第29話「青い虚光」
襲撃は、青島達が本隊と合流したすぐ後に起こった。
既に一度襲撃を受けた事は本隊に報告済みだったとはいえ、μとσを護送する為に部隊を再編成していた隙をつかれたことが災いした。
慌てふためく本隊を放置し、青島は即座に迎撃を開始する。
敵は小さく数が多い。加えて周囲には混乱している奪還者が右往左往しているものの、来ると分かっていた襲撃ならば、対応することは決して難しくはない。
全自動戦闘支援誘導システムが示した最初のコマンドは、普段攻撃の要としている翼刃を即座に放り投げることだった。
何故そんな事をするのかという疑問を持つこともなく、青島は言われた通り外壁目掛けて翼刃を投擲する。事前に臨界までフォトンを溜めてあった翼刃は容易く壁を突き抜け外に放り出された。
『翼刃は閉所で使うには大き過ぎます。そして計算では、あのポイントに敵が隠れ――』
■青島〉μ『なんだっていいさ、μそう判断したなら俺は従うだけだ』
μの解説を聞き流しながら、青島は目前に迫っていた猿吠を踏みつけた。
猿吠の頭蓋が砕ける音が聞こえる頃には、青島は猿吠を足場にさらに跳躍して次の獲物を仕留めていく。
軍隊蜂に比べるとグロテスクさでは見劣りするものの、小猿とは言え成人男性と同じくらいの大きさの猿吠や、全長がゆうに三メートルは越えている覇奴魔の丸太のように太い腕、剣のように長く鋭利な牙は中々のものだ……しかしてそのどれもが、今の青島には脅威には映らない。
そもそも、今の青島に恐怖が入りこむ余地などない。焦りもなければ驕りもなく、心の全てをμに預け、体の全てを全自動戦闘支援誘導システムに委ねた青島は、淡々とルートガイドに沿って敵を殲滅していくだけだ。
加速した今の青島は、重量も相まって一種の巨大な砲弾と化している。もし衝突してしまえば、ぶつかった相手は勿論青島とてただでは済まないだろう。
ごった返す人混みの中を、針の穴を通すような正確さで駆け抜けていく青島。
すれ違う敵を時に踏みつけ、時に蹴り飛ばしながら蹴散らしていく傍ら、μの演算に勝るとも劣らない正確さで、σの弾丸が猿吠の頭を撃ち抜いていく。
攻撃がピンポイントな点である青島に対して、σの銃撃は撃ち抜いた先には時に味方もいる線状の攻撃だ。にもかかわらず、目下のところσが誤って奪還者に攻撃を当てた様子はないようだ。
『相変わらず見事な射撃です』
■青島〉μ『そうだな』
どうやらσは宣言通り、この大騒乱の中であっても一人たりとて死なせず敵を倒すつもりらしい。
誇り……今の青島には理解出来ない感覚である。戦い方に拘りを持つ等、無意味としか思えない。
――本当に?
一秒にも満たないほんの一瞬、青島の心と体の隙間に雑念が入った。
心によぎったフラッシュバックは妹の顔、体を止めたのは後悔か疑問か……そんな想いを切り替えさせたのは、σが放つ赤いマズルフラッシュだった。
全自動戦闘支援誘導システムの警告アラートが鳴り響く……青島が立ち止まりかけたので、本来なら後頭部を掠めるように通過する筈だった弾丸が、このままでは直撃してしまうのだ。
しかし焦りも恐怖も持たない青島は、倒れ込むようにその場できりもみ回転することで弾丸を回避し、失速を最小限に抑え再び疾走した。
『タツヤ? 何かあったのですか?』
■青島〉μ『悪い、なんでもない……大丈夫だ、問題ない』
青島とσの猛反撃により、雪崩のように押し寄せてきていた猿吠は着々と数を減らしていた。ようやく奪還者の混乱も収まったおかげでもあるだろう。
見れば小此鬼や熊野といった、近距離戦闘を得意とする兵士の奮闘がチラリと目に入る。
粗方覇奴魔を仕留めた事で大勢が決したのか、全自動戦闘支援誘導システム発動時の一種の緊張感が薄まるのを青島は感じた。
何匹かは逃げだしたようだが、全自動戦闘支援誘導システムが解除されたという事は深追いする必要はないのだろう。
青島が覇奴魔を踏みつけている右足に力を込めると、床に抑えつけられている覇奴魔の喉が、嫌な音を立てながら砕ける。
一息つき見渡すと、辺りは血の海の中に死骸がさながら島のように並んでいた。
ざっと見た限りでは、死骸は全て征服種の物だけのようだが、流石に負傷者は奪還者側にも多数出てしまったようだ。そして怪我人のほとんどは、征服種の爪や牙ではなく、同士討ちによる銃創が原因だった。
奪還者が持つ銃は全て、銃口につけられたセンサーとヘッドギアが反応し合い、奪還者に向かって発砲する事が出来ないように作られている。
