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斬機走甲/´スラッシュダッシュ  作者: 石川湊
二章/邂逅´共闘
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第14話「翔竜剣」

 μ(ミユ)が全自動戦闘支援誘導システムに名付けたブリュンヒルデとは、太古の昔に北欧で語り継がれた神話に出てくる、勝利を司る戦乙女(ヴァルキリー)の名である。

 ヴァルキリーギアの用途が単騎での敵の殲滅だったとはいえ、自ら戦うだけでなく戦士を導くという意味合いでは、今のμ(ミユ)はまさにヴァルキリーの名を持つにふさわしいといえるだろう。

 全身のモーターにμ(ミユ)がフォトンを装填する。ここまで来た時同様、その気になればμ(ミユ)だけでパワードスーツは動かせる以上、中に入っている青島はいるだけで事足りているのかもしれない。

 しかし青島にもμ(ミユ)にも、そんなつもりは毛頭なかった。この奇妙な共闘関係にある二人にだけ芽生えた特殊な信頼は、明確な役割分担をしつつも互いを尊重し始めていた。


■青島〉μ『そういえば、もう決めたんだった』


『何をですか?』


■青島〉μ『もしまた戦えるのなら、もう迷わないって決めたんだった』


 もし次があるならと、後悔したのはまだほんの数時間前のことだ。もう二度とあんな想いをしない為に、青島は気持ちを高ぶらせ屋上へと駆けていった。屋上に辿りつくと同時に、全身に溜めたフォトンを爆発させる。

 閃光のように突撃していった先で、コロニーから巨大な女王蜂が姿を見せる。


『どうやらこのコロニーの(ぬし)のようですね。お気をつけ下さい』


■青島〉μ『これが主……なんてでかさだ』


 コロニーからほんの一部出ているに過ぎないのに、女王蜂の体は小山のように大きい。空を飛ぶ必要がないからか羽は退化しているが、陸戦型同様外殻は見るからに頑丈で、大きな顎もないことから戦闘力はそれほど高くないように見えるが、どうやら五行達が苦戦しているのは女王そのものではなく、それを守る精鋭の兵士のようだ。

 今まで蹴散らしてきた空戦型の倍以上のスピードで飛び回る新手の軍隊蜂は、両腕が鋭利な鎌のようになっていて、少しでも女王蜂に近づこうものなら即両断する勢いで周囲をブンブンと飛び回っていた。

 そして更に、女王蜂の這い出ている穴からは次から次へと新手の軍隊蜂が溢れ出ていて、消耗していた戦力を一気に補充してくる。


『成程。私が戦っていた頃に比べ随分戦闘力が落ちたと思っていましたが、その分生殖力が増しているようですね』


■青島〉μ『成程って……それで、俺はどうすればいいんだ? 兵隊全部倒せばいいのか?』


 一筋の青い閃光が、真っ黒な蜂の群れを突き破る。少なくとも周りの奪還者にはそう見えただろう。通りがかり様に軍隊蜂を蹴り飛ばし、さらに加速を重ねて女王蜂へと突き進む青島を目視出来た者は一人もいなかった。


『その必要はありません。こういった手合いは、大抵女王を潰せは兵士も皆死にます。独自進化しているので確証はありませんが、恐らく巣の中に予備の次期女王がいる筈ですので、各コロニーにつき最低二体ですね』


 μ(ミユ)の説明に合わせて、モニターに映像資料が映し出される。それによれば巣の中に隠れている腹部は、常に卵を産み続けているらしい。道理でどれだけ倒してもいくらでも出てくる訳だ。

 そして巣の中心、現女王よりもさらに安全な場所に若い女王蜂が隠されているというのがμ(ミユ)の予想だった。


『まずは現女王を倒しましょう。少なくともそれで一部の軍隊蜂は止まる筈です』


■青島〉μ『了解! でもあそこまでどうやって昇ればいい? またジャンプすればいいのか?』


 表示されているルートガイドの矢印は、巣に這うように女王蜂まで続いているが、いくらμ(ミユ)の足があるとはいえ重力に逆らい壁をよじ登るのは困難なように思えた。


『いえ、それでは精鋭の空戦型に対処出来ません……丁度ダウンロードが完了しました。転送します』


 青島の両手両足に、これまでよりも輝きの強い青いフォトンの光の渦が展開する。

 次の瞬間、青島の両手には巨大な翼のような大剣が現れ、さらに(くるぶし)からつま先を包み込むように、歪に伸びたフォトンブレードが両足に装着されていた。


『転送成功。翔竜剣(ドレイクスラッシャー)翼刃(セイバー)蹴爪(ラプター)。装着完了』


■青島〉μ『これは……!?』


『私の固有兵装です、容量が大きいので、送るのに時間がかかりました。蹴爪(ラプター)を突き刺せば、あの程度の斜面なら容易に昇れるでしょう。翼刃(セイバー)は貴方達の武器よりも、遥かに切れ味が勝るので攻撃力も問題ない筈です』


