第27話「σ」
次の日の朝、日が登るのと同時に青島を含めたった五名の奪還者が、ベースキャンプを後にする。
その内二人が青島の監視で、さらにもう一人は伍行なので実質クレイドルを出た時とほぼ同じ面子という事になる。
■伍行〉青島『それで、十五号機は敵の正体が判別出来るのか?』
この一カ月でようやく慣れたものの、伍行はどういう訳かμの事を決して名前で呼ばす、十五号機としか呼ばない。初めは何の事を言っているか戸惑った程だ。
青島からしてみればμは大事なパートナー的存在だが、伍行にとってはただの兵器と変わらないののだろうか。もっとも青島は、μがどちらの扱いを求めているかは分からないのだが。
青島が視線でμに答えを求めると、μは感情を押し殺した声で機械的に答える。
『……おそらく覇奴魔です』
■青島〉伍行『多分覇奴魔だろうって言ってるっス』
μの答えをそのまま伝えると、一瞬驚いた伍行は、すぐにそのまま何か考えるかのように黙り込む。黙って待っているのも退屈なので、青島も覇奴魔がどんな征服種なのか検索してみると、白い体毛に覆われた巨大な猿が表示された。
■伍行》分隊員『覇奴魔はとても知能が高い征服種だ。人間と同じか……下手したらそれ以上と思っておいた方がいい。おまけに性質はかなり残忍で、腹が減ってなくても遊びで他の生き物を嬲り殺すような連中だ……勿論、人間もな』
分隊員の間に戦慄が走る。青島が無言のままμの方へ振り返ると、μもまた無言のまま頷き伍行の弁を肯定した。
■伍行》分隊員『とにかく固まって動くぞ。少しでも隊の眼から離れれば即狩られると思っておけ。青島を前面に置いて、その背中を俺らがカバーする隊列で進む。青島は敵を見つけたら、陣形を崩さないで戦うように十五号機に指示しろ』
全員が静かに頷き隊列を組む。不謹慎ながらようやくまともに戦えると、青島は肩を回しながら翼刃を逆手に構えるのであった。
『もしかすると……ゴギョウはこうなることを見越して、タツヤを温存していたのかもしれません』
■青島〉μ『まじかよ……覇奴魔ってそんなヤバい相手なのか?』
たしかに伍行はこれまで、露骨なまでに青島を戦闘に参加させなかったが、果たしてそこまで先の展開を考えていたのか青島としては疑問である。
『タツヤならば問題ありません。しかし油断は厳禁とだけ提言します』
■青島〉μ『油断なんてしようがないさ、俺は命令をきっちりこなすだけなんだから』
『……そうですね。全自動戦闘支援誘導システム、起動します』
青い光とともに青島の視覚モニターがカチリと切り替わる。
体は浮遊感に包まれたかのように軽やかになり、脳内は余計な思考が一切なくなったかのようにクリアになっていく。
陣形を崩さないようにという前置きがある所為か、μのルートガイドはとても短く小刻みに更新されいく。それを一歩も踏み外さないよう歩く青島の後を、伍行たちがゆっくりと追っていくのであった。
■伍行》分隊員『静かすぎる……青島、一旦止まれ』
ただの一度も敵襲がこないまま、青島たちは五階程上の階へのぼっていた。
待ち伏せに使えそうな瓦礫や植物などは道中にいくつもあったが、拍子抜けなことに覇奴魔はおろか、他の征服種が襲ってくる気配もない。
■青島〉μ『μにビビってるのかな?』
『あるいは、こちらが消耗するのを待っているのかもしれません』
σが眠っている筈の80階はまだまだ遠い、一行は一息入れるとまたすぐ戦闘体勢に戻り、先へ進むのでいく。
そうやってさらに数階先へ進むと、征服種の出入りが少ない所為か、遺跡の損傷は目に見えて少なくなっていた。
壁がほとんど壊れていないおかげか植物の浸食は全くなく、瓦礫もない為見通しもいいのは幸いである。
しかし目に入らない裏側は、ほとんどが深刻なダメージを負っているようで、時たま巨大な装置を見つけてはμが調べてみるも、どれもとうの昔に壊れているものばかりだった。
