第25話「伍行の命令」
50階は元は多目的ホールだったようで、他の階に比べ壁が少なく天井が高い。
いくつか設置されているホールの中から特に守りを固めやすい広間に、先遣隊はベースキャンプを設置していた。
ベースキャンプに辿りついて早々、何かトラブルがあったのかキャンプ内はピリピリとした空気が張り付いている事に伍行分隊は気付く。
「他の体長達に話を聞いてくる。お前達は休んでいろ」
伍行は体長達が集まっているテントに足早に向かっていったので、青島達も隊員用のテントへ向かう。
割り振られたテントへ向かう途中に、周囲の喧騒に耳を傾けると、どうも斥候にいった兵士が数人、通信が途切れたまま帰ってこないらしい。
青島は隣で漂っているμの放つ空気が切り替わったのを感じた。
この一カ月見ていなかったが、μの赤い瞳が獲物を見つけた喜びに輝いていたのだ。
『タツヤ、ゴギョウに伝えた方がいいですよ。この群れは狙われている、群れから離れたら即狩られると』
■青島〉μ『それってさっきの階のやつか?』
『おそらく……いずれにしても強敵です、数に頼るしかない軍隊蜂とはまるで違います』
μのただならない気配を受け、青島はテントに向かわず伍行に報告しに行くも、伍行の返事は意外なものだった。
「やはりか……」
「隊長は征服種が俺らをマークしているって知ってたんスか?」
伍行は黙ったままヘッドギアを操作すると、それが答えとばかりに黒いフォトンの中から半壊したオートマタが現れたる……巨大な爪痕で胴体を抉られ、機能停止した黒の三號だ。
「さっき偵察に向かわせたんだが、ここから上の階へ上がってすぐにやられた。少なくとも敵は光学迷彩を見破るだけの能力と、こちらに一切姿を見せないだけの知恵があると、他の隊長にも進言したんだが……」
「……どうするんですか?」
先程から周囲に重苦しい沈黙が漂っていることに、青島はようやく気がついた。
今この部隊の中で最高戦力は青島達だ。強敵がいるのであれば、初めから答えは一つしかないのだ。
「恐らくここから上は、お前と少数の精鋭だけで進むことになるだろう……すまない」
「別に。それが命令なら従うだけっすよ」
「…………そうか。青島、兵士の務めを果たせ」
危険な任務にどこか投げやりに承諾する青島に、伍行は一言告げると隊長達が集っているテントへ戻っていった。
■青島〉μ『兵士の務めって……人類の為に死んでこいってことかな』
『私がいる以上、そうはなりません』
■青島〉μ『そうか……そうだな』
力強く励ますμの言葉もどこ吹く風という具合に、青島はぼんやりと分隊の待つテントへ行くのであった。
「ンだよその馬鹿げた命令は! 青島、隊長のとこ行くぞ。隊長なら何とかしてくれる筈だ」
テントに戻った青島は、この先は強敵がいる可能性が高いので、最悪一人で行くかもしれない旨を先輩たちに伝えたら、小此鬼が血相を変えて怒鳴ってきた。しかし青島は静かに首を振り、他の隊員同様マスク以外の装備を外す。
「この命令、伍行隊長から聞いたんです」
「……お前はそれでいいのか?」
青島の言葉にショックを受け、悔しそうに押し黙る小此鬼に代わり、既に装備を外しテント内に腰かけていた熊野が神妙そうな顔で尋ねてきた。
「皆どうしたんスか? 俺は俺の用途を果たすだけですよ……任して下さいって、俺とμならどんな敵が来ようと楽勝ですから」
「馬鹿野郎……」
突如小此鬼が青島の胸倉に掴みかかる。
先月は黙って言う通りに動いていればいいと言い、先程も伍行の指示を忠実にこなすだけだった二人が、どうして今同じ様にしようとしている青島を否定的に睨みつけるのか、さっぱり分からなかった。
「やめて下さいよ……」
小此鬼を振り払い、そそくさと装備を外し終えた青島は、そのまま逃げるようにテントを出て行った。
出る時に背後で、小此鬼の「くそっ!」という叫び声と何かを蹴る音が聞こえたが、振り返らずその場を後にする事しか出来なかった。