 再び映像による各武器の説明が映し出される。ライフルを失った青島にとって、これ以上ない程頼りになる武装のようだ。

 ルートガイドに導かれるまま、軍隊蜂の巣に走り込む青島。壁に蹴りあがった途端、つま先のフォトンブレード・蹴爪(ラプター)がまるでスケート靴の様に数センチ伸びる。

 スパイクの要領で巣に刺しながら進むことで、青島は重力に逆らう事が可能となったのだ。とはいえ全体重を、足の裏の僅かな刃だけで支えるのは限界がある。しかし両手に持った大剣・翼刃(セイバー)は、見た目通り羽のように軽いだけでなく、小型のフォトンジェットが搭載されているらしく、青いフォトンを飛行機雲のように従えながら、青島の体を前へ前へと進めてくれるのであった。

 青島が翼刃(セイバー)を逆手に持っていたのは、映像資料にのっていたのを真似ただけだったのだが、ようやく得心がいった。これならば、一々敵を踏みつける必要も斬りつけるすらなく、すれ違うだけでそのまま攻撃にもなるのだ。

 軍隊蜂の針が、顎が、鎌が青島に届くよりも速く翼刃(セイバー)は全てを切り裂き、青島は遂に女王蜂の目の前まで辿りつく。

 μ(ミユ)の操作で右手にもつ翼刃(セイバー)の出力が上がり、青島はトンファーを叩きつけるように、翼刃(セイバー)の刃を女王蜂へ押しつけた。

 あっさりと女王蜂の頭を叩き割った青島は、そのまま勢いに乗り巣の中へ突っ込む。

 巣の中には大量の育ちかけの軍隊蜂の幼虫が蠢いていたが、どれも女王蜂が死んだ所為かそのままピクピクと震えるだけで襲いかかってはこなかった。


『現女王が死ねばすぐに次世代の女王が成長を始めます。成長されては面倒です、即刻仕留めましょう』


 すぐさまμ(ミユ)のルートガイドが、巣の中枢部目掛けて表示される。それに従い青島は奥へ走ろうとするものの、巣の内部はドロドロに溶けた花粉があちこちに貯蔵され、足元もブヨブヨと沈み歩きにくいことこの上なかった。


『蜂蜜と呼ばれるものですね。西暦では食糧にしていましたが、軍隊蜂の蜂蜜は高濃度のフォトンチッドが含まれているので、食べるのは不可能のようです』


■青島〉μ『西暦の人間は、こんなグロいもの食べてたのか……すげぇな』


 迷路のような巣を突き進むと、巣の外の個体より若干小さい陸戦型の軍隊蜂が数匹襲いかかってきた。

 蜂蜜に足を取られ蹴りを出すことが出来なかったが、翼刃(セイバー)の刃に込められた高圧縮フォトンブレードは体重をかけなくても触れるだけで、軍隊蜂の強固な皮を切り裂いた。

 青いフォトンの燐光を残し両断された軍隊蜂から、改めて西暦と戦歴の技術の差を青島は思い知らされる。


『もう新しい兵隊を産んでいるなんて……急ぎましょう』


 次々と襲いかかる生まれたばかりの軍隊蜂を倒しながら、ベタつく蜂蜜の道を進んでいくと、青島はようやく目当てのものを発見した。成長途中の新女王だ。

 巨大な蛹に包まれた新女王は、こうして青島が見ている前でも蛹から露出した腹部から、新しい兵隊の幼虫を産み続ける。

 放りだされた幼虫はみるみるうちに成長していき、肢が生え、皮膚が固まり、ものの数十秒で見た目だけは成虫と同様の軍隊蜂と育っていくようだ。


『すぐに動き出します。その前に女王を』


■青島〉μ『分かってる』


 青島が蛹に刃を刺し込む。ここまできた苦労に比べれば余りにあっけなく刃は蛹に深々と刺さり、大量の体液を流しながら新女王蜂は息絶えたのだった。

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