■青島》分隊員『空気ダクトもないみたいだし、こんだけさっぱりしてると待ち伏せしようがないっスね』
■伍行》分隊員『妙だな……覇奴魔どころか征服種の痕跡が全くない。このまま襲ってこないつもりか?』
征服種による破壊以外にも、崩れた壁から入りこんだ雨風など、ある程度差はあるがここまで全ての階は自然の被害を受けているが、一行が今いるフロアは西暦の面影を刻銘に残しているようだ。
床に溜まった埃はどれも高く積み上がり、生物が通った後はちっとも見当たらない。
一行は自然と速くなりつつある足並みを整えさらに先へ進み続け、いよいよお目当ての80階に辿りつくも、遂に出発してから一度も戦闘は発生しないままだった。
■伍行》分隊員『着いたか……この階は部屋が一つだけのようだな』
青島たちがいる第一庁舎のフロア面積は、ざっと五千㎡近くある。その広大な敷地を、中央の一室だけでほとんど埋め尽くしているのだ……まるで80階は、この部屋のためだけに造られたかのように。
しかも妙なのはそれだけではないようだ。
『タツヤ……このフロア、空気清浄機がまだ生きてます』
μの通信を聞き青島はヘッドギアの空気測定機をつけてみた。
するとμの言う通り、このフロアのフォトンチッド濃度は極めて低く、マスクを外しても全く問題ないレベルのようだ。
フォトンチッドは人類にとっては有毒だが、征服種たちにとってはまさに酸素のようなものである。どうやらこのフロアの状態がいいのは、そのあたりが原因という事か。
■青島》分隊員『隊長、ここの空気……』
■伍行》分隊員『空気? ……なるほど道理でこのフロアには寄りつかない訳だ』
征服種の痕跡がないことに一応納得し改めてフロアを進む一行は、ついに指定されたポイントへ辿りつく。
どこまでも続く壁をぐるりと回った先には、重苦しく分厚い扉が経ち塞がっていた。
扉の横に設置された端末にμが触れると、ほどなく重い扉がゆっくりと開いていく……しかしいくら無傷とはいえ経年劣化でどこか故障していたのか、人一人が通るのが精一杯程度で止まってしまった。
■青島〉μ『ここの装置にも干渉出来るんだな』
『仕組みは私がいた部屋と同じですから』
どうにかこうにか扉をくぐり抜けた一行が目にしたのは、一面真っ白の広々とした空間の中央に、大木のように積み上げられた計器群と重苦しく巨大な棺桶だった。
■青島》分隊員『あの棺桶、μと同じ……』
その記憶はトラウマとは言わないまでも、青島にとっては苦痛を伴うものだった。
潰れた両足は動かすどころか呼吸するだけでも痛み、それはまるで生きている事そのものを否定されたような気分になった。
実際もしあの場にμがいなかったら、青島は死んでいたのだから無理もない。
■伍行》分隊員『青島、中身は無事なのか十五号に確かめさせろ』
青島に促されるより前に、μは既に棺桶とその端末の元へ向かっていた。
青島もμを追いかけ部屋の中央へ走っていく。伍行の指示で入口に一人見張りに立ち、残り全員も青島についていった。
白い部屋は来た時から何も変わらず、棺桶を中心に薄気味悪い静寂さを醸し出している。
■青島〉μ『μ、大丈夫そ――』
青島が声をかけるのとほぼ同時に、棺桶は低いモーター音を唸らせながらゆっくりと開いていった。中から冷気が漏れ出すのもそっくりそのまま、棺桶の中には前回同様眠った少女が横たわっていた。
■伍行》分隊員『これが二十三号機か……』
棺桶内に横たわる少女は、緋色に染め上げられた鎧に明るめの茶髪と、カラーリングはμと異なるようだ。しかし機械とは思えないものの、人間にしては整い過ぎた顔立ちは、確かにμと瓜二つである。
「これが機械? ……嘘だろ」