しかし間に遮蔽物があるとそう上手くはいかない。貫通した先まで計算して発砲出来るのは、ヴァルキリーギアたるσだからこそだ。
途中からは指揮系統が回復したようで、奪還者たちは皆近接武器で戦っていたようだが、襲撃序盤はパニックに陥った兵士が乱射してしまったという訳だ。
「むしろ死人が出なかったのが奇跡だな……」
「たわけ。危険な弾丸は私が撃ち落としたのだ」
青島の呟きに、近づいてきたσが得意気に答える。これには流石の青島も目を丸くしかない、まさかそこまで計算して撃っていたとは。
「そこまで計算出来るなら、襲撃が来ることも分かっていたんじゃないか?」
人混みの中から、伍行が現れた。さしもの伍行もあの大混戦では無傷とはいかなかったようで、引きずった片足からは血が滲み出ていた。
「答えろ青島! そいつらは、襲撃が来るのが分かっていた……対応が速かったのも既に備えていたからじゃないのか!?」
周囲がにわかにざわつき始める。向けられる視線の中に、敵意が混ざっていると気付く青島。それもσだけではなく自分にも向けて。
しかし青島の胸中に後ろめたさはなく、むしろいこんな事なら……こんな扱いを受けるのなら、やはり最初からμと自分だけで来ればよかったと、青島はうんざりしていた。
別に青島は彼らを守ったつもりはない、ただμの言う通りに戦っただけだ。
そして結果として、青島とσが奮戦しなければ死者が出ていた事もまた事実だ。感謝しろとは言わないが、恨まれる筋合いは……
――本当に?
もし大群が来ることを教えていたら……しかしμとσの判断ではそれでは被害が大きく……いや、そうは言っていなかった。二人はその方が、効率よく殲滅出来ると判断しただけではなかったか? だとするなら、この惨劇を引き起こしたのは……
「だとしたらどうだというのだ。敵を殲滅し、尚且つ貴様らの身を守ってやった……一体なんの問題が?」
σの吐き捨てるような一言が、引鉄となった。
σと青島に殴りかかろうとする者、それを必死に止めようとするもの……ベースキャンプは再び騒乱が引き起こされた……かに見えたが、
「全員その場を動くな! これは命令だ!」
真っ赤に光るフォトンの光線。伍行の赤の四號が放ったフォトンブラストが、外壁を撃ち抜くと共に響いた伍行の怒号が、騒乱の種火を揉み消したのだ。
■伍行〉青島『青島、後でお前からも話を聞かせてもらう』
「全員聞け! こいつらは兵器だ、兵器の役目は敵を滅ぼし、兵士の身を守ることだ。故にこいつらは何も間違っていない……間違っていたのは、我々兵士のこいつらの運用方法だ。そしてそれを是正する方法は、間違っても乱闘などはない!」
伍行の演説を聞き、拳を振り上げようとしていた者たちは悔しそうにその手を降ろす。しかし……
「貴様が我々を運用する……? よくぞほざいてくれたな、デ――」
その時、青島の視界モニターが突如切り替わる……ブリュンヒルデが発動したのだ。
青島がそれを認識した時には、既に青島の体は暴れるσを羽交い絞めにしていた。
『σ、落ち着いて下さい! ここで争うべきではありません!』
「離せμ! この下等生物どもはヴァルキリーギアの誇りを侮辱した! 死を持って償わせてやる!」
懸命に訴えかけるμと、怒りで我を忘れたσ。その一方で青島は、その身が渦中にあるにも関わらず、まるで自分が対岸の火事を見ているような空虚感を味わっていた。
μがσを止めろというから止める……そこまでは分かる。では自分は何の為に止めようとしているのか? σは何故怒っているのか? 伍行達は何故怒っているのか? ……自分はどうして何も感じないのか?
青島は当事者である筈なのに、なんの実感も沸いてこない。どうしてこんなことになったのか、どうして今こうしているのかさえ分からなかった。
そこからの事は、まるでこま切れの漫画を読んでいるかの様に、部分部分が飛び飛びでしか認識出来なかった。
分かったのは、結局乱闘が起きてしまったこと。σと自分が拘束されたこと、襲撃が起こることなくゲートに戻ったことだけだった。
征歴一〇一三年、十月三十一日
旧都庁奪還作戦は、数名の戦死者を出したものの二十三号機の奪還、遺跡泥棒の殲滅、征服種の撃退とまずまずの戦果を遂げた。
またもや作戦成功の立役者となった青島だったが、部隊を危険に晒した疑いをかけられ捕縛され、装備も全て没収されたのであった……




