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斬機走甲/´スラッシュダッシュ  作者: 石川湊
四章/変化´覚醒
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第28話「戦乙女の命令」

白い部屋を抜けた反対側は一面窓ガラスが張り巡らされていて、新宿遺跡近辺が一望できるようになっている。ここがもし人類の領域に戻ったら、中々の絶景を楽しめることだろう。

しかし広がっている光景は、海のように広がる森一色に、ポツポツと小島のように点在する遺跡が散りばめられているだけだ。

そんな光景には目もくれず、ピリピリと焦げ付くようなプレッシャーを背負いながら、青島は黙々と前へ進んでいた。

高圧的なσ(シグ)に対する隊員たちの不満と、それを押し潰すσ(シグ)の圧力を背中に感じ、青島はうんざりしながら階段へ向かっていた。

 全自動戦闘支援(ブリュン)誘導システム(ヒルデ)が起動しているとはいえ、油断せず周囲の警戒は怠っていない。しかし空気清浄機が作動している、そしてμ(ミユ)σ(シグ)がいるという慢心が、青島に限らず少なからず全員の心にあった。

 そんな隙をつくかのように、襲撃は中からと外からほぼ同時にきた。

 床を突き破り現れたのは、白い体毛で覆われた丸太のような腕。

 それに合わせて窓を破り、小型の猿のような征服種(レックス)が大量に侵入してきたのだ。

 しかし……伍行が指示を出すまでもなく、襲撃者たちは一瞬で一掃される。

 青島は全自動戦闘支援(ブリュン)誘導システム(ヒルデ)の警告に素早く対応し、毛むくじゃらの腕が突き出た時点で既にフォトンを灯した翼刃(セイバー)を振りかざしていた。

 小型の猿……猿吠(エンホ)が他の隊員に襲いかかっているのは視認していたが、全自動戦闘支援(ブリュン)誘導システム(ヒルデ)が指示したコマンドは、この太腕を斬り落とすことだけだ。故に青島は猿吠(エンホ)には目もくれず、無心で突撃を敢行する。

 青いフォトンを宿した鋭利な翼刃(セイバー)の刃は、丸太のような太い腕を易々と斬り落とす。

 舞い散る血飛沫の向こう側で、今まさに猿吠(エンホ)の鋭い牙や爪が隊員目掛けて襲いかかろうとしているのが見える……しかし青島は動かない、μ(ミユ)が助けろと言わないのだから。

 その時、赤く激しい閃光が煌めくのと同時に、猿吠(エンホ)は一匹残らず蜂の巣どころか原型を留めない程撃ち抜かれる。


「―――――――――ッ!」


 巨大な咆哮を上げ、覇奴魔(ハヌマ)のものと思われる腕が引っ込む頃には、周囲のエンホは全てσ(シグ)の拳銃が仕留めていた。


(けだもの)どもめ。相変わらず数だけは多いようだな」


 簡単に吐き捨てるσ(シグ)とは対称的に、隊員たちは内心穏やかではない。油断していたとはいえ、全く対応出来なかった鮮やかな奇襲、それを苦もなく退ける二体の化け物……そんな恐怖がヘッドギア越しでも分かる程明らかにσ(シグ)と……そして青島に注がれていた。


「拳銃使ってアサルトライフル以上の弾幕張るなんて……流石ヴァルキリーギアって訳か」


 そんな視線もどこ吹く風と無視し、青島はポツリと呟いた。

 ヴァルキリーギアの力を誰よりも分かったつもりでいた青島だが、ここにきてその想像は大きく裏切られた。もっとも青島以外の人間には、σ(シグ)がどれだけ凄まじいか見ることすら叶わなかっただろう。

 赤いマズルフラッシュが咲き乱れる中、青島にはσ(シグ)の腕が何本にも増えているように見えていた。勿論実際に腕が増えた訳ではない、あまりに速過ぎてそう錯覚したのだ。

 光子(フォトン)化している拳銃を取り出し、敵を狙い、全弾撃ち切る。σ(シグ)はこのシンプルな動作を、|全く同時に(・・・・・)四つの拳銃で行っていたのだ。

 一丁につき一度に十発の弾丸、それを同時に四つで四十発。リロードする間も惜しみ、さらに新しく四つの拳銃を転送して四十発。たった一瞬で、猿吠を肉塊どころか欠片に変貌させた濃密な弾幕の正体がこれである。