隊員の一人が思わず肉声で漏らす。たしかに青島も初めて会った時にμが機械だと中々信じられなかった。青島以外の人間にとって、ヴァルキリーギアを見るのはこれが初めてなのだから無理もない。
それ以上誰も何も言えず黙って見下ろす中、赤い少女σは突如、これまたμとそっくりな真っ赤な瞳を見開き起動した。
「VG‐04 23/G 対光子生物兵器・ヴァルキリーギア対地銃撃型二十三号機。σ、起動」
コンパクトに纏められているとはいえ、重厚な前時代的鎧のようなパワードスーツを身に着ているσは、外見に沿わず音もたてず立ち上がる。反重力装置を装備しているのかもしれない。
「これがヴァルキリーギア……伍行隊長、さっさと回収して戻りま――」
青島の監視を務める隊員が伍行に話しかけるのとほぼ同時に、赤いフォトンの光を煌めかせ、σは一瞬で隊員のこめかみに拳銃をつきつけた。
「誇り高きヴァルキリーギアに対しこれだと? どうやら死にたいようだな、デ――」
『σ、武器を納めて下さい』
似ているのは外見だけで、物静かなμに対し、σは些か気性が荒いなと、青島は内心思っていたところ、μの声が聞こえたのか、σは突如振り返った。
「μ、貴様何故装備を外しているのだ? いや……そもそも何故貴様の両足が、そこの小僧についている?」
同じ赤い瞳でも、σのそれは殺気を隠そうともしない鮮烈な血のような赤だと青島は感じた。その瞳が今まさに青島を射殺さんとばかりに睨みつけている。
いつの間にかもう片方の手にも出現させていた緋色の拳銃を、今にも青島につきつけかねない勢いだ。
フォトンの物体化一つとっても、どうやらヴァルキリーギアは現在の技術とは一線を画すらしい。サイズの小さい拳銃とはいえ、フォトンの発光を認識するよりも速く出現させることなど、パワードスーツどころか、より高性能な大型の装置を使っても今の人類には不可能だろう。
『説明は後でゆっくりします。今は貴方の力を貸して下さい』
μは青島の前に立ちふさがり、σの激烈な視線を引き受ける。
しばしの間沈黙が続き、やがてσは黙って拳銃を光子に戻し収納した。
「いいだろう。話は後だ……ひとまず状況だけでも教えて貰おうか。指揮官はどいつだ?」
σの不遜な態度に反感を示そうとする隊員を抑え、伍行が名乗り出た。
ここが旧都庁だということ、途中まで戻れば仲間がいること……そしておそらく覇奴魔に狙われていることをかいつまんで説明した。
「覇奴魔か……了解した。そこのμの足をつけた小僧をそのまま先頭に置き、私が殿を務めよう。では行くぞ」
「おい! お前何様のつも――」
隊員がくってかかろうとすると、その出鼻に再び一瞬で拳銃がつきつけられる。
「貴様等では覇奴魔には太刀打ち出来ん。守ってやろうと言っているのだ、黙って従え」
同じ有無を言わさない圧力でも、μの視線とσのそれは根本的に違う。
青島は直感的に気付いていた……σは従わないなら、我々を容赦なく排除する気だと。尚も食ってかかろうとする隊員を、再び伍行が制止する。
伍行はμのことを道具のように扱っていたので、σの対応が気に入らないのではと思っていたが、意外にも素直に従う気でいるらしい。
「部下が失礼した。布陣は了解した、協力感謝する」
伍行は軽く頭を下げると、隊員を宥めながら青島の後ろにつく。
『タツヤ、申し訳ありませんが今は彼女の言う通りにして下さい』
■青島〉μ『気にすんな。俺は別に平気だから』
命令するのが伍行であろうとμであろうとσであろうと、青島はただそれに黙って従うだけだ。既にμの言う通り動いている以上、今更それがσになったところで抵抗はない。
『…………』
どこか怪訝な顔で全自動戦闘支援誘導システムを発動させるμ。
新たな一員を加えた一行は、気まずい緊張感に包まれて、今度はひたすら遺跡を降りていくのであった。




