ……? 人造人間ってどういう意味だよ! あれは征服種の子分のことじゃなかったのか?!」
「青島君?! 何の話をしているの?」
「μの言った通りだ。貴様もそっちの女も、征暦に生きる者達は皆、本当の意味で人類ではない。貴様等が征服種と呼ぶケダモノどもが、退化によって弱体化するまでの時間稼ぎとして用意された人造人間、それが貴様たち欠けた者だ」
μとσの言葉が、青島には酷く他人事のように感じられた。自分の事を言っているのだろうが、その実感がちっとも沸かないのだ。
誰が何と言おうと自分は人間だし、青島だけでなく黒沼もそう思っている筈だ。
「人造人間と言っても構造的には真人類とほとんど同じだから、信じられないのも無理はない。しかし小僧は他の誰よりもこの真実を受け入れられる筈だ』
マジックミラーのすぐ裏側まで近寄ってきたσが、青島の両足を指差す。元々はμのものである、青く鋭利な機械仕掛けの鎧の足を……
「考えてもみろ、いくら我々ヴァルキリーギアが人そっくりだからといって、そう簡単に自分の足を、人間に取ってつけられる筈がないだろう?」
たしかに青島も心の隅で疑問には思っていた。棺桶の中でμは一体どうやって自分に機械の両足を移植したのだろうと……あの時たしかに先に棺桶に入っていた、μの元の体は一体どこへ行ってしまったのだろうかと。
『コクーンタワーのあの部屋に、私の体はもうありません……一度フォトン化して、必要な部分はタツヤと一体化したからです』
言われてみれば思い当たるフシはあった。あの時電脳空間でμは感覚を共有すると言っていた。移植ではなく共有と。
それに全自動戦闘支援誘導システムは確かに凄まじいシステムだが、いくら機構戦乙女が優れているとはいえ、演算した膨大な情報を受け取るヘッドギアは所詮征暦レベルの技術だ。それをラグ無しのリアルタイムで通信するには……、
『お察しの通り、タツヤの脳も少々いじらせて頂きました。デブリの体は何かと融通が利くので』
「簡単な話だ。とどのつまり、全自動戦闘支援誘導システムは最初から小僧が独力でやっていたに過ぎん。ただ貴様の体を使っていたのが、貴様ではなくμであったというだけのこと」
『容量の関係から他の武装や残りの体など、とりあえずは必要のないものならばあの部屋の端末にフォトン化し残してあります。信じられないのであれば、コクーンタワーへ確認しに行っても構いませんが』
「……だから、隊長たちをあの部屋に入れようとしなかったのか。勝手に俺を改造したって……俺達が作り物だってバレないように」
青島の痛切な問いかけに、μはただ悲しそうな顔で頷くのだった。