「ほぅ。小僧貴様、中々眼がいいではないか。μ(ミユ)が気を許す訳だ」


 σ(シグ)に肉食獣の様な不敵な笑みを向けられ、青島ですら思わず背筋がゾクリと凍る。

 気付けばσ(シグ)は、またすぐ拳銃をしまったようで両手は空になっている。

 二丁だけでも最初から展開させておけばいいのに、あれがσ(シグ)なりの誇りなのかもしれないと、青島は考えながら改めて下の階を目指していった。




 不利と判断したのか全滅したのかは不明だが、それきり敵の襲撃がこないままベースキャンプまであと少しというところまで一行は戻ってきていた。


■σ〉青島『μ(ミユ)、気付いているか?』


 いつのまにチャンネルを設定したのか、σ(シグ)から思念チャットが届く。

 μ(ミユ)に直接送ることは出来なかったようだが、青島が受信すればどの道μ(ミユ)も聞こえるので問題ないだろう。


『勿論です。つけられていますね……それも大群のようです』


 μ(ミユ)の声は元々青島とσ(シグ)にしか聞こえないが、敢えてσ(シグ)が通信してきたということは、下手に聞かない方がいいのかと青島が悩んでいると、


■σ〉青島『戦力を整えているのか、どこか絶好の場所で待ち伏せているのか……いずれにしても気に入らんな』


『然り』


■青島〉μ『ちょっと待ってくれよ、それって覇奴魔(ハヌマ)のことか?』


 何やら物騒な話しになってきたので、たまらず青島は口を挟む。


『ご安心を、我々ならば勝てます』


■σ〉青島『待ち伏せに気がつけたのが幸いだったな。もっとも、不意打ちされたところで負けるつもりはないが』


 自信満々なμ(ミユ)σ(シグ)はともかく、青島には一つ懸念があった。


■青島〉μ『もうすぐ本隊と合流するんだ。大群が待ち構えているなら、知らせた方がいいんじゃないか?』


■σ〉青島『その必要はないだろう、むしろ知らせるべきではない』


 さらりと言い放つσ(シグ)に、青島は思わず立ち止まり振り返る。


■伍行》分隊員『青島? どうかしたのか?』


 隊列が止まり伍行が声をかけるものの、それを遮るように青島の前にミユた立ち塞がる。勿論伍行達にはそれが見えない。


『タツヤ、こちらが待ち伏せに気がついていることを、敵に悟られたくありません……ここは知らせない方が得策なんです』


■青島〉μ『でも……思念チャットなら……』


■σ〉青島『少数ならともかく、大勢ならば確実に気がつく。覇奴魔(ハヌマ)とて馬鹿ではない』


『それに、遺跡の中ではこちらから仕掛けても逃げられてしまいます。敵が大群を差し向けてくるなら尚のこと、出来るだけ誘い出すべきなのです』


 諭すように……あるいは脅すようにじっとこちらを見つめるμ(ミユ)

 対してσ(シグ)は無関係を装うようにじっとしているが、ピリピリと無言の圧力をかけてきているのは言うまでもない。


■伍行〉青島『どうした青島、二十三号機に何かあったのか?』


■青島》分隊員『なんでもありません……問題、ないっす……』


■伍行》分隊員『そうか……もうすぐベースキャンプだ。それまで気を抜くなよ』


 再び動き出す隊列、青島は内心ホッと息を吐くものの、安心するにはまだ早い。


『ありがとうタツヤ、賢明な判断です』


■青島〉μ『別に……本隊の人達はどうなっちゃうんだ? もしかして全滅……』


■σ〉青島『デブリ如きに大仰な……と言いたいところだが、守ってやると言ったからには、ヴァルキリーギアの誇りにかけて、一人も死なせないと約束してやろう』


 ――またか、と青島は心の中で呟く。

 μ(ミユ)も……そしてσ(シグ)さえも、妙に誇りというものに拘る。

 務めは務め……兵器の用途は敵を殺すこと……それさえ果たせばそれでいいのではないのだろうか?

 いずれにせよ、青島は言われたことをこなすだけなのだが……その前に一つ気になることをσ(シグ)が言っていた。


■青島〉μ『デブリって何のことだ?』



 初めて聞いた筈なのだが、どうも聞き覚えがあるような気もする単語だ。単語そのものの意味は欠片や破片だが……この場で使うには相応しくない意味合いであることは間違いない。


■σ〉青島『ん? 知らん筈あるまい――』


征服種(レックス)の中でも眷族的な個体を、我々の時代ではそう呼称していました。今回で言うなら猿吠(エンホ)が該当します』


 意外そうに答えるσ(シグ)に、μ(ミユ)が補足する。そんな呼び方をするとは知らなかったが、よくよく思い返してみれば、前にデブリという単語を聞いたのは全自動戦闘支援(ブリュン)誘導システム(ヒルデ)と繋がっていた時の様な気がする。その時に送られてきた情報の中に入っていたのだろうかと、とりあえず納得する青島。


■青島〉μ『じゃあ、待ち伏せしているのはエンホだけなのか?』


『勿論覇奴魔(ハヌマ)もいるでしょうが、群れの大半は猿吠(エンホ)とみて間違いないでしょう』


 覇奴魔(ハヌマ)は未だ全容を見たことがないが、エンホは先程σ(シグ)が一瞬で蹴散らした。敵がエンホばかりならば、確かにそれほど力む必要はないのかもしれない。


『久しぶりの戦闘です、獲物は譲って差し上げましょうか?』


■σ〉青島『残念だが遠慮しよう。覇奴魔(ハヌマ)が相手となれば、機動力で勝るμ(ミユ)の方が適任だろう』


『了解です。そういう訳ですのでタツヤ、申し訳ありませんが一仕事して頂きます』


■青島〉μ『了解だ』


 不満もなければ期待もない。兵士の用途は敵を殺すことだ。それ以外のことは考えなくていい……青島はそう自分にいい聞かせ、再び全自動戦闘支援(ブリュン)誘導システム(ヒルデ)に身も心も委ねるのだった。

